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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第4章 死の森編
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最終話 本当の仲間


「こっちよ。この樹が目印だって、エイセンは言ってたわ」


 先導するハサンが、他の樹と区別のつかない樹を一本指差して、そう告げる。

 エイセンから事細かく道を教えてもらったハサンには、他の樹となにか違く見えているのだろう。俺たちは疑うことなく、ハサンが示す通りの道を進んでいく。


 起きてから数時間、森の中を彷徨っているが、道程自体は順調だった。


 …………いや、正確に言えばひと悶着あった。悶着っていうか、なんというか。

 ハサンとの話が終わった数分後、ノエルとポルトが目を覚ましたのだ。その時、激烈な反応を示したのはノエルだった。ハサンが起きているのを見て、歓喜のあまり泣き出してしまったのだ。

 ハサンは酷いことを言ったのを謝るのだが、その声さえ聞こえていないかのような泣きっぷり。

 ポルトなんかもう唖然としてしまって、完全にフリーズしていた。俺も似たようなもので、なにしろノエルがこんな感情を剥き出しにして泣き喚いたことなんかなかったから、完全に思考が停止してしまっていた。

 謝っていた筈のハサンが、宥め役に回ってしまったくらいだ。そんな膠着状態が小一時間ばかり続いて、なんとかノエルが平静を取り戻した頃。


「ハサン、約束して!」


「や、約束って、なにを?」


「ひどいこと言ってもいいけど、もう二度と、わたしたちから離れたりしないで! 私、すっごくこわかったんだから! 次やったら、許さないんだからね!」


 半ば強引に指切りさせられたハサンを見て、俺とポルトは揃ってぽかんとしていた。


 ――――そして、現在。

 泣き疲れて腰の抜けてしまったノエルは、俺の背に負ぶわれて、森の中を進んでいる。

 陽が高く昇ったおかげで、森の中は視界良好だ。ハサンを見逃すことなどない。ぴょんぴょんと跳ねながら、ハサンの後をついていく。

 すると、急にハサンが歩みを止めた。

 後ろに続く俺たちも、自動的に動きが止まる。なにが起きたのか、俺が人間だったら首を捻っていた場面だろう。実際、隣でふよふよ浮かぶポルトは首を傾げていた。


「? どしたのハサン。道、分かんなくなっちゃった?」


 ポルトが訊くが、ハサンは答えない。

 その代わり、ハサンはくるりと振り向いて、おもむろに口元の布に手をかけた。


「……ハサン?」


「……ノエル、ポルト。あなたたちに、見せたいものがあるの」


 言いながら、ハサンは口元の布を取り去った。


 現れるのは、ずたずたに引き裂かれた唇。幾本も歯の抜かれた口。


 俺は見たことのある顔だったが、相変わらず正視に堪えない酷い傷だ。この傷の詳細も、俺は知らない。山賊時代につけられた傷だろうと、当て推量することしかできない。

 可能なら目を逸らしてしまいたくなる、凄惨な傷跡。


 俺は、それをハサンが自ら開示したことに、目を疑った。

 ハサンにとってそれは、絶対に隠しておきたいものだ。行水の際も、寝る時だって片時たりとも、その布を取ったことはない。

 それを自ら、見せたいものと前置きしてまで、この幼い二人に見せたことに。

 ハサンの、並々ならぬ覚悟を、感じざるを得なかった。


「この傷は……私が山賊をしていた時、同じ山賊からつけられた傷よ。できるなら、ずっと隠しておきたかった。でも……あなたたちには、見せないとって思った。いえ、見せても大丈夫って、そう思えた」


 こんな私を、仲間だって言ってくれたから。

 素顔を偽って、隣に立つことなんてできないと思ったから。


 ハサンは、本人も気づいていないだろう、ひと筋の涙を流しながらそう言った。

 小さく、ハサンは震えていた。きっと、怖かったのだろう。口ではそう言っていても、彼女がこの傷について抱える思いは人並みではない。ただ顔についた傷以上の、凌辱の思い出が蘇るトラウマのスイッチの筈だ。

 無限とも思える、短い静寂の時間が流れる。

 風の音さえしない森の中、最初に口を開いたのはノエルだった。


「……ポルト。ハサンの顔の傷、治せる?」


「んー、ちょっと分かんないな。ハサン、ちょっと傷口、詳しく見せてね」


「へ? え、え?」


 言うと、ポルトはなんの躊躇いもなくハサンの顔まで飛んでいき、裂けた唇をしげしげと検分していく。

 無遠慮にぺたぺた手で触れているが、ハサンは唐突な展開に固まってしまっていた。やがて、ポルトはハサンの前でちかちか飛びながら、診断結果を下す。


「うーん、今すぐってのは難しいかな。けど、継続的にあたしの『ユグドラヒール』をかけていけば、その内塞がっていくと思うよ。さすがに歯を生やすとかまでは無理だけどね。どこかの街に行った時、差し歯でも作ってもらう?」


「……あの、なにも言わないの?」


「? なにが?」


「いえ、その、だから…………こんな傷、やっぱり、醜いとか……」


「? ハサンは、そんなことを言って欲しかったの? 変わってるね」


「いえ、そういう訳じゃないけど……」


「だって、ハサンは仲間だもん」


 首を傾げるポルトの後ろから、ノエルがこともなげに言う。

 あぁ、そうだな。この二人は、そういう奴らだ。

 俺やハサンの捏ね繰り回す面倒な理屈など、一足飛ばしでスルーしてしまう。

 ノエルは俺の背から下りて、とてとてとハサンの方へ寄っていく。


「仲間が傷ついてたら、まずは治してあげたいって思うんだよ。それが、仲間ってものじゃない?」


「……そうね。あなたたちは、そう言ってくれる子たちだったわ」


 ふふっ、とハサンが笑った。

 口の傷をものともしないその微笑みは、元より美人なハサンを一層魅力的に映している。

 ……やれやれ、今回ばかりは、俺が教えられる側だったな。痛感した。

 俺が言っていた以上に、ノエルの『仲間』という言葉は、強い。

 本当の仲間には、傷も痛みも、全て曝け出しても、それを受け入れてもらえる。

 ノエルは、ハサンもポルトも、かかしである俺でさえ、そんな枠組みに入れちまってるんだ。

 なんて、強い女の子だろう。

 やっぱり、この少女の望みを叶えてあげたい――――俺は改めて、そう思った。







 俺たちの旅は、どこまでも続く。

 海底に築かれた深海都市を攻略し。

 天空に浮かぶ謎の神殿をも制覇し。

 永遠に鎖された氷の世界を踏破し。

 謎多き聖都に辿り着き、そこで運命の邂逅を果たすことになるが。


 それはまたいつかの、途方もない夢物語。


これにて(一応)完結です。

 ご愛読ありがとうございました。

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