第66話 ハサンの疑問
「やっぱり、無茶をさせ過ぎたんだよ。傷の痛みとか、諸々限界だったんだと思う」
巨大骸骨を圧縮させた土のドーム、そのすぐ近くで。
焚火で照らされたハサンの傷を見ながら、ポルトはそう診断した。
元の野営場所に戻ろうかという案もあったのだが、この暗闇じゃ、エイセンに道を教えてもらったハサンぐらいしか正確な場所が分からないということで、却下された。今の俺たちは、戦闘が終わった場所を今夜の宿と定めて、新しく焚火をし、ハサンの治療に入っていた。
脚にできた傷に、ポルトが『ユグドラヒール』の魔術を施している。
その傍らに、寄り添うようにしてノエルが座っている。
もう夜も結構な時間なのに、ノエルは寝ようとはしなかった。
「ポルト……ハサン、起きる? 起きるよね?」
「回復したら起きると思うよ。今はちょっと眠ってるだけで」
「そう……だよね」
「おいおいノエル。あんまり不安に思ってても仕方ねぇぞ」
俺はわざと明るい調子で言う。
察するに、ノエルは不安なのだろう。ハサンは、戦闘が終わったとほぼ同時に、気を失ってしまった。その様子を見て、不安に思うなという方が無茶だろうと思う。
ポルトが大丈夫だと、太鼓判を押すのももう何度目だろう。
少しはその不安な気持ちを削げるといいのだが。
「ノエル。不安な気持ちっていうのは、嫌な現実を引き寄せちまうものだ。ポルトも付きっ切りで治療してくれてんだし、大丈夫だよ」
「アル……でも」
「それともノエルは、仲間のポルトの言うことが信じられないのか?」
「……そんなことない」
「んじゃ、今日はゆっくり寝な。一日中森の中を歩き回って、疲れたろ?」
「うん…………でも、もう少しだけ」
「うん?」
「もう少しだけ、待ってる。ハサンが、目を覚ましてくれるまで」
「……そうかい」
こりゃ、梃子でも動きそうにないな。
ポルトも不安そうな目を俺に向けてくるが…………本人の意志で起きてるなら、そりゃ仕方ない。無理に寝かしつけるのも可哀想だし、自然に寝てくれるのを待つしかないだろ。
月明かりが傾き、夜はますます更けていく。
パチパチと焚火の音が、耳に心地よい静かな夜だった。
†
「ん…………」
焚火も燃え尽き、木漏れ日が差し込んできた頃。
背後から小さく声が聞こえ、俺は振り返った。
外套を掛布団代わりにしていたハサンが、むくりとその身を起こしていた。寝惚け眼で周囲をのんびりと見回すハサンは、俺の姿を認めると小さく溜息を吐いた。
「おはよう、ハサン。調子はどうだ?」
「すこぶる快調よ。お陰様でね。…………夢とかじゃ、なかったのね」
「夢? なにがだ?」
「別に…………なんとなく、私に都合のいいことばかり起こっていた気がしてね。死ぬ間際に私が、幸せな夢を見ているんじゃないかって、そんなことを思っただけよ」
「ははっ、それでこそお前らしいや。見ろよ、喜ばしいことにこれが現実だ。お前は無事助かったし、俺たちは仲間を失わずに済んだ。万々歳だ」
「えぇ……そうね」
目をぐしぐしとこすりながらハサンは言う。
「……なにか、あったの?」
「ん? なにかって?」
「惚けるのが下手ね。その土壁、一体なにがあったのよ」
ハサンが指差す先には、巨大な土壁が聳え立っている。
それも、ハサンの示す方向だけではない。ハサンたちを取り囲むように、ぐるりと要塞よろしく壁がそそり立っている。
「……焚火に誘われて、夜に何体か魔物が襲ってきただけだ。全部始末しといたから安心しろ」
「魔物が……? それなら私、気付かない訳がないと思うのだけど……」
「起こしちゃ悪いからな。壁の向こうで、なるべく静かに倒しといた」
「……そんなことまで考えてたの? 本当、かかしのくせにお人好しね……」
「そうか? 別に普通のことだと思うがな」
起こしている奴を、わざわざ無理矢理起こそうだなんて輩、そうそういないだろ。テレビのドッキリ番組くらいで充分だ。
「……!」
そこで、ハサンはなにかに気が付いた。
視線を落とした先に、ノエルがいたのだ。ハサンが目を覚ますまで起きている、と豪語していたくせに、耐え切れずに寝落ちしてしまっている。ハサンに寄り添うように寝転ぶその姿は、騒音を立てたくないと思うには充分過ぎるほど可憐だった。
「……なんで、この子……」
「昨日の夜、ポルトの治療が終わってもずっと、ノエルは起きて待ってたよ。お前が目を覚ますのをな。まぁ、堪え切れずに寝ちまってるんだが…………それだけ、心配だったんだろ。ノエルの奴、お前に随分懐いてるしな」
「……どうして」
くぐもった声で、ハサンが呟く。
その目は憂いに満ちていて、困惑しているのが見て取れた。
……またなにか、考え込んでやがるな、こいつ。まぁ、こうやって諸々考えこむのも、ハサンらしいっちゃハサンらしいんだがな。
「どうして、あなたたちはそんなに、私のことを考えてくれてるの? 私は…………ノエルに、あんな酷いことまで言ったのに、どうして……!」
「仲間だからだよ。そんなこと、決まってるだろ?」
やたら深刻そうに呟くハサンに、俺は軽い調子で答える。
相変わらず、分かり切ったことをうじうじと悩む奴だ。まぁ、仲間になった経緯も経緯だしな。最初は敵として現れて、実際にノエルに危害を加えかけただけ、負い目もあるんだろう。
それでも以前と比べれば、大分マシになったとは思うけど。
「お前がなにをどう思ってるかは知らねぇけど、俺もノエルもポルトも、お前のことを仲間だと思ってるよ。そこには一片の嘘もない。昨日もノエルが言ってただろ? 仲間の無事を喜ぶのは当然だって――――同じさ。仲間のことを思いやるのは、俺らにとって当たり前だ」
「…………」
「ま、お前にそこまでしろとは強制しねぇよ。お前が俺たちのことを、仲間だと思っていないっていうなら、好きにすればいい。それでも俺たちは、お前のことを仲間だと信じて疑わないからさ」
「……私は、元山賊よ? そんな奴を、どうしてそんな信頼できるの?」
「そんなこと言ったら、俺なんてかかしだし、ポルトに至っては魔物だぜ?」
「そ、それはそう、だけど……」
「理屈じゃねぇんだよ。俺もノエルもポルトだって、お前のことを気に入ってる。だから仲間だって言い張ってるんだ。それだけの、簡単なことだよ」
「……私は」
「うん?」
「私は…………あなたたちの仲間で、いていいの?」
「お前さえいいんなら、どうぞご自由に、ってな。まぁお前がどう思ってようと、少なくとも俺とノエルは、お前を仲間だって信じて疑わないけどな」
「……そう」
頷いたハサンは、どこか笑っているように穏やかだった。
相変わらず、口元を隠す布で表情は窺い知れないけれど――――それを見て、俺は胸の辺りが温かくなるのが感じられた。
この話が、ハサンとできてよかった。
俺は、ハサンの生い立ちを全て知っている訳じゃない。家族に売られて山賊になって、そこから俺たちと出会うまで、なにがあったかを詳らかに聞いてる訳じゃない。
けど、この娘が俺たちとの間に一線を引いていたのは、薄々気づいていた。
今回の一件で、その一線を少しでも薄くできたなら、俺は嬉しい。
今度こそ本当に、この頑なな娘と仲間になれたということだから。
「ねぇ、アルレッキーノ」
「ん? なんだ?」
「私も、あなたのこと、アルって、呼んでいい?」
「おう、いいぜ。好きに呼びな」
きっと俺に表情があったら、にかっと笑って応えていただろうに。
こういう時は、自分が顔の動かないかかしであることを、本当に恨めしく思ってしまう俺であった。
次回更新は来週の22時頃の予定です。
どうぞお楽しみに!




