第64話 死体の軍勢
「ポルト、ハサンの怪我治せる? だいじょうぶ?」
「まっかせといて! あたしの治癒魔術『ユグドラヒール』で、治せなかった怪我は今までないわ! まぁ、相手は専らピクシーだったけど…………でも、あたしの生命力そのものを分け与える魔術だから、きっと上手くいく筈!」
俺の背後で、ノエルとポルトが話している。
ふたりとも連れてきてよかった。ハサンのことは、ふたりに任せておけば大丈夫だろう。俺は、目の前の敵に集中する。
木の葉の隙間から差し込む、微かな月明かりだけが頼りの竪穴の中。正直に言えば、俺はほとんど視界を失っていた。自分の腕の先さえ見えやしない。ポルトの明かりを失った今、俺がいるのは真っ黒な闇の中だった。
それでも、足下から地面に魔力を注ぎ、常に敵の位置は感知している。
横にも洞窟のように広がっている竪穴の底。そこにはおよそ二〇体のタキシムやデュラハンが跋扈していた。
平素であればなんでもない数に敵だが、ここは竪穴の底だ。
俺の魔術は土を、大地を操るものだ。あまり大きな技を使うと、竪穴が崩落してしまう可能性もある。樹の根で程よく掻き混ぜられた土は、そう盤石なものとは言いにくい。
せっかく助けに来たというのに、自分の技の巻き添えにしちまったら本末転倒だ。
こいつらの排除は、なるべく小規模に行うのがベターか。
「……とはいえ、許して見逃すって選択肢はねぇけどな」
俺に表情があったなら、にやりと不敵に笑って見せていただろう。
こちらの敵意を嗅ぎ取ったのか、デュラハンの一体が剣を携えて向かってきた。
確かこいつらは、森で死んだ人間の死体に取り憑いているんだったか。だったら、ちまちまダメージを与えても仕方がない。倒す、という考えではなく、止める、という意識で相手にするべきだろう。
「『泥濘の棘波』っ!」
足下の地面を操作し、鋭い棘を作り上げる。
真っ直ぐに伸びたそれは、向かってきたデュラハンの脇腹に突き刺さる。鎧を貫通し、一体のデュラハンを地面に縫い付けることに成功した。
よし、この手で行けるか。
「お前らには、言いたいことがあんだよなぁ……!」
次々と地面に土の棘を生やし、デュラハンを、タキシムを拘束していく。
慌てて逃げるような奴はいなかった。魔力で地形を探ってみたが、どうやら横穴は行き止まりのようだ。丁度いい。奴らには逃げ場さえ与えられていない訳だ。
いや、そもそも逃げる必要がなかったのだろう。
デュラハンも、タキシムも、この穴の底でじっと待っていればよかったのだ。獲物が落ちてくるのを。やり方は賢いが、その怠惰な姿勢は見習えない。
こいつらの敗因はふたつだ。
自分たちでは手に負えない奴が、あなぐらの底へ降りてくるのを想定していなかったこと。
そして――
「なぁに俺の仲間に、手ぇ出してくれてんだよ! 死体風情がぁっ!」
ハサンを、手にかけようとしたこと。
俺を、敵に回したことだ。
二〇体程度のデュラハンたちを、残らず棘で串刺しにする。最早その場から動けるものはいないだろう。俺は最後の仕上げに入る。
魔力を地面に注ぎ、イメージする。
脆い竪穴の中、一歩間違えば俺たちが生き埋めになってしまう。
だったら、地面だけじゃなく、地盤そのものを操ればいい。
こいつらの墓にしちゃ、上等が過ぎるがな。
やがて、ごごごご、と地面の下から唸りのような音が鳴り始めた。
やることは至極単純だ。
デュラハンたちが根城としていた横穴を、地盤ごと握り潰す!
「――――『地盤合掌』っ!」
瞬間、デュラハンたちの悲鳴が聞こえるようだった。
奴らはせり上がってきた地面と、落ちてきた地面。その双方に潰され、残らず埋没された。
もはや、その場所に横穴があったかどうかさえ、定かじゃない。
人骨の敷き詰められた底床一つ残して、横穴は埋められてしまった。
「ふぅ……終わったか。案外呆気ないな」
「……そりゃ、呆気なくも思うわよ」
と。
俺に声をかけてきたのは、ぐったりと座り込んでいるハサンだった。
彼女の脚を懸命に治療するポルトがいるおかげで、ハサンの足下だけ妙に明るい。顔も多少照らされてはいるが、ほとんど影になっていてよく見えない。
しかし、その声の調子は、どこか笑っているようだった。
「私は、散々苦戦して死にそうだったっていうのに…………あなたは、いとも容易く倒しちゃうのね。しかも地面どころか、地形まで変えちゃうくらいの大技で。…………すご過ぎて、もう言葉にならないわ」
「言っただろ? お前は俺たちの、大事な仲間だって。それに手ぇ出したんだ。落とし前はきっちりつけてもらうよ」
「……怖い人ね」
「なぁに、それほどでもねぇよ」
言って、俺はハサンの方へ近づいていく。
傷の具合は…………うん、順調みたいだ。もうほとんど塞がっている。
魔力=生命力を分け与える、か……。ポルトの魔術は光ばかりで応用が利かないと思っていたが、存外、有用な能力もあるらしい。
「…………ふぁ」
と、ノエルが小さく欠伸をした。
もう日が落ちてから大分経つ。それでなくとも、寝入り端に起こった事件だったし、ノエルが眠くなるのも当然の帰結だった。敵がいなくなり、緊張が解けたことも影響しているだろう。
「さて、さっさとこんなあなぐらから脱出しようぜ。ただでさえ暗い森だっていうのに、これ以上暗いのは御免だ。ハサン、歩けるか?」
「ん……そうね。多分、大丈夫よ」
「大丈夫じゃないよ本当は! まだ治り切ってないんだから、無茶禁止!」
一端の医者みたいなことを言うポルトだった。
まぁ、最悪俺が負ぶればいいんだし、どっちにしても大差ないんだけどな。
「んじゃ、『大地の蠢動』で地表まで上がるから、ハサンは俺に掴まって――」
と、地上への脱出を試みようとした、その時。
からん――――と、音が鳴った。
足下から、乾燥した音が響く。それも、その音はどんどん大きくなり、まるで地面全体が鳴いているかのようだった。
地面、いや違う。
あなぐらの底に敷き詰められているのは、大量の人骨だ。
それらがからからと、笑っているかのように鳴り響く。
――――不味い。
俺は直感的にそう思い、即座に指示を飛ばした。
「ハサン、悪いがちょっと無理してもらうぞ! 今すぐ『風神の蠢動』を頼む!」
「っ、分かったわ!」
俺に掴まって立ち上がったハサンが、魔力を俺に送り込んでくれる。
魔力を身体に纏うイメージ――――竜巻を身に纏い、俺の身体がふわりと浮き上がる。
ノエルを負ぶり、ハサンを身体にしがみつかせ、俺たちは竪穴の底から脱出する。
地上に出た、その瞬間。
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
それは、雄叫びだった。
無数の骨がからからと音を響かせ、腐り滅びた声帯の代わりを為す。
ポルトが指先に灯した小さな光。それに照らし出されたのは、信じがたい光景だった。
「な、なんだぁこりゃぁっ⁉」
思わず頓狂な声を上げてしまう。
しかし、それも無理がないだろう。
俺たちの目の前に現れたのは――――巨大な、骸骨だった。
地中から現れたのは、巨大骸骨⁉
次回の更新は来週の22時頃予定です。お楽しみに!




