第63話 ノエルの涙
今回までハサン視点です。
――――私は、夢でも見ているのだろうか。
暗闇でよく見えないけど、そこにいるのは紛れもなく、アルレッキーノだった。
地面を操り、私を助けてくれたのも。
私を、勢いよく叱り飛ばしてくれたのも。
何分も離れていた訳でもないのに、いやに懐かしく感じる。もう二度と会えないと思っていた、その感情が時間の感覚を捻じ曲げる。
「ハサンっ! 無事っ⁉ なんともない⁉」
大声を張り上げてやってきたのは、全身から光を放つポルトだった。
特に指先の光が強い。ポルトの光魔術、『ヘスダーレン』だろう。彼女がこの暗い森の中を照らしてきてくれたのか。
そして、アルレッキーノの背中から、少女が一人、降りてくる。
黒髪が夜に映える彼女は――――ノエルだ。
……目を合わせられない。
そんな資格は、私にはない。
だって、私は、ノエルに酷いことを――
「っ、ハサン! 怪我してる! 大丈夫⁉」
と。
がばっと、ノエルは私の方まで駆け寄ってきた。
足下を埋め尽くす人骨なんて、まるでないかのように。
暗闇に、大量の死体。そんなのを見慣れる道理のないノエルは、きっと怖くて堪らない筈だろうに。
そんなの全然見えていないかのように、ノエルは私の方へ寄ってきた。
はね退ける元気もない。安堵した身体は、容易く痛覚を受け入れ、脚の傷の痛みを訴えてきた。
「……なんで、来たの……?」
口を衝いて出るのは、憎まれ口。
本当は、そんなことを言っちゃいけないって、分かっているのに。
「私は――――もうあなたたちと、旅をする資格なんてないのに」
そんなこと思っていない。
もっともっと、あなたたちと一緒にいたいのに。
「私は、ノエル、あなたに酷いことを――」
そうだ、言ってしまった。
私は、もう許されないことを――
「ハサンの――――バカっ!」
ぱぁんっ、と。
夜の闇に、快音が響いた。
ぶたれたのだ。
ノエルが、その小さな手で私の頬を、はたいたのだ。
予想外の一撃に、私は放心する。その隙に、ノエルは私の肩を掴み、ぐわんぐわんと揺らしてきた。
「バカっ! バカバカバカバカ! なんでそんなこと言うのっ⁉ なんでそんな、嘘ばっかり吐くのっ⁉」
叫びながら、怒りながら、彼女は泣いていた。
つーっ、と涙が頬を流れる。綺麗な、透き通った涙だ。
「……なんで、あなたが泣いてるのよ」
分からなかった。
私に酷いことを言われたから? 私のことを恨んでいるから?
どれも違う気がした。そんな怒りや憎しみから出た涙じゃないと、直感できた。
でも、だからこそ分からない。
ノエルがなんで泣いているのか――
「ハサンは――――わたしたちの仲間だよ。誰がなんて言っても」
ハサンが、望んでいなくっても。
ノエルは、噛み締めるように言葉を吐いた。
「仲間の無事を喜ぶのは、当たり前だよ。ハサン、そんなことも知らないの?」
泣きながら、ノエルは笑っていた。
あぁ、やっと分かった。分かってしまった。
この子は、喜んでいたのだ。
私と会えて。私を助けられて。
……酷い理屈だ。望んでなくても仲間だなんて、めちゃくちゃが過ぎる。
なのに、何故だろう。
私まで、涙が止まらなくなってくる。
「……知らないわよ。そんなの。私、だって、仲間なんて、いなかったんだから」
「じゃあ、今から仲間。仲間なの。誰がなんて言って反対してもダメ。ハサンは、私たちの大切な仲間なんだから。もうひとりで、勝手にどっか行っちゃダメだよ? 分かった?」
「……ノエル」
「なに?」
「……ごめんなさい。酷いことを言ったわ」
「ううん、いいの。わたしこそ、ごめんなさい。ハサンが、言われたくないことを言っちゃった」
「…………」
「喧嘩したら、ちゃんと謝って終わりにするって、ポルトが言ってたの。だから、わたしも謝るの」
「…………そうね。喧嘩、両成敗ね」
二人で額を合わせて、思わず笑ってしまう。
あぁ、温かい。
今までの冷たい私が、どこかへ融けて流れていってしまうようだ。
私は、ここにいていいんだ。
この子たちと、仲間でいていいんだ。
そう思うと――――身体から、思わず力が抜ける。ぐらぁ、と傾きかけた身体を、ノエルが支えてくれた。
「っとと。ハサン、大丈夫?」
「大丈夫じゃないよ! 脚に大怪我してんじゃんか!」
ノエルの横から、ポルトが飛んできて喚き始める。
脚…………そうだ。デュラハンに矢で射られ、タキシムに噛みつかれた傷が……。
「早く治療しなきゃ! あたしの光魔術でなんとか…………アルレッキーノ! 明るさ下がっちゃうけど、平気⁉」
「正直痛いが……まぁ、なんとかなるだろ。そっちは任せたぜ、ポルト、ノエル」
「……アルレッキーノ」
デュラハンとタキシムの大群に、彼は臆することなく立ち向かっていく。
喋って動けて、魔術まで使えるかかしだけど。
でも、そんな道理、ないんじゃないの?
「なんで、あなたも……私を、助けてくれるの? ノエルに言われたから? それとも――」
「あぁ? 決まってんだろそんなこと」
竪穴の形が、歪に変じていく。
周囲の土が動き、巨大な手が出来上がる。その操作権を握るアルレッキーノは、私に背中を向けたまま言った。
「お前が、俺の仲間だからだよ。分かったら、これ以上下らねー質問すんじゃねぇぞ。分かったか?」
――――あぁ、これはもう、ダメだ。
今までの私が、知らない世界だ。気づけなくて、ないものとして見ていた世界だ。
私のことを、単純に仲間だからと、助けてくれる人たち。
そんな人たちの下を、去れる訳がなかった。
だってどんなに逃げても、この人たちは必ず追いかけてくれるだろうから。
そのことが、止め処なく、嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。
「……あり、がとう……!」
誰にも聞こえないくらい、小さな声で呟いたそれに。
三人は一斉に、笑ってくれたような、そんな気がした。
パーティ、再集結!
次回更新は来週の22時頃を予定しています。どうぞお楽しみに!




