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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第4章 死の森編
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第62話 『助けて』の悲鳴


 ――私は、魔術が不得手だった。

 魔術というものが存在すること自体、生まれて長らく知らなかった。世間知らずに育てられた私は、山賊に売り飛ばされてから初めて、魔術というものがあるのだと知った。

 自分に、魔術を使う素養があることも、その時知った。

 でも、山賊の首領は私に、ロクに魔術を教えてくれなかった。

 だから、私は魔術が苦手だった。


「――『シックルス』」


 握り締めたナイフに魔力を通わせ、風の刃を作り出す。

 目の前のデュラハンに、風の刃を突き立てる。常に微振動を繰り返し、相手をズタズタに切り裂いていく鋸のような刃は、デュラハンの朽ちかけた鎧を易々切り落とした。


 ――私は魔術が苦手、だった。

 過去形だ。

 私はいつの間にか、魔術を自在に操れるようになっていた。

 理由は分かっている――――あの、不思議なかかしの男だ。

 彼と一緒に、私は魔術を発動させていた。彼の身体に魔力を通わせ、一緒に強い魔術を繰り出していた。一緒に空を飛んだことだってある。

 その経験は、確かに私の中で生きていた。


 私はもう、不得手な魔術でへっぴり腰で、おっかなびっくり敵に向かっていくか弱い少女じゃない。

 ものに魔力を通わせる感覚、風のイメージ、その全てを掴んでいた。

 こんな死体の群れくらい、独りでどうとでもできる!


「――邪魔よ! 死になさい!」


 目の前の蠢く死体を、風の刃で切り裂いていく。

 経年劣化で脆くなった死体たちは、面白いくらいにすぐ切れた。風の刃が掠るだけで、腐り果てた肉は容易く乖離する。デュラハンを、タキシムを、向かってくる奴から先にズタズタに引き裂いていく。

 死体と言えども魔物だ。旅人の肉や精気を食糧としてきたであろう死体たちに、俄かに動揺が走った。魔術を使うような人間は初めて相手取ったのだろうか。

 なんにせよ、その隙を見逃す訳にはいかなかった。


 敵の数が分からない以上、傷を負っている私の方が消耗戦では不利だ。

 ここで戦意を削ぐ。

 本能を挫き、逃げる隙を作らなければ。


「――『エンドスレイブ』っ‼」


 魔力を集中させ、ナイフを一文字に振るう。

 生み出したのは、巨大な風の鎌だ。

 横一文字に伸びたそれは、竪穴を削るようにして死体たちを撫で切りにしていく。カタカタ、と骨だけの死体が散らばっていく音が響いた。


 …………自分独りで、この規模の魔術を繰り出したのは久し振りだ。

 魔力を集中し過ぎたのか、手がじんじんと痛む。脚の傷の痛みさえ、忘れてしまいそうなほどに。

 今のは間違いなく、私に出せる全身全霊だ。

 これで、少しは怯んでくれれば――


「GO……!」


 声?

 間違いない、これは声だ。

 低い、地鳴りのような声。

 声帯まで腐り果てた死体のこいつらが、どうして声を出せるのか、疑問だけど。


「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」


 そんなことを考える余裕などなく。

 死体たちは一斉に、私めがけて吶喊してきた。


「っ、『シックルス』っ!」


 迫ってくる死体たちを、風の刃で切り刻んでいく。

 もう無我夢中だった。

 考える暇すらなく、死体たちは寄ってくる。

 近い順にどんどん切り刻むだけだ。

 一瞬でもそれを止めれば、瞬く間に私の五体は引き千切られるだろう。

 止め処ない死の恐怖の中、私は夢中でナイフを振るった。


 ぐちゅ、と脚の傷が抉られた。


「っ――――⁉」


 一瞬、なにが起きたのか理解できなかった。

 咄嗟に視線を落とした、その先にいたのは。

 タキシムの、切り落とした頭蓋部だった。

 首から上しか残っていないそれが、矢で射抜かれた脚の傷に噛みついていた。


「なん、で――」


 思わずそう呟いて、私はようやく気付く。

 タキシムやデュラハンの本体は、死体そのものじゃない。

 あくまで死体を寄る辺として、取り憑いている目に見えない魔力の塊。

 それこそがタキシムやデュラハンの、核となるものなのだ。

 いくら死体そのものを切り刻んでも、核を破壊できない限り、こいつらは死なない。

 寧ろ死体を切り刻む行為は、相手を小型化してより厄介にするものでしかない。

 失敗した。

 そう思った時には――――すぐ眼前まで、一体のデュラハンが迫り来ていた。


「っ、きゃ――――あっ⁉」


 凄まじい力で、私の身体は壁に縫い付けられる。

 ぎりぎりと、デュラハンの指が首に食い込んでいく。背骨が折れてしまいそうだ。いや、それよりも、息が完全にできなくなる方が先か。


 ――――死ぬ。

 その感触が、今までのどんな時よりも鮮明に感じられた。

 一週間近く、泥水だけを啜って生きてきた時より。

 襲った村で返り討ちに遭い、這う這うの体で逃げ帰った時より。

 より身近に迫った死は、最早恐怖さえ感じさせない。


 思い出されるのは――――たった数日を共に過ごした、あのパーティのことだった。

 走馬燈、というやつだろうか。

 ピクシーのポルト。

 ノエル。

 それに――――アルレッキーノ。

 あのかかしを中心としたパーティのことが、脳裏に思い浮かぶ。

 …………何故だろう、不思議と心が温かかった。

 もう、戻れない筈の場所なのに。

 私がいる資格のない場所なのに。


「……け……て……!」


 嫌だ。

 死にたくない。

 まだ、死にたくない。

 我儘だけど、図々しい願いだけど。

 あの輪の中にいるのが、本当に楽しかった。

 幸せだった。

 自ら輪の外に外れて、ようやく気付いた。

 もっと、あの中にいたい。

 仲間でいたい。友達でいたい。

 もっと――――生きて、いたい。



「す……けて……助けてっ! アルレッキーノぉっ!」



 自分の声が反響するのが聞こえる。

 こんな大声を出したのは、生まれて初めてだった。

 図々しいけど、我儘だけど、自分勝手だけど。

 届いてほしい。

 私の声が、聞こえててほしい。

 ノエルにやるみたいに、颯爽と現れて、敵を蹴散らしてほしい。

 ヒーローみたいに、私を助けてほしい――――




「呼んだか⁉ ハサン!」



 それを、私は奇跡と呼びたかった。

 突然、背にした大地が蠢いた。鋭い棘となったそれは、私を縊り殺そうとしていたデュラハンに突き刺さり、勢いそのままに吹き飛ばしてしまった。

 こんなことをできるのは、一人しか――――いや、一体しかいない。

 ドサッ、と人骨だらけの地面に落とされ、咳き込みながら前を向く。

 そこに、そこにいたのは――


「やぁっと追いついた! お前、無駄に脚が速いんだよっ!」


 いつもと変わらない表情、なのに。

 どこか怒っているような、叱ってくれているような。

 そんな顔をして――――アルレッキーノが立っていた。


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