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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第4章 死の森編
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第60話 死の森の秘密


「ほへー。あたしの寝ている間に、そんなことになってたのね」


 俺の額に器用に座るポルトが、どこぞの大物みたいに呟いた。

 寝ていた分際でそんな偉そうなことを言えるお前は、一体何様なのだとツッコみたくなったが…………そんな悠長なことをしている暇はないので、足下の地面をフルスロットルで動かし続けることに注力する。


 月明かりのほとんど差し込まない夜の森。

 頼りになるのは、ポルトの指先に灯る『ヘスダーレン』の明かりのみだった。

 それでも道順にだけは迷うことなく、俺は一直線に進む。


 ハサンのいる方角へと。


「アル、この先にハサンいるの?」


「あぁ。間違いねぇよ。あのバカ、『ウィンドムーブメント』を使ってるからな。魔力を追うのは簡単だ」


 真っ暗闇の森の中、ハサンを追う指標になっているのは、いつか使った魔力を用いた探査法だった。森中に俺の魔力を染み渡らせ、ハサンの魔力を追跡する。目まぐるしいほどの速度ではあったが、追い切れないほどではない。


 ハサンの奴は、あっちこっちをジグザグに曲がって走っている。

 恐らく、エイセンに教えられたルート通りに進んでいるのだろう。その道順こそが一番安全だと思われるし、要領のよいハサンらしい選択だった。


 ただ多分、あいつは俺たちが追ってくることも想定済みだったのだろう。

 空中を自在に闊歩できる『ウィンドムーブメント』を本気で活かすなら、いっそ樹々さえも飛び越して森から上方向に脱出してしまえばいいのだ。それをやらないのは、単純に魔力が足りないか、或いはわざと、俺たちに足跡を残して見せているのか。

 ハサンの性格を考えれば、後者が圧倒的に優勢だろう。

 最後の(はなむけ)として、道順だけは残していく。

 あのバカの考えそうなことだ。


「アル…………わたし、ハサンと仲直り、できるかな……?」


「急にどうした。弱気な発言じゃないか」


 俺の背中に乗るノエルが、珍しく後ろ向きなことを言う。

 いつもいつでも前向きで明るく無邪気なのが、ノエルの特長(アイデンティティ)だ。こんなことを言ってくるのはらしくない。

 大体、ハサンを追おうといの一番に発言したのは、他ならぬノエルだというのに。

 まだ乾き切っていない涙をぐしぐし拭うと、ノエルは沈んだ声を出す。


「わたし……きっと、ハサンに言っちゃいけないこと、言っちゃったんだと思うの。ハサン、許してくれるかな……?」


「なーに言ってんのよ、ノエル。要はただの喧嘩でしょ?」


「お、おいポルト」


「大丈夫だって。ノエルもアルレッキーノも、心配のし過ぎで考え過ぎ」


 指先をふらふらと踊らせて、ポルトが言う。


「いいじゃん、喧嘩の一つや二つくらい、しない方がおかしいって。あたしも迷いの森で暮らしてた時は、友達としょっちゅう喧嘩してたよ。でもさ、逆に言えば喧嘩ができるくらいに親しい仲だった、ってことでしょ? あたし、喧嘩の後に仲直りできなかったことの方がないもん」


「…………」


 ポルトの言うことも、一理ある。

 考えてみれば、ハサンはノエルと絡むとよく感情を剥き出しにしていた。俺と最初に相対した時は、保身のために脅しまで使っていたハサンがだ。ここまで感情的になって怒ったのも、そういえば初めて見る。

 それくらいハサンとノエルは、親しく対等な間柄になっていたということか。


 だが、ハサンの背負ってる過去は重い。

 家族に売られて山賊に身を落とし、その中で散々身体も心も穢された。

 恐らく、対等な友達なんてここ数年いなかったのだろう。だから、初めてできたそんな間柄の奴との接し方が、分からない。


 その結果があの激昂と、この逃避行か。


「大体、ハサンだってノエルのこと泣かせたんでしょ? だったらどっちも悪かったってことで、お互い謝ってお終いじゃん。難しく考え過ぎなんだよ。もっとあたしみたいに単純でいいんだって」


「確かに、お前くらい皆が能天気だったら、楽だったろうがな」


「いっひひひ、そうでしょそうでしょ」


 皮肉に気づかないのも、それはそれで問題だがな。

 とはいえ、今回の件はポルトの言うことが核心を突いている。互いに複雑な環境に身を置いてた所為で、変にややこしく見えたけど。


 喧嘩両成敗で、それで終いだ。

 ノエルも誤って、ハサンも誤って、それでイーブンだ。

 だから、ノエルも謝って、ハサンも謝って、決着だ。


「ポルト……」


「ハサンだってさ、あたしやノエルなんかより何倍も頭いいんだし、そういうことは分かってるっしょ。謝ったらちゃんと許してくれるよ。だから、ノエルもしっかり謝ろ?」


「……うん、ありがとう」


「いっひひひ、お礼言われることなんかしてないって」


 言いながらも、ノエルからのお礼がくすぐったいのか、指先をふらふら遊ばせるポルト。

 おいおい、前が見え辛いからやめてくれ。


 まぁ、ともあれさっさとハサンに追い付いて、お互い謝ってお終いにしないとな。


 この森は『死の森』。その危険性は昼間で充分分かった。

 況してや今は夜だ。危険性は一層増している。

 急がねば。

 俺たちもそうだけど、ハサンの身になにか起こってからでは遅い。


 ――――と、その時。


「……っ、ハサンの魔力が、消えた……?」


「えぇっ⁉ だ、大丈夫なの⁉ アル!」


 慌てふためいた様相のノエルが、身を乗り出して叫ぶ。

 落ち着け、こういう場面でこそ冷静にならなければ。

 ハサンが纏っていた『ウィンドムーブメント』の魔力は消えてしまったが、ハサン自身をまだ捕捉できている。しかし、魔力で状態を探ってみても、ハサンは動かず、その場に留まったままだ。

 死んでいる訳ではない。まだ心臓の鼓動を感じられる。

 しかし、一体なにがあって止まっているんだ?


「待て、この地形…………ハサンの奴、森の中の穴に落っこちてるのか?」


 よくよく感じてみれば、ハサンのいる場所が一段低い。

 考えられるのは、落とし穴のように窪んだ地形に、ハサンが落ちてしまっていることだ。

 幸い、そこまで深さのある穴ではない。ハサンが飛んでいたのは超低空だし、大した怪我もしていないだろう。いきなり魔力が消えたのには驚いたが、そこまで問題は――


「えぇっ⁉ あ、穴に、落っこっちゃったの⁉ ハサンがっ⁉」


 ホッと胸を撫で下ろそうとした瞬間、ポルトが慌てふためいて叫んだ。

 目の前でチカチカと光が揺れる。


「ポルト、なにか知ってるのか?」


「や、ヤバいよアルレッキーノ! 急いで! この森が『死の森』って呼ばれるのは、単純に強い魔物がいるからだけじゃないんだよ!」


「落ち着け。どういうことだ?」


「え、えっと……この森には、いくつか穴が開いてるんだけど……そこには、魔物が食べ残した人間の死体とかが埋まってるんだ。多分、ハサンが穴に落ちたって言うなら、それだと思う」


「人間の死体、か……そりゃ不味いな」


 いくら魔物の喰い残しとはいえ、肉がまったくついてないということはあるまい。

 人間の肉や内臓は、腐敗すると有毒のガスを発生させる。実際、大量殺人犯として有名なジョン・ゲイシーは犠牲者の死体を家の床下に埋めていたが、そこはさながら毒の海となっており、死体の回収に非常に手間がかかったという。

 だが、ポルトは「そんなんじゃないよ!」と声を荒げた。


「人間の死体を操るタキシムや、デュラハンって魔物がいるんだ! 奴らは人間の死体に取り憑いて、意のままに操る……とにかく目の前の獲物を殺すっていうのが、奴らの本能なんだ! このままじゃハサン、殺されちゃうよ!」


「っ……そういうことか」


 突然魔力が消えたものだから、おかしいとは思っていたが、それなら話が通じる。

 恐らく、そのタキシムやデュラハンといった連中に攻撃を受けたのだろう。そのショックで、ハサンは魔術を維持することができなくなったのだ。

 となれば、一層急がねばならない。


「ポルトっ! 速度を上げるぞ、照明頼む!」


「合点承知!」


「ノエル、しっかり掴まってろよっ!」


「う、うん! 待っててね、ハサン……!」


 言いながら俺は、『大地の蠢動(グランドムーブメント)』を一気に強め、車と変わらないような速度で森を駆けていった。

 ハサンの風魔術は強力だが、一人では決定打に欠ける。

 俺という砲台がいてこそ、その戦闘力は真価を発揮する。一人では魔物の軍勢など相手にはできないだろう。

 だから、急がなければ。


 大切な仲間を。

 ノエルの友達を、ここで失う訳にはいかない。


 注ぎ込めるだけの魔力を移動に費やし、俺たちは一直線にハサンのいる方向に向かった。


 ハサンのピンチに、アルレッキーノたちは間に合うのか……⁉

 次回更新は来週の22時頃を予定しています。どうぞお楽しみに!

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