第6話 ステュクス村の用心棒
「さぁ、答えな! あんたは一体何者だい? 一体、なにが目的だい⁉」
赤毛の少女は、木の槍を構えながら言った。
警戒心丸出しで歯を剥いて睨んできているが、きっと年の頃は俺と(あ、俺の場合享年になるのか?)大して変わらないだろう。一〇代のあどけなさを残し、無理して表情を作っているようにさえ見えた。
格好は、麻のシャツの上に革を鞣して作っただろう上着を羽織り。
下は、少しでも跳ねれば下着まで見えてしまいそうな頼りないスカートだった。
見たところ、これから向かおうとしていた村(ステュクス村、と言ってたか?)を守る、門番的な役割を担っているらしい少女は、ぶんっ、と槍で風を切った。
「あたいの名はリュア! リュア=ステンノ! さぁ、あたいは名乗ったよ。幼くても人の子は、名を明かし合うのがこの世の礼儀! 早く答えるんだねお嬢ちゃん! あたいは、そう気が長くないんだ!」
びしぃっ、と槍の先を向けられ、ノエルはすっかり萎縮してしまっていた。こそこそと、俺の後ろに隠れてしまった。蓑の端をぎゅっと握り締め、ダークドラゴンの時と同じように気配を殺している。
よく言えば凛々しいリュアの姿は、しかし談笑モードだったノエルには刺激が強過ぎたみたいだ。仕方ない、かかしの身で言葉を喋るのを、ノエル以外の人間がどれほど受け入れてくれるかは分からないけど――――ここは、俺が話すしかないか。
「あー、リュアっつったか? 悪い悪い、急にお前が出てきたから驚いちまってんだよ。俺の名はアル。アルレッキーノ。んでもって、こいつは――」
「人形の名前なんて訊いていないよ! さぁ、さっさと名乗りなよ! そこのお嬢ちゃん!」
何故か俺の言葉はスルーされてしまった。
……そういえばこのリュアって娘、さっきから『女』とか『あんた』とか『お嬢ちゃん』とか――――ノエル一人を対象にして喋ってないか?
「あ、あのー、つかぬことを伺うんだが、俺が喋ってるの、分かんない感じか?」
「だーかーら! 人形を通じて話すのはやめな! 興行にでも来たのかい? 人形遣いのお嬢ちゃん!」
あー、やっぱりか。
リュアって娘、俺が喋っていることに気づいていない。
というか、ノエルが俺を人形として扱い、腹話術かなにかで話しているように思っているらしい。なるほど、それなら今までの態度も納得できる。最初からリュアにとって、話すべき相手は人間であるノエル一人だけだっていうことか。
まぁ俺だって、万人がかかしが喋るって現実を受け入れてくれるなんて思っちゃいなかったけどさ。
はぁ、仕方がない。しっかしどうやって説明したものか。
「残念ながらなぁ、リュア。俺たちは人形遣いとか、そういうんじゃないんだ。もちろん、魔術とかでもない」
「はぁ? どういうことさ」
「リュア。お前に見えているのは?」
「お嬢ちゃんが一人と、それとかかしが一体――」
「そのかかしが俺だ。アルレッキーノっていうのはかかしの名前で、そのかかしが、俺なんだ。今喋っている、俺なんだよ。分かるか?」
「…………はぁ?」
うっわー、あからさまに疑った顔してる。
左右で瞳の大きさ違うもん。明らかに『なにこいつ頭おかしいこと言ってんの?』って顔じゃん。
しかし、事の真相がそうなのだから、納得してもらうしかない。
はぁ。最初からこの調子だと、この先々も大変そうだな。村一つ訪問する度に、このややこしい事情を話さなくちゃならなく――
「…………嘘、だね」
と。
リュアの言葉が聞こえたと同時に――――ぼうっ、と木槍の先端に炎が灯った。
着火する様子は見えなかった。強いて言うなら、木槍が不意に炎を吐いたのだ。マッチもライターも、木をこすり合わせる装置も使わずに。
煌々と赤く燃える炎が、周囲を照らす。
これが――――ノエルの言っていた『魔術』か?
「物珍しい見世物だったよ。けど、嘘はやめることだね、人形師のお嬢ちゃん。ただでさえ今、この村は面倒事に巻き込まれてるんだ。これ以上、煩わしいことを増やしてほしくないんだよねぇ。ったく、商売っ気があるのは結構だけど、常識でものを考えようよ。どこの世界に喋るかかしがいるって――」
「う、嘘じゃないもん‼」
ノエルが、突如大声を上げた。
俺にしがみつきながらも、それでも声を振り絞って。
前のめりになって、俺の言葉を肯定しようと――――って、お、おぉ?
「嘘じゃ、嘘なんかじゃないもん! アルは、アルレッキーノは本当に、喋って動けるかかしさんだもん! わたしを、わたしを守ってくれた――」
「ちょ、ノエル、押すな――」
「へ? わ、わぁっ⁉」
どさぁっ!
土煙を巻き上げる音が響き、俺はノエルの自重を支え切れずに前のめりに倒れる。
いや、ノエルが重いって訳じゃない。だが、不意に駆けられた全体重は、いくら軽量級のノエルと言えども耐え切れなかったのだ。痛くはないが、思い切り顔が地面にくっついてしまって、なにも見えない。
「わわわっ! ごご、ごめんなさいアル! だ、大丈夫……?」
「お、おぉ……大丈夫だ。意外と自力で起き上がれる」
言いながら、腕の部分の木をぐぐ、と反らし、身体を浮き上がらせる。あとは、背筋を使う要領でなんとか起き上がることに成功した。
この身体の使い方にも、ぼちぼち慣れていかないとだなぁ。
「…………かかしが、ひとりでに動いた……? どういうこと……なんのトリック……? それとも、まさか最初から……」
「っとと。ほら、だから言っただろ? 俺はかかしで――」
「――――舞い踊れ!『プロスエッダ』!」
瞬間、リュアが鋭く、なにかの呪文を叫ぶ。
すると、まるで提灯に明かりがともるように、無数の火の粉がリュアの周囲に展開された。
周囲は真っ赤に照らされ、そこだけが真っ昼間のようだ。持っている木の槍は、どうやら中身が空洞に刳り貫かれた筒状のものだったらしく、両端から勢いよく炎を吹き出していた。
真っ赤な髪が、真っ赤な炎に良く映える。
炎と一緒に槍を振り回し、リュアは俺たちをぎろりと睨んだ。
「はっ、なるほどねぇ。人形師の振りをして――――あたいらを食らいに来たってか。魔物風情が」
「え?」「はぁ?」
いやいや、意味が分からない。
なにを言ってんだこいつは――――と一瞬思ったが、しかしそうだ、考えれば当然の反応なのだ。
この世界には、人を食らうような魔物がいて。
人間たちはいつも、魔物の脅威に震えている――――得体の知れない喋るかかしなんて存在を、真っ先に魔物と仮定するのは、至極当然の判断だった。
「ま、待てリュア! 俺たちは魔物なんかでは全然なくって――」
「聞くかっ! アルレッキーノ、それにノエルって言ったね! その記憶ごと、あたいが灰に還してあげるよっ‼」
俺の制止なんて、点滅する黄色信号みたいに振り切って。
槍を構えたリュアは、思い切り俺たちに向かって吶喊してきた。
いよいよ次回、バトル突入です!
次の更新も30分後! お楽しみに!