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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第4章 死の森編
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第59話 夜に独り

 今回はハサンの視点です。


 ――――最低だ。


 樹々の隙間から差し込む、僅かな月明かりだけが頼りの暗闇を、私は独り、駆けていく。

 ポルトが起こした火の明かりなんて、とっくの昔に見えなくなっていた。山賊時代に培った夜目で、ひたすらに記憶通りの道を進んでいく。エイセンが、私だけに教えてくれたルート。それを忠実になぞるようにして、私は脚を動かしていた。


 いや、正確には足さえ動かしていない。

 脚全体に風を纏わせ、高速で移動する魔術。『ウィンドムーブメント』と彼が呼んでいたそれを、私は絶えず発動させていた。彼のように――――アルレッキーノのように、無尽蔵の魔力を持つ訳ではない私にとって、それは決して簡単なことではなかったけど。でも。


 動きの少なさに反比例するように、息が荒くなってもなお。

 この魔術を、解くことはできなかった。


 魔術を解けばきっと、『大地の蠢動(グランドムーブメント)』で追ってくるだろう、アルレッキーノたちに追い付かれてしまう。


 情けなくてみっともないことだけど――――私は、一刻も早く、一メートルでも遠く、彼らから離れたかった。


 もっと正確に言うなら、ノエルから、離れたかった。

 私は、言ってはいけないことを、言ってしまったのだから。


「……本当、最低ね、私って」


 口に出しても、もう応えてくれる声はない。

 森の中で反響することもなく、声はすんと消えていく。その物悲しさが、余計に私を惨めにさせる。


 ――――自分の環境の方が酷過ぎたのだと、自覚はある。


 自分で、自分の頭がいいだなんて毛ほども思わないけど。でも、客観的に見れば、間違っているのも環境が劣悪だったのも、私の方だ。それこそ、考え方が歪んでしまうほどには、過酷で苛烈だっただろう。


 家族によって山賊に売り飛ばされ。

 山賊の脅威から逃れられた家族の笑顔を、曲解して。

 山賊の中では劣悪な扱いをされ、身体を弄ばれ。


 そんな環境で培った価値観を、ノエルに押し付けてしまうのは――――ダメだ。おかしいことだ。


 冷静になって、頭を冷やせばすぐに分かることなのに。

 笑顔で家族のことを話すあの娘が。

 自分の家族を世界一だと、臆面もなく言い放つようなあの娘が。

 私と同じように売り飛ばされた身なのに、微塵も家族を恨んでいないあの娘が。


 止め処なく――――羨ましかった。


 半面、妬ましくて。

 あぁ、だからみっともない。


 なんでこの娘はこんなに笑顔なのだろうと、なんで笑顔で自分を売った家族の話ができるのだろうと。

 理解ができなかったし、したくもなかった。


 理解、して堪るか。


 家族への恨みだけを糧に、私は生きてきたんだ。

 そうでなければ、とっくに自害している。

 山賊の首領から渡されたナイフがあれば、そんなことは簡単だった。腹いせに、山賊の何人かを道連れにしてやろうかと、本気で幾度も考えた。

 それをしなかったのは、ひとえに、私の意地だ。


 家族の絆なんて信じない。

 山賊の仲間意識なんて信じない。

 あらゆるものを軽蔑して、そいつらを見返すために生きてきた。

 憎しみだけを糧にして、でもそれを晴らす方法さえ掴めず、生きてきた。


 なのに――――あの娘たちは、そんな私へ易々と手を伸ばしてくる。


 純真無垢を絵に描いたような娘と。

 かかしのくせに、頼りになる彼と。

 天真爛漫を地で行くような魔物と。


 そんなパーティの中で、私だけが場違いだ。

 あんなキラキラしている輪の中に、私なんかがいちゃいけないんだ。

 だって、今日もこうやって輪を乱してしまった。和を乱してしまった。

 自分勝手な理屈で、人の家族の名誉を傷つけて。

 言ってはいけない言葉で、傷つけてしまった。

 謝りもせず、悪びれることなく、逃げ出してしまった。


 それでも――――きっとあの娘たちなら、許してしまうだろう。


 それがとてつもなく嫌だった。

 鳥肌が立つほどに、身の毛もよだつほどに。

 あの中にいたら、私の方こそ壊れてしまう。

 家族を、山賊を憎み恨んで、絆や繋がりをバカにしながら生きてきた私が。

 私が、壊れてしまう。


「……そんなの、御免だわ。私は――」


 私は、私を否定したくない。

 家族なんて、信じて堪るか。

 仲間なんて、信じて堪るか。

 恨みつらみ憎しみで生きてきた私は――――そんな易いものなんか、信じない。

 今まで生きてきた糧を、そんな簡単に覆して堪るものか――――


「……あ、れ? なんで、私……」


 ぽろぽろと。

 童話に出てくるパン屑のように、水の粒が頬を掠めて落ちていく。

 口周りを覆う布が、いつしかしっとりと濡れていた。


 目から溢れ出てくるこれは、涙?


 なんで? 涙なんて、ここ数年、まともに流したこともなかったのに。

 悲しいことも辛いことも恨めしいことも憎らしいことも、全て生きる糧として食い潰してきたのに。

 なんで私、泣いているんだろう。


「…………楽しかったなぁ、あのパーティ」


 ぽつり。

 口からこぼれ出た言葉に、私は自分で驚いてしまった。


 楽しかった、だって?


 あんな、私が生きてきた理由を、意地を、全部易しく否定するような連中を。

 私は、楽しかったと。

 そう思っていたのか――――だからなのか?


 この、胸がチクチクと刺されるような痛みも。

 後ろに引っ張られるような、この心臓のおかしさも。


 ……だったらもう、救いようがないじゃないか。


 私は、なんだ?

 山賊時代の呼び名は『慰み者のハサン』。

 人でありながら、道具のように扱われ、奉仕するだけの人形。

 ……そんな自分が、嫌いだった。そうさせた周囲が、嫌いだった。助けてくれない世界が、嫌いだった。

 だから、全てを憎み、嫌った。

 生きられるだけ生きてやることが、世界そのものへの、嫌がらせだった。


 なのに――――あの娘たちは、そんな私にも優しく接してくれる。


 当たり前のように、人として、扱ってくれた。

 だから、役に立とうと思った。でも、役に立てなかった。

 きっと、アルレッキーノはノエルたちを連れて、私を追ってくるだろう。

 だったら、せめて森の出口まで誘導するのが、私の最後の務めだ。こんな私にまでよくしてくれた恩返しと、ノエルに酷いことを言ってしまった償いだ。

 こんなことで、ノエルに与えた傷を癒せるだなんて、思わないけど。

 でも、少しでも罪滅ぼしをさせてほしい――――そうでないと、私の気が済まないから。

 損害を与えた分は、利益で返させてほしい。

 間違っているだろうけど、それが、私の思う『仲間』の姿だから――――




 がくんっ、と身体がバランスを崩した。




「っ――――⁉ なに、が――」


 困惑と同時に、脚に走る、灼熱の痛み。

 風を纏った右脚を、一本の矢が貫いていた。

 真下から射られたそれの痛みに屈し、空中で身体が崩れ落ちる。


 それは、穴だった。


 地面に突如現れた巨大な穴は、私の身体など一呑みにしてしまう。

 咄嗟に体勢を立て直そうとするが間に合わず――――私は、暗い穴の中へと落ちていってしまった。


「っ、助け――」


 叫ぼうとして、愕然とする。

 助けて? どうして? 誰に?

 そんなことを言う資格は、もう私にはないというのに――


 短い墜落の刹那、私は信じてもいない仲間に縋ろうとする己の弱さを呪った。


 夜の森を行くハサンになにが……⁉

 次回更新は来週の22時頃の予定です。どうぞお楽しみに!

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