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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第4章 死の森編
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第58話 ハサンの逆鱗


 すぐ背後で交わされている会話に、俺は動揺を禁じ得なかった。


 本当なら仲裁に入るべきだっただろう。いくらこの旅の主目的とはいえ、よりにもよってハサンに対してその話題は禁忌だ。そして、それを知っているのはこの場で俺一人だけだ。


 ハサンは、家族に売られ、山賊として働いていた。

 ノエルも、家族に売られ、あの農村で働いていた。


 互いに同じ境遇とはいえ、受けた仕打ちは段違いだ。ノエルはあの下衆男の毒牙にはかかっていなかったし、俺という気晴らしの相手もいた。


 対してハサンは、救いようもなく独りだった。


 そんな彼女が、自分を売り飛ばした家族に対して、いい印象を持っている訳がない。そのことはすぐに察せられたし、だから、即座に止めることも可能だった。理由なんてなんでもいい。夜更かしを咎める口うるさい母親のように、ノエルの話を遮ることだってできただろう。


 俺がそれをしなかったのは、ひとえに、俺自身の好奇心によるものだった。

 俺もまた、ノエルの家族の話を聴くのは、初めてだったのだ。


 いや、厳密に言えば違うかもしれない。農作業の合間に、旅路の随に、ひょっとしたら軽く触れる程度には話されていたかもしれない。けれどそれは断片的なエピソードばかりで、小説で言うなら掌編ばかり読まされて、いつまで経っても本編へ移行しないような、そんなもどかしさがあった。


 ノエルを、この心優しい少女を育てた、家族の話。

 それを聴いてみたいと、俺は思ってしまった。

 だから、彼女が嬉々として語る家族についての話を、俺は咎めることができなかった。


「わたしのおとーさんはね、すっごく優しいし、すっごくおっきいの。アルよりは、少し小さいかな? よく肩車してくれて、村の中をお散歩したりしてたなぁ。えへへ。アルの背中は、おとーさんのによく似てるの。全然形は違うのに、雰囲気がそっくり。だからわたし、ずっとアルの背中に引っ付いてるのかもね」


 ノエルが、声を弾ませて語る。

 最初に語り出したのは、父親についてだった。


「わたしがお手伝いしたりすると、おっきな手の平で、髪をわしゃわしゃーって撫でてくれるの。力もすごくてね、わたしを持ったまま、ぐるぐる回ったりもするの。くらくらしちゃうけど、楽しかったなぁ。んー、アルには、やっぱりできないよね、そんなこと。時々、ちょっぴりだけど、それがかなしい。アルが人間だったらね」


「……どう、かしらね。かかし以外のアルレッキーノっていうのが、あんまり想像できないけど」


「そう? わたしはねー、アルが人間だったら、すっごく強くてカッコいい王子様みたいな人だと思うの。かかしの今だって、強くてカッコいいんだもん」


「……否定はしないでおくわ」


「あれ? おとーさんの話だったのに、アルの話になっちゃった。なんで?」


「……私に分かる訳ないでしょうに」


「えー。ハサン、頭いいから分かると思ったのに。んとね、ハサンは、わたしのおかーさんに似てる感じがするの」


「……あなたの、母親に?」


「そう」


 くすくすと、ノエルが笑い声を響かせる。

 俺の背中が、父親に似てる、か……。そう思ってくれているなら、ありがたい。家族と離れ離れになっている寂しさを、少しでも紛らわすことができているなら、それ以上の喜びはない。

 半面、ハサンみたいな母親か…………勝手なイメージだが、説教が長そうだ。姉とか妹ならともかく、母親は御免かな……。


「おかーさんは、家のことをてきぱきなんでもやっちゃうの。お料理も上手だし、わたしね、おかーさんの作るシチューが大好きで、いつも鍋二杯半くらい食べちゃってたの」


「……相変わらず、見た目によらない食欲ね」


 うん、それは俺も思った。

 食った分の栄養がどこに行っちまってんだよ、ノエルの身体は。


「頭もよくって、難しいことでもわたしに分かりやすく説明してくれるの。そういうところ、ハサンにそっくり。ハサン、とびきり頭がいいもの。あ、でもでも、嘘はダメだよ? おかーさんが言ってたもん。嘘ついたら針千本飲ますぞー、って」


「……それは怖いわね。なら、必要な時以外の嘘は控えるわ」


「そうした方がいいよー。針を千本もだよ? そんなに飲めないよ……」


 いやいや、本気にするなよそんなのを。

 見張りをしているということを一瞬忘れて、噴き出しそうになってしまった。まったく、これだからこの娘は面白い。一緒にいて飽きないんだよなぁ、本当に。


「それとね、わたしには妹がいるの。リアって名前の、キラキラした髪の子なの。初めて会った時は小さかったけど、すぐにおっきくなっていって、もうすぐわたしの背丈もこえちゃうくらい。おかしいよねー。わたしの方がお姉さんなのにー」


「……食べた分、身長が伸びればよかったのにね」


「いっぱい食べてもダメなの。それで、リアにはいっつも『お姉ちゃんってばちびっちゃいのー』とか言われちゃうの。むぅ、まだわたしの方が背が高いのに」


「……姉妹仲が悪いのかしら?」


「ううん、仲良しだよっ。リアはおかーさんに似て、しっかり者なの。わたしはおとーさん似で、のんびりさんなんだって、よく言われてたよ」


「そう」


「えへへ…………なんか、こんなに家族のことを話したの、初めてかも。ちょっと、照れ臭いね」


「……そんなものなんじゃない?」


「ねぇ、ハサンの家族は、どんな人たちだったの?」


「……家族?」


 ――――後から思えば、ここが話を止めるべきタイミングだった。

 まだ朗らかな声を保っていたハサンの声が、一気に冷たくなったのが分かった。だが、同時にハサンは、それを隠すのが上手過ぎた。まだ幼いノエルには、その違いが分からない。

 俺が、止めなくちゃいけない立場だったのに。

 押し殺したような殺意に身震いし、声をかけるタイミングを逸してしまった。


「……いないわ、そんなもの」


「? 家族が、いないの?」


「……そうよ。私に、家族なんてものはいないわ」


「そう、なんだ…………うん、でも、分かるよ――」




「分かるよ、ですって?」



 ばさぁっ、と音を立て、ハサンが立ち上がった。

 慌てて振り向くと、ハサンの手にはナイフが握られ、目は鋭く尖っていた。すぐ隣に寝転がるノエルは、事態を把握できていないのか、目をぱちくりと瞬きさせる。


「は、ハサン……?」


「分かるよ、ですって……? 安い同情はやめてちょうだい、ノエル。私の気持なんか、あなたに分かる訳がないでしょう? そうやって、へらへら笑って家族のことを語れる、あなたなんかに!」


「ど、どうしたの、ハサン? なんか、こわいよ。わたし、怒らせるつもりなんて――」


「知らないわよそんなこと! なに? 幸せな家族の元に生まれて、幸せに過ごしてて、今がほんのひと時の不幸でしかない癖に、なんで私の気持ちが分かるなんて抜かすのよっ! 私は、家族に売られたのよっ⁉ あなたも同じじゃない! なのに、なんで家族のことを、そんな風に語れるのよっ! そんな人が、なんで私の気持ちを分かるだなんて言うのよっ!」


 落ち着け、ハサン。

 そう、声をかけるべきだっただろう。だが、俺は阿呆のように固まったまま、なにも言えないでいた。ハサンのこんな剣幕を見るのは、初めてだったのだ。

 俺が思っていたより、ずっと深く、ずっと痛く。

 家族のことは、彼女の心を傷つけていたのか――


「私は、家族のことなんか信じない! 私を売り飛ばした奴らのことなんか、知るものかっ! 憎むことすらしてあげないわっ! あいつらは私を生贄に、自分たちの安全を買ったのよ! 今でも覚えているわ! 私を山賊へ引き渡す時の、あの下卑た笑みを! 私は、私は――――!」


「は、ハサン、落ち着いて――」


「うるさいっ! どうせ、どうせ家族なんてどこも同じよ! 血の繋がりなんて下らないもので形成されて、仲良しこよしの振りをして! いざとなったらトカゲの尻尾みたいに要らない部分を切り捨てる! そうやって安寧を買って生きてる浅ましい奴らよ! ノエル、あなたの家族だってそうに決まってるわ! あなたを売り飛ばすことで、残された家族はきっとさぞ喜んだことでしょうね――」




「――そんなことないもんっ‼」



 ノエルが、大声を出した。

 ハサンの激昂より、それは呆気なく俺の度肝を抜いてきた。目にうるうると大粒の涙を溜め、喉が潰れんばかりの大声で彼女は叫んだ。

 立ち上がったノエルは、ハサンと対峙する。


 しかし、ノエルに戦う術はない。拳を固く握りしめ、ボロボロと涙をこぼすばかりだ。口喧嘩でノエルがハサンに勝てる筈がない。

 それでも、ハサンはノエルの声で、はっと我に返ったようだった。


 じり、と一歩後ずさる。チャンスはもうここしかなかった。俺は意を決して、二人に声をかける。


「お、おいお前ら。なに言い争いして――」


「――――っ、あなたは当然、ノエルの味方よね。アルレッキーノ」


 と。

 ハサンは鋭い目で、俺のことを親の仇のような目で睨んだ。

 いや、親の仇だったらきっと、ハサンはこんな顔はしないのか――


「分かってるわよ。このパーティだって、家族と同じようなものだわ。あなたは随分と綺麗事を並べてたけど、どうしても乗り越えられない窮地に陥ったら、迷わず仲間を犠牲にするんでしょう? その時…………優先順位が高いのは、私なんでしょう?」


「っ、なに言ってんだよ。そんなことする訳――」


「うるさいうるさいうるさいっ! 信じない…………信じられない、信じて堪るか、そんな言葉なんかぁ‼」


「お、おいハサンっ!」


 声を上げた時には、もう遅かった。

 ハサンは『ウィンドムーブメント』を両脚に展開し、俺の横をすり抜けていったのだ。

 明かり一つない夜の森めがけて。

 彼女は、吶喊するように飛んでいってしまった。


「っ、あのバカ……道教えてもらったっていっても、今は夜だぞ。早く追いかけねぇと――」


「う…………うわぁああああああああああああああんっ!」


 堰を切ったように、ノエルが泣き出した。

 相対していたハサンがいなくなり、緊張の糸が切れたのだろうか。どの道、置いていく訳にはいかない。少しでも早く泣き止ませないと――――あの速度で森の中を突っ切って、ハサンが魔物に出会わない保証はなにもない。


「っ⁉ な、なになに? なにが起こったの? うわ、なんかノエル泣いてるし!」


「ポルト、悪いがちょっと今日は夜更かしをしてくれ。訳は後で話す。っと…………ノエル、酷いこと言われて悲しかったのは分かるが、いい子だから泣き止んでくれ。早くハサンを追いかけないと――」


「う、うっ、うぅぅ……」


 泣き止め、と言われてすぐに泣き止む子はいないか。

 ったく、ハサンの奴め。後で説教だな。


「わ、わたし……ハサンに、ひどいこと、言っちゃった……?」


「言ってねぇよ。お前はなに一つ悪いことはしちゃいない。ハサンもだ。悪いのは…………いや、誰も悪くはねぇんだけどな。こういうのは難しい」


「だって、だってわたし……」


「あー、分かってるよ。悪気はなかったんだろ? 大丈夫、ちゃんと説明すればハサンだって分かってくれるさ」


「……わたし……家族がいないって気持ちも、分かる、から……」


「…………え?」


 ぼぉっ、と風に煽られて、火の粉が舞い上がる。

 涙と一緒にこぼれたのは、俺がまったく予想していなかった言葉だった。


「わたし……おとーさんも、おかーさんも、妹も……本当の家族じゃ、ないから……」


 ひゅぅぅぅぅんっ、と風が鳴く。

 急かすように吹く風が、その告白をハサンに届けてくれればいいのに――――柄にもなく、そんなことを思っていた。


 割れてしまったパーティ。果たしてどうなる……?

 次回更新は来週の22時頃予定です。お楽しみに!

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