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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第4章 死の森編
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第55話 決まりは破るためにある


「ほっほっほ。ずいぶん遅いお着きでしたの。待っておりましたでの」


大地の蠢動(グランドムーブメント)』で一気に移動すること数分。

 予想されていたエントによる猛攻なんて微塵もなく、極めて平和裏に俺たちはエイセンの元まで到達できていた。


 俺たちが根こそぎエント共を薙ぎ払ったからだが、相変わらずだだっ広い空き地だ。その最奥部を陣取るように、エイセンの巨体が聳えている。バジリスクの毒が抜けてきているのか、右眼のグロテスクな様相が少し治まってきていた。両目をとろんと開き、饒舌に緑色の舌を踊らせる。


 待っていた、だと?

 俺たちを? どうして?


「ほっほっほ。ご存知かと思いますが、儂は森中に魔力を張り巡らし、住人の動向を逐一感じ取っておりますからの。お主らがてんで的外れな方向へ歩いていったのも、全て感じ取っておりましたでの。ほっほっほ」


「……やっぱ、あんたはあんな山に続くルートなんか、教えてなかった訳だな」


「先へ続く道がない道など、最早道とは呼べませんからの。当たり前ですじゃ、ほっほっほ」


 となると、やっぱポルトが道を間違えて覚えてたってことか。

 俺とハサンの視線が、一斉にポルトへと注がれる。ポルトは、エイセンの目の前だからかいつもより余計に固くなり、全身に冷や汗の滝を描きながら弁明した。


「で、でもさ! あたしが道を間違えたお陰で、ニッケル村の人たちは助かったんじゃん! アルレッキーノだって、そんなおしゃれなバッグまで貰えたし! 全てはあたしが道を間違えた賜物だよ!」


「そもそも道を間違えなければ、あんな厄介なことに巻き込まれなくて済んだでしょうに…………まったく、とんだ無駄足だったわ」


「んー、まぁニッケル村を救えたことは、確かに良かったけどな。なぁ、ノエル」


「うん。おかげでいっぱいおいしいもの食べられたし――――それに、もうあの村は、生贄なんて出さなくて済むもんね。いいこと尽くめだったよ!」


「だからそれが無駄足だって…………危うく死ぬところだったのよ? 私たち」


「生きてたんだからよかったじゃねぇか。ハサン、お前も俺たちのことを助けてくれたしな。感謝してるんだぜ?」


「……別に。必要だったから、したまでよ」


 ぷい、と顔を逸らしてしまうハサン。


 ……俺、なにか怒らせるようなことを言っちまったかな? ハサンは、顔を半分隠していることを差し引いても、感情が読みづらいからなぁ。意図的に隠している部分もあるだろうし。

 感謝してるのは本当なんだけどなぁ。


「うぉっほん。とにかく、元はといえばこの森の住人だった者が、お主らに迷惑をかけたのは事実ですな。道を間違えなければ、今頃きっとお主らは森など等に越えていたでしょう。或いは…………この先に続く森で、魔物の餌食になっていたでしょうな」


「……! え、エイセン様。あ、あたしは別に、なにも悪気があって間違えたんじゃ……」


「まぁ、この場にいない者(、、、、、、、、)の話をしても仕方がありませんな。はてさて、どういたしましょうかの」


「……? え、エイセン様? あたしはちゃんとここに――」


「おいポルト、黙ってな。汲み取ってやれよ、エイセンなりの気遣いだろ」


「うん? アルレッキーノ殿は、どなたかとお話し中でしたかな?」


「い、いや、なんでもねぇよ」


 エイセンはとぼけた顔で俺に問いかけてくる。


 ……まぁ、一度は『二度とこの森の敷居を跨ぐな』とまで言った奴が目の前にいるんだもんな。しかもそいつ自身の不始末で。


 縁を断ち切ったとはいえ、ポルトも元はこの森の住人。

 そいつの仕出かした不始末の責任を負うべく、エイセンも色々知恵を絞っているのだろう。結果、エイセンはポルトを『いない者』として扱うことにしたらしい。


 要は、言いつけを破ってこの森に入ったことを、不問に付す、ということか。

 案外、身内には甘いのかもな、エイセンも。


「さて、しかしそれでは困りましたのぉ」


 口を手で塞いだポルトをあくまで見ない振りして、エイセンは顔全体を歪めてみせた。

 顔しかない分、感情表現は豊かな方らしい。

 しかし、困ったこととは一体なんだ? 現状、道が分からない俺たちの方が何倍も困っているのだが。


「ご存知とは思いますがの、この『惑いの森』には生き延びていくための掟がありますのじゃ。その掟の中に、『濫りに森の情報を他者に漏らすべからず』というのがありましての、それを破る訳にはいきませぬ」


 げ、そうだった。

 この森には、そんな厄介な掟があったんだった。だからこそ、バジリスクを討伐する際にだって、ポルトが道案内を務めていたんだったな。


「おいおい、ケチ臭いこと言わないでくれよ。俺たちは別に、この森の情報を他の奴に漏らすようなことはしないぜ? 口の堅さにゃ自信があるんだ。なぁ、ハサン?」


「…………そうね。用もないのにべらべらと口外することは、なんの利益にもならないわ。そんなこといちいちするほど、私たちは暇じゃないもの」


「ほらな? だからさ、特別に教えちゃくれねぇか? この森から抜ける道をさ」


「ふぅむ……そう言われましてもな……」


 考え込むように両目を瞑り、口をへの字に曲げるエイセン。

 どうやら相当悩んでいるらしい。…………ったく、これもポルトがしっちゃかめっちゃかな道案内をかました所為だよな。今後、道案内系はポルトに任せない方がいいかもしれない。

 おかげでニッケル村は救えたし、こんなポーチまで貰えたけどな。人生万事塞翁が馬とはよく言ったものだ。


 ――――やがて、エイセンは意を決したように両目を開くと、俺たちの方をじっと見つめてきた。


「…………ハサン殿。先程の言葉、嘘偽りなく本当ですかな?」


 ……揺れている。それが瞬時に感じ取れた。

 エイセンは今、掟と俺たちの懇願との間で、揺れているのだと分かった。だからこそ、俺は咄嗟に口を噤み、目線だけでハサンに全てを託した。


 事態は既に頼みごとではなく、交渉に入っている。


 そうなれば、有利なのはハサンだ。ニッケル村でも、俺が魔王に姿をかかしに変えられた勇者だなんて嘘八百を即座に思いつけるくらいだし、こと交渉事については機転の利くハサンの方が向いている。


 俺は、予めいくつも証拠を揃えて、相手を言い負かすのは得意だが、こういった咄嗟の判断が大事なところではいまいち弱い。


 ……咄嗟の、判断力。それがあれば、四日前、シャンタクに一時とはいえノエルを攫われることもなかった筈なのだ。


 猛省しなければ。

 俺がこの娘を守るんだ。


 ――――閑話休題。


「えぇ、本当よ。私たちには、この森の情報を外部に漏らすメリットがないもの。そんなに疑られても、私たちとしては信じてくれと言う他ないわ」


「……では、そのメリットを提示されたら、どうなりますかの?」


「メリット……? 具体的には?」


「お主らは旅人だ。道中、路銀や食糧、着替えなど、必要なものが出てくるでしょうぞ。それらと引き換えに、この森の情報を教えろと言われたら、どうしますかな?」


 ……そうきたか。

 確かに、かかしである俺は例外としても、連れ添っているのはなんの因果か全員が女子だ。食糧はともかく、着替えは必須になるだろう。

 今までは、洗濯している間は全裸で寝ていた訳だしな。

 幸いにして、俺の肩には洋服だって入れられるショルダーポーチがかかっている。なるほど、着替えが必要になるっていうのは、トロントにしては鋭い意見だった。

 だが、それでもハサンは怯まない。


「それでも、教えませんね。何故なら、路銀や食糧、着替えなどのメリットに比して、デメリットが大きいですから」


「デメリット、ですとな? それは一体、なんでございますかな?」


「道を教えてもらったという大恩を、仇で返すことになることですわ」


 返す言葉の刃で、ハサンはそう切り返した。


「私たちの力だけでは、この森を抜けることは困難です。エイセン殿、あなたのお力添えが必要なのです。あなたが道を教えてくれなかったら、私たちは遠からん内に森の中で野垂れ死ぬでしょう」


「……どうですかな。この森には食糧も豊富にある。この森を彷徨い続けるだけなら、お主らの強さでしたら野垂れ死ぬようなことはありますまい」


「それでも、私たちの旅の目的は果たせなくなりますわ。私たちは、なにも世捨て人として旅をしているのではありません。この森を抜けた先に、果たすべき目的があるのです。目的を果たせず、森の中で安穏と過ごしているのでは、それは生きながらにして死んでいるのと同じです」


「…………」


「エイセン殿が私たちに道を教えてくだされば、私たちはそんな生き地獄から抜け出せるのです。謂わばエイセン殿は命の恩人。命を救っていただいたという大恩を仇で返すことは、デメリット以外の何物でもありませんわ」


「…………ほっほっほ。大袈裟な物言いですな、ハサン殿」


「しかし、事実ですわ」


「ほっほっほ。分かりましたわい。儂とて鬼ではない。それに、大恩があるのはこちらとて同じこと。バジリスクを屠り、この森に平和を齎してくれたのは、アルレッキーノ殿、ノエル殿、そしてハサン殿の功績ですじゃ。それに見合う褒美を差し上げぬのは、失礼に当たるというもの。よいでしょう。今回だけは特別に、ハサン殿にだけですが、道をお教えいたしましょう」


「私にだけ、ですか?」


「ほっほっほ。掟を破る訳にはいきませぬからの。相手が一人だけなら、『濫りに』情報を漏らす訳ではありますまい。掟を定めた儂自身が掟に反してしまっては、他の者に示しがつきませぬからな。申し訳ありませぬが、それで手打ちとさせていただきたい」


「……構いませんわ。そうよね? アルレッキーノ」


「あぁ、構わないぜ。ハサンの記憶力なら、俺たちも信用できる」


 エイセンからの提案に、俺は深々と頷いた。

 横でポルトが、自分で口を塞ぎながら睨んできている気がするが、気にしない。だってポルトの記憶力が当てにならないことは、ポルト自身が身をもって証明してくれたし。


「ほっほっほ。しかし、老婆心ながら忠告を繰り返させていただきますぞ。ハサン殿。アルレッキーノ殿。ノエル殿」


 一瞬、エイセンが酷く険しい顔を浮かべてきた。

 忠告……そうだったな。四日前にも同じことを、エイセンは言ってきた。

 こんなに恩ばっか受け取ってたら、返し切れなくなっちまうな…………なんて、苦笑も思わず漏れてしまう。


 だって、エイセンは口ではああいってるのに。

 自分からどんどんと、掟を破っているのだから。


 まったく……優しい奴だよ、あんたは。


「この先の道は、地獄のように辛い森へと続く道ですじゃ。命だけは落とさぬよう、くれぐれもご注意なされ」


 問題解決! いざ、さらなる危険の待ち受ける森の中へ……!

 次回更新は来週の22時頃予定です! お楽しみに!

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