第51話 万物を貫く槍
山の頂上は、無残な姿を晒していた。
半分ほどに面積を減らし、真ん中から痛々しく抉れている。岩が落ちていったのが、ニッケル村と逆方向でよかった。こんな巨大な岩が落ちてきたら、例え鉄のドームでも耐え切れなかっただろう。
やっとのことで辿り着いたそこで、ハサンは体力を使い果たしたのか、力なく倒れた。
「ハサンっ! 大丈夫っ⁉」
「……平気、よ。少し休めば、大丈夫…………それより、アルレッキーノ。ポルト」
「あぁ、分かってるよ。お前が休んでいる間に終わらせてやる。ポルト、作戦は理解できてるな?」
「わ、分かったけど……でも、本当にできるの? あたしに、そんなことが――」
「お前じゃなきゃできないんだよ。――――さて、まずは奴の足止めだな」
「「「「「「「「「「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」」」」」」」」」」
眼下で魔物が吼えている。
『神体発火現象』を全て喰らい尽くしたのだろう。身体中からぶすぶすと煙を吐きながらも、魔物が倒れるような気配はない。やっぱ、あの程度の魔術じゃ足止めにしかならないか。
奴を倒すには、もっと強力な魔術が必要になる。
それを用意するには――――もう少し、時間が必要だ。
「これでも喰らってなぁっ!『根國女王の戯れ』ぉっ!」
足元の岩が次々に変貌し、巨大な腕となって魔物へと迫っていく。
魔物はそれを、無数の眼球で素早く察知すると、避けることもせず、大きく口を開いて噛み砕いてきた。
やっぱりか。
あの魔物、『奴隷解放戦閃』や『神体発火現象』に対しても、まったく同じアプローチを取ってきた。
すなわち、魔術を喰らうこと。
なら、俺の魔術に対してもそうするだろう。岩に込められた俺の魔力を喰らうために、岩ごと俺の魔術を喰うだろう。それは、予想できていた。
けど、俺の魔術は今までの二つとは違う。
さっきの二つの魔術は一回喰えば終わりだったが、俺の魔術は岩をどれほど喰おうと、この山全てがなくなるまで終わることはない!
勿論、大量に食わせることが目的じゃない。
距離を取ったまま、奴の脚を止めることこそが肝要だった。
「よしっ、第一段階は成功だ! ポルト、準備を!」
「で、でもあたし、ヤとかヤリとか言われたって、よく分かんないよ! どんなものなのか、見たこともないし……」
「じゃあ、エントだ! エントの枝や、根をイメージしてみろ! なるべく鋭い奴をだ!」
「わ、分かったよ!」
俺の腕に触れながら、ポルトは目を閉じて念じる。
同じように、俺もイメージした。あの硬い外皮を一撃で貫くほどの、鋭い槍を。貫通するほどの破壊力を有した、無双の矢を。
――――やがて、それは出来上がる。
眩く虹色に光り輝く、巨大な弓矢。
俺の手の先端には、いつの間にかそれが出現していた。ポルトが翳した手の先で、矢は今か今かと発射の時を待っているかのように蠢いている。
いける!
これなら、いけるぞ!
光属性の魔力で作り出した、この技なら!
「いくぞっ、ポルト!」
「う、うん! やってみるよ‼」
二人で息を合わせ、声を合わせて。
渾身の力を込めて、矢を射る! 撃ち抜く!
「「『神体発火炎槍』ぁっ!」」
勢いよく射出された、虹色の矢は。
岩の腕の間をすり抜け、灰色の魔物の外皮を見事に貫いた!
「「「「「「「「「「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO⁉」」」」」」」」」」
予想だにしなかったであろう攻撃に、魔物が吼える。
その身体の真ん中には、光の矢が煌々と突き刺さっている。
しかし、『神体発火炎槍』に集中してしまった所為で、俺の『根國女王の戯れ』は動きを止めてしまっていた。魔物はただの岩の塊と化した拳に興味を示さなくなり、一直線に俺たちめがけて飛んできた。
恐らくは、俺たちを喰らうため。
滅茶苦茶に生えた翼を羽ばたかせ、魔物はあっという間に頂上まで到達する。
――――ここまで全部、予想通りだ。
「今だポルト! 繋げっ!」
「と、飛んでけっ!『ヘスダーレン』っ‼」
作戦は既に第二段階まで成功している。
あとは、最後の仕上げだけだ。
ポルトが指先から光を飛ばし、俺の腕と、魔物の胸に突き刺さった光の矢とを繋ぐ。
――――『ヘスダーレン』は、魔力を直接光に変換する魔術だ。
ポルトの魔力によって、俺と光の矢が直接つながり、魔力の線が出来上がる。
か細い光の線に、思い切り魔力を流し込む!
瞬間、突き刺さったままの『神体発火炎槍』は、一層眩い光を放った。
いくぜ、これで終わりだ!
「『神体発火炎槍』――――『羅精門』っ!」
俺の魔力を注がれた『神体発火炎槍』が、ぶくぶくと大きく膨れ上がる。
瞬間、魔物の身体から無数の矢が突き出してきた。
身体の内部から、幾重にも串刺しにされた魔物は。
悶えることも、悲鳴を上げることもできないまま、固まっている。
これが、俺とポルトの繰り出せる、最大の必殺技だ。
頼む、これで終わってくれ――――
「「「「「「「「「「GU、OOOO…………⁉」」」」」」」」」」
微かな呻き声を上げたかと思うと。
無数の翼を、顎を、牙を、腕を、脚を持った魔物は――――その場で風船のように破裂した。
前にバジリスクを倒した時よりもっと大量の、眩いほどの魔力の粒が降り注ぐ。その魔力の粒さえ灰色で――――魔物は、跡形もなく消えてしまっていた。
あの格子状の檻の欠片さえ、もう残ってはいない。
勝った、勝ったのか…………?
俺たちの、勝ち……?
「お、終わったか…………!」
達成感と、大量の魔力を失ったことによる虚脱感。
俺は二つの感情の波に押し倒されるように――――ぐらぁ、と身体を傾けていた。
謎の魔物、ついに撃破……⁉
次回更新は来週の22時頃! お楽しみに!




