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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第3章 死火山踏破編
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第50話 万物を喰らう者


 地面が、ない。


 それは、酷く絶望的な感覚だった。自分を支えるもの、踏み締めるものがないというだけで、心というのはここまで儚く崩れるものかと、自分自身でも驚くほどに。


 感触のない筈の体で感じる、浮遊感――――そして、墜落の感覚。


 自分の身体が風を切る音が聞こえる。あの灰色の魔物の姿が、見る見る遠退いていく。

 落ちていく。

 この高度だ。助かる見込みなどない。

 俺の身体はバラバラに飛散して、二度と元に戻ることはないだろう。

 背中に負うノエルも、同じように――


「アル……っ‼」


「…………クッソがぁっ!」


 死ねるか。

 死んで堪るか。

 こんなところで、この娘を死なせて堪るものか!

 なにか、なにか助かる手段は――


「浮かべぇっ‼『ポルターガイスト』ぉっ!」


 一瞬。

 ほんの僅かな、切那。俺の身体は落下を止め、その場にぴたりと留まった。

 なんだ? これは。

 背中から感じるのは、微かなポルトの魔力。

 もしかしてこれは、ポルトの魔術なのか?

 魔力をエネルギーに変換する、光魔術の一種……?


「ナイスよポルト! 掴まりなさい! アルレッキーノっ‼」


 俺めがけて伸ばされる、褐色の腕が目に入った。

 ハサンだ。

 ハサンは、自力で空を飛べるにも拘らず、敢えてそれをしないで、俺のすぐ近くまで落ちてきていた。

 寧ろ風の魔術を、落下速度を上げるために用いてまで。

 俺は渾身の力で身体を捻り、ハサンめがけて腕を伸ばした。

 ハサンは、俺の腕を力強くつかむと、ぐいと身体を引き寄せ、俺に密着してくる。細い身体から、魔力が流れてくるのを感じる。俺は瞬時に、ハサンから受け取った魔力を自分の周囲へと展開した。


「『風神の蠢動(ウィンドムーブメント)』っ!」


 俺の身体が、小さな竜巻に包まれる。

 その推進力によって、ようやく落下は止まった。

 あっぶねぇ…………今のは、本気で焦った。万策尽きての万事休すだと思った……!


「た、助かった…………ありがとうな、ハサン。お前は命の恩人だぜ」


「ハサン! ありがとうね! 怖かった……すごく、怖かったよぉ!」


「わ、分かった、分かったから泣いて抱きついてこないで! こんな空中で不意に動かないでよ、危ないじゃない!」


「あ、あのー、一応あたしも頑張ったんだけど……」


 文句ありげに頬を膨らませて、ポルトがゆっくりと俺たちの前に降りてくる。

 ……そうだよな。ポルトだって魔術を使って、俺たちの落下を止めてくれたのだ。


「あぁ、助かったぜ。ありがとうな、ポルト」


「っ……! ふ、ふふーんだ。まぁあたしにかかれば、あんたたちを助けるくらいはお茶の子さいさい――」


「これでさっきの独断専行は帳消しにしてやるよ」


「う、うー……悪かったってばさぁ。まさか、あんな奴が生まれるなんて、分かんなかったんだもん……」


 ちゃんと罪悪感は覚えてくれているのか、がっくりと項垂れるポルト。

 まぁ、確かにあんな奴が出てくるとは予想外だった。

 あの野郎、パンチ一発で山の形まで変えやがったぞ……!

 攻撃力だけで言うなら、俺と同等か……? なら、一発でも食らえばまずいな。


 だが、こっちは今、『風神の蠢動(ウィンドムーブメント)』で無類の機動力を得ている。あのバジリスクでさえ追いつけないスピードで動けるのだ。隙を見て、魔術で攻撃すれば、まだ勝機は――


「……⁉ アルレッキーノ! 上っ!」


「あぁっ⁉」


 ハサンが叫んだのを聞いて、俺は咄嗟に上を見た。

 すると、あの灰色の化物が、ぴょーんと、俺たちめがけて飛び降りてきたのだ。

 鈍重そうな巨体は、どんどん俺たちに迫ってきている!


「っ、逃げるぞっ!」


「言われなくても、よぉっ!」


 巨躯を避けるように、俺たちは一気に後退する!

 その様子を、魔物は全身に無作為に生えた眼球をぎょろりと動かし、つぶさに観察していた。俺たちが避けたのを見るやいなや、魔物は全身にある口を一斉に震わせた。


「「「「「「「「「「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO‼」」」」」」」」」」


 魔物の咆哮は凄まじく、その音圧だけで吹き飛ばされてしまいそうだった。

 しかし、なにも魔物は威嚇のためだけに吼えた訳ではないようで。

 背中から、胸から、腕から、腹から、無数の巨大な翼が生えてきて、超重量級のその身体を浮かせたのだ!

 あの野郎……空中戦もいけるっていうのか⁉

 確かにさっき喰らっていた魔物たちは皆、空をテリトリーにするような奴ばっかりだったけど!

 けど……あの巨体だ。スピードはそこまであるまい!


「ハサン、上だ! もう一回上へ行くぞ!」


 頂上部まで戻れば、それでなくても山の地面にさえ触れられれば!

 俺の魔術で攻撃できる!

 竜巻の力を一気に強め、俺たちは一路、山の頂上部を目指す。魔物は、俺たちを追いかけるように翼を動かし、よたよたとついてきた。

 まだ飛ぶことに慣れていないようだ。これは、チャンスか?


「アルレッキーノ! 奴の足止めを提言するわ!」


「その案、乗ったぜっ! ハサン、魔力の供給を頼むっ‼」


 くるりと反転し、魔物と相対する。

 まだ距離は開いているが、あまり追いつかれるのも厄介だ。ここは、合同魔術で少しでも足止めする!


「「『奴隷解放戦閃(エンドスレイブ)』っ!」」


 無数の風の鎌が、魔物めがけて飛んでいく!

 大して効きはしないだろう。なにせ相手はナイトゴーント並の外皮を持っている。風属性の魔術じゃ不利だ。

 しかし、全身に口や目を生やした今の状態なら、柔らかい部分への攻撃は避けられまい!

 最悪ダメージがなくても、足止めさえできればいい! それさえできれば、俺が魔術を使うのに充分な時間が稼げ――


「「「「「「「「「「GUAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO‼」」」」」」」」」」


 しかし。

 魔物は全身に生えた大きな口を開けると――――俺とハサンの合同魔術を、喰らい尽くしたのだ!

 風の鎌を、一つ残らず!

 獰猛な牙で噛み砕き、魔力の塊として咀嚼している⁉


「な、なんなんだよこいつはぁっ⁉」


「まさか、魔術を喰らうなんて……魔物を喰らうことといい、例外尽くめだわ! あんなの、まともに相手なんかしてられないわよっ‼」


「激しく同感だ! こうなりゃさっさと山へ――――っとぉっ⁉」


 再び山の頂上目指して飛ぼうとした、その時。

 がくんっ、と身体のバランスが崩れ、高度が一気に下がってしまった。

 身体に纏った竜巻も、勢いが弱くなっている。

 俺は慌てて魔力を全身に巡らせた。すると、辛うじて落下は止まったが、竜巻はまだ微弱なままだ。

 見れば、俺の身体にしがみついているハサンが、ぐったりとした顔で俯いている。額には脂汗がびっしりで、疲労の色をまるで隠せていない。


「ハサンっ! 大丈夫かっ⁉」


「っ…………大丈夫、よ。ごめんなさい、少し魔力が……切れてきて……!」


「くっ……」


 魔力切れ――――それは想定していなかった事態だった。

 俺自身が膨大な魔力を持ち、今まで魔力が切れるなんて経験がなかったものだから、そもそも発想から抜け落ちていた。そうだ、普通の人間は生命エネルギー、体力そのものを魔力に変換しているのだ。

 使い続ければ、疲れるのは道理で。

 疲れれば、魔術の行使が難しくなるのは、当然だった。


「「「「「「「「「「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO‼」」」」」」」」」」


 加えて最悪なのは。

 高度が一瞬でも下がってしまったことで、あの魔物との距離が一気に縮まってしまったことだ。

 クソっ! どうすればいい⁉ 今の状態のハサンに無茶はさせられないし、かといって俺の魔術は今は使えないから、足止めも――


「っ、そうだ! ポルト! お前の光魔術で、魔物の足止めをするぞ!」


「え、えぇっ⁉ で、でもあたし、さっき失敗して――」


「今度はちゃんと俺を使えっ! バジリスクを倒した時みたいに、俺を通して魔術を発動させるんだっ! 大丈夫、お前ならできるさっ‼」


 っていうか、できなきゃこのまま魔物に喰われてお終いだ!

 ポルトは、俺の焦りを汲み取ってくれたのか、意を決したような顔で俺の腕にしがみついた。強い熱を持った魔力が、俺の中に流れ込んでくる。

 相手は恐らく、闇属性の魔力を持っている。

 ならこの技は、足止めには充分だろうよ!


「「『神体発火現象(ドッペルゲンゲル)』っ‼」」


 瞬間、大量の火球が出現し、魔物めがけて落ちていく。

 その光景は、まるで流星群だ。

 待ち受ける魔物は、予想通り、大口を開けて魔術に噛みついてきた。

 鋭い牙が食い込んだ瞬間、魔物は大きな悲鳴を上げた!


「「「「「「「「「「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII⁉」」」」」」」」」」


 よしっ、作戦成功!

 苦手な光魔術をもろに食らい、魔物はもがいている。翼もめちゃくちゃに振り回し、その場に滞空するだけで精一杯のようだ。


「よし今だっ! ハサンっ、山の頂上までは行けそうかっ⁉」


「えぇ、なんとか……でも、その後は戦力にならなさそうだわ」


「充分だ! すまないがもう少しだけ頼むぞ!」


 今ので、あの魔物の行動パターンは見えた。

 なら――――充分過ぎるほどに、勝機はありだ。


「あ、アルレッキーノ! どうすんのさ⁉ あんな化物、倒せるの⁉ 今だって、あたしの全力食らわせたのに、ちょっともがいてる程度だし――」


「倒せるさ。俺の魔力と、お前の魔術があればな」


「え? あ、あたしの?」


「頼りにしてるんだぜ? ポルトのことも、勿論ハサンもな」


 俺一人じゃできないことも、こいつらと一緒なら成し遂げられる。

 足りないところを補い合ってこその、仲間だろう?

 そんな小っ恥ずかしいことは口に出して言えないけど――――勝算を胸に、俺たちは山頂を目指して飛んでいった。


 魔術さえ喰らってしまう魔物を、倒す手立てはあるのか……⁉

 次回更新は来週土曜日22時頃! お楽しみに!

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