第48話 相性だけが全てじゃない
「強弱の関係って……どういうことなんだ? ハサン」
「それは――」
ハサンが口を開きかけた、その時。
「GISYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ハルピュイアにナイトゴーント、シャンタクというお馴染みの魔物三種類が、束になって襲い掛かってきた。
軍勢となって襲ってくるこいつらは、まるで巨大な隕石だ。濃い影が俺たちを包み込み、逃げ場などないことを暗に示してくる。
無数の雄叫びは、俺たちの耳を支配してきて、なにも聞こえなくなる。
ハサンやポルト、ノエルもあまりの騒音に、耳を塞いでしまっている。
……うるっせぇなぁっ!
「今、大事な話してんだよ――――黙っとけよぉっ!『根國女王の戯れ』ぉっ‼」
足元から、無数の岩の腕が飛び出してくる。
近づいてくる魔物から順に、種類なんて問わずに握り潰していく。一気に大量の腕をコントロールするのは、予想以上に神経を使うが、数相手にゃこの手で凌ぐしか道がない!
「ハサンっ! 今の内に! 魔術の相性がなんだって⁉」
「え、えぇ……! えっと、魔術に六つの属性があるのは知っているわよね?」
「知ってる! 地水火風に、光と闇だろ⁉ それがどうした⁉」
「その属性には、それぞれ強弱の関係性があるの! 例えば、私の風属性の魔術は、地属性の魔術には強いけど、火属性の魔術には弱いわ。風は大地を風化させるけど、火の勢いを増させてしまう。同じように、地水火風はそれぞれが相克関係を持っているわ」
「あぁ、なるほどな! なんとなく分かった!」
次々と魔物たちを握り潰しながら、俺は応える。
例を示してくれれば、あとはなんとなく類推できる。
まず、風は土に強いが、火には弱い。土は風化させられるが、火は勢いを強めてしまうからだ。
じゃあ火は、風には強いが、水には弱いだろう。水は火を消してしまうからだ。
ならば水は、火には強いが、地には弱いことになる。大地は水を吸収してしまうからか。
そして地は、今までの類推を総合すると、水に強く、風に弱いって訳か。
「ん? 待て、じゃあ光と闇はどうなるんだ⁉」
「光と闇は若干特殊。まず、闇属性の魔術は、地水火風全ての属性に対して強いと言われているわ。対して光属性は、唯一闇属性に対抗できる魔術よ。他の魔術に対して強弱の関係はないけれどね」
「なるほどな! で、それがどうしたっ⁉」
「あの箱が過剰な反応を最初に見せたのは、ポルトが『ヘスダーレン』でちょっかいをかけた時だったでしょう?」
思い返してみれば、確かにそうだ。
ポルトが『ヘスダーレン』で落書きをするまでは、俺が岩製の指でつつこうが、ポルトが殴る蹴るを繰り返そうが、箱はなんら反応を示してこなかった。ハサンや俺の攻撃にも反応をしてくるようになったのは、ポルトが魔術を使ってからだ。
ならつまり、あの箱は――
「あの灰色の物体は、闇属性の魔力を持ってるってことか⁉」
「恐らくね! 色的にも、なんか闇っぽい色してるし…………となると、結構不本意なんだけど……」
「あぁ…………ポルト!」
「ふぇ? な、なんだい?」
ぽけーっと、俺が魔物を握り潰していく様を眺めていたポルトは、突然名前を呼ばれて、背をびくっと震わせた。
「お前……この非常事態に、なにぼさっとしてんだよ⁉」
「お、怒んないでよぉ……や、やっぱアルレッキーノはすごいなぁって思って……その、あたしじゃこんな風に、魔物をばったばった薙ぎ倒すなんてできないし……」
「……確かに、お前の魔術じゃそういうのは難しいかもな。けど、今回の件を終わらせるにゃ、お前の力が必要だ」
「え? ど、どういうこと⁉」
「今の話、聞いてたか? あの、魔物を無限に生み出してくる箱みたいなやつ! あいつは多分、闇属性の魔力を持った物体だ。あれにダメージを与えられるのは、ポルト、お前の使う光魔術だけなんだよ!」
「あ、あたしの魔術が……? ほ、本当なの⁉」
「こんな時に嘘なんか吐いてられっかぁっ!」
ぐしゃぁっ!
叫びながらも、無数の腕を次々に操って魔物を握り潰していく!
一匹でも取り逃がしたら、ハサンの魔術に頼らざるを得なくなる。しかし、ハサンの魔術じゃ外皮の硬いナイトゴーントなどは相手にできないのだ。俺の取りこぼしが、即、パーティ全滅の危機に繋がる。
背中にはずっと、怯えたように震えているノエルの感触がある。
この状況を打破するには、いち早くあのスポーンブロック自体をぶっ壊さなきゃならないっ!
「ほ、本当に、あたしだけなの? あたしだけが……この魔物たちを生み出してるあの変な箱を、壊せるの?」
「あぁそうだ! 俺の地属性の魔術でも、ハサンの風属性の魔術でもダメだ。お前の光属性の魔術じゃなきゃ、決定打にならねぇんだよっ!」
「――――っ、分かった! まっかせといてよ! あんな箱、ちょちょいのちょーいと壊してくるからさ!」
「は? い、いやお前、ちょっと待て――」
壊してくるって、どうやって?
今もなお、魔物の猛攻は続いている。せめてもの救いは、現在進行形で魔物が増えている訳じゃないことだ。今襲い来ている魔物たちを、一匹残らず殲滅した後でなら、俺とポルトの合同魔術で、一気に箱を消し炭にできるだろうが――
「心配しないで! あたしには、この魔術がある! 光の屈折を利用して姿を消すこの魔術の名前は――――『フィラデルフィア』っ!」
言うと、ポルトは自分の周囲を指でなぞるように踊り始めた。
すると不思議なことに、ポルトの姿は見る見る内に見えなくなってしまったのだ。光の屈折、と本人が言ってたか? 俺たちが見ている景色は、全て光によって生み出されたものだ。なら、その屈折を操れば、誰の目にも映らないようにできるってことか?
今、ポルトの奴はどこにいる⁉
姿が見えないだけで、ざわざわと胸が騒ぐ。不安で嘔吐してしまいそうになる。
あの野郎、無茶なことをしなければいいが――
「さぁ! 覚悟しなさい、この変な箱めっ! あたしが成敗してあげるわっ‼」
声だけは高らかに、箱の方から響く。
スポーンブロックの前に、小さな火球が発生しているのが見えた。
あれは確か、ポルトの魔術の――
「食らえぇっ‼『ドッペルゲンゲル』っ‼」
目に見えないポルトが、火球を一粒。
格子の隙間からねじ込むようにして、灰色の物体に放った。
――――瞬間。
ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン――――――――――――――――
凄まじい速度で、鼓動が刻まれる。
一つ鼓動が聞こえる度に、格子に囲まれた灰色の物体は膨らんでいく。その膨張率は、それを囲む格子の限界を遥かに凌駕し、ぶつぶつとぶつ切りになった灰色たちの欠片が、勢いよく飛び散っていく。
欠片は瞬く間に巨大な魔物へと変じていき。
広々とした火口が狭く見えるほど、辺りは魔物によって囲まれてしまった。
「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいっ⁉ あ、アルレッキーノぉっ! 話が違うじゃないかぁっ! あたしなら、あの箱を壊せるって――」
「こっのバカがぁっ! 余計なことしくさんなよぉっ!」
確かに言ったよ、俺は。ポルトの魔術が必要だって。
あの箱を壊すためには、ポルトの魔術が鍵になるって。
けどそれは、俺という砲台を活かした上での話だ! 誰が単騎特攻仕掛けてこいっつったんだよっ!
「っ、と、とにかく速くこっちに戻れっ! そこにいると危な――」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
魔物が咆哮を上げ、巨大な爪を煌めかせる。
ナイトゴーントの一体が、小さな箱のすぐ近くめがけて――――その鋭い爪を、無慈悲に振り下ろした!
「っ、ポルトぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ⁉」
ポルトの安否や如何に⁉ そして謎の箱はこの後どうなる!?
次回更新は明日22時頃! お楽しみに!




