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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第3章 死火山踏破編
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第43話 生贄の風習


「さぁさぁ、こちらですじゃ。ご一行様」


 髭を蓄えた老人が、まるで旅館の案内人みたいに俺たちを手招きする。


 鉄扉を通って招き入れられたニッケル村は、至るところにガス灯のようなものが立ち、中に灯った炎で明るさを確保していた。見れば、面積は小さいが畑もあるし、畜産も行っているようだ。


 頑丈な鉄のドームに比して、家の様子は見窄らしいものだったが。

 木材の調達も儘ならないのか、掘っ立て小屋のような家が立ち並んでいる。


 唯一、木材がふんだんに使われているのは、村の中央部に位置する大きな櫓だ。目を凝らしてみれば、ドームの天上には開閉できる部分がある。恐らくあの穴から、櫓を登って魔物たちへの生贄を差し出してきたのだろう。


 案内された、村の最奥部、村長の家も、かなりのあばら家だった。

 壁は薄い板一枚で、所々から隙間風が入ってきている。鉄のドームに開けている空気穴が小さいためか、この場所には『そよ風』という現象が起きないらしい。外ではどんなに穏やかな風でも、その入り口が狭い所為で突風となって入ってくるそうだ。


 石造りの暖炉に火が灯され、家中が一気に明るくなる。

 腰を曲げた老人は、頼りない足取りで床に座った。


「いやぁ、しかし遥々遠いところを、こんな辺鄙な村まで来なさった。見ての通りの貧しい村でしてな、真っ当な歓迎もできませんで申し訳ないのですが……」


「構わねぇよ。そこまであんたらの世話になるつもりもない。食糧もあることだしな」


「いやはや、気を遣わせてしまい申し訳ない。勇者様ともあろうお方に、儂としたことがなんのお構いもできませんで…………」


 ぺこぺこと、村長を名乗る髭の老人は何度も頭を下げた。


 ――――今、俺はニッケル村の連中に、『魔王の呪いでかかしに姿を変えられた元勇者』という設定で通っている。

 魔物を退治して回る理由は、『魔王の居城を見つけ出し、呪いを解いて人間に戻るため』だそうだ。勿論、全て嘘だ。ハサンがその場その場で思いついた、謂わば勢いの産物だ。しかし、俺が元いた世界じゃその手の小説が流行っていたし、よりテンプレに近いこの設定の方が、こっちの世界の人間にも受け入れられやすいか。


 実際、疑ってかかる人間は誰もいなかった訳だし。

 もういっそ、村とかお邪魔する時にはこの設定で通すか。俺もいちいち説明する手間が省けていい。


「…………先程は、ありがとうございました」


 と。

 村長は元より曲がっている腰を更に深々と曲げ、頭を下げてきた。


「先程って…………あの、磔になっていた女の子のことか? 礼を言われるほどのことじゃない。当然のことをしたまでだ」


「…………あれは、儂の孫娘でしてな」


「……!」


「村長として、礼を言う訳にはいきませんのじゃ。しかし、一人の孫を思う爺として…………礼を言わせてくだされ。アルレッキーノ殿……」


「……あんた、実の孫を、魔物に食わせようとしてたのか?」


 それは、それは許されることじゃないだろう。

 どんな理由があろうと、孫に対して、子供に対して、それは親が一番やっちゃいけないことだ。

 親たちが、子供を殺そうとするなんてことは――


「っ――――失礼致しました、村長殿。この元勇者、正義感が強過ぎるきらいがありまして」


「いえ……アルレッキーノ殿はなにも間違っておりません。儂も、自分の孫がそうなるまで、生贄に選ばれることの辛さなど、微塵も分かりはしませんでした故……」


「……聞かせていただけますか? この村の、生贄の風習について」


 ハサンが俺を制止し、話を進めていく。


 ……そうだ。冷静になれ、俺。ここでこの無力な老人をいびり抜いたところで、なにも解決はしない。

 ここは、ビゾーロの営んでいた奴隷農場じゃない。一人の絶対的指導者によって全てが決まる、地獄のような場所じゃない。

 村の人間だって、あいつみたいな、子供をこき使い、魔物に食わせておいて高笑いするような外道じゃない。


 頼りない壁に身を預け、俺は話の続きを待つ。


「私たちが旅をしているのは、アルレッキーノを元に戻すのもそうですが、なにより、この村のように人間が魔物への生贄に捧げられるという、そういった悲劇を少しでも減らすためでもあるのです。私たちでなにかお力になれることがありましたら――」


「……そう、言ってくださいますか。お優しい……うぅ……」


 老人に寄り添うようにして、ハサンは次から次へと言葉を並べる。

 よく言うぜ。さっきは『村の風習かも』とか言ってノエルの要求を拒否しようとしたくせに…………ノエルとポルトも、その点は大いに不満らしく、声には出さないがハサンを見る目が少し尖っている。

 元々顔の造形が可愛らしい二人だから、まるで怖くないんだがな。


「お恥ずかしい限りですじゃ…………今まで何人もの村娘を、生贄に捧げてきました……村のため、皆のためと説き伏せて、何人も…………それが、自分の孫となった途端に、言葉が出んようになるのです………情けない……」


「……身内を思う気持ちは、誰しも同じですわ。この村では、あのように生贄を?」


「えぇ…………古くからの習わしです。この付近には昔から、凶暴な魔物が多く…………儂らは――」


 と、村長がなにかを語りかけた、その時だった。


 ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!


 大きな地響きが、村全体を襲った。


 いや、違う。大地に足をつけ、大地を操る俺には分かる。これは、単なる地響きじゃない。

 響き渡る轟音は、震動は、鉄のドームから伝わるものだ。

 恐らく、魔物がドームを攻撃しているのだろう。その攻撃は執拗で、地震と雷が同時に襲ってきたような音と震動が、数分間に亘って続いた。


 ――――やがて、魔物は堅牢なドームに嫌気が差したのか、内部にまで響く奇声を上げた。そこから微かに聞こえるのは羽ばたきの音…………どうやら、どこかに行ってしまったらしい。


「……す、すごい音……」


「…………!」


「……村長?」


「い、怒りじゃ……魔物が、魔物が怒っておるのじゃ……!」


 ガタガタと震えながら、老人は訥々と吐き出した。

 過呼吸気味に荒く息を吐く老人は、しかし俺たち全員が一瞬固まるほどの俊敏さで立ち上がった。腰を曲げたまま、家の外へ出ようとする。

 隣に立っていたハサンが、咄嗟に前へ立ち塞がり、それを封じた。


「どこへ行かれるつもりです? 話はまだ――」


「い、怒っておる……魔物が、魔物が怒っておるのじゃ……い、生贄を…………速く生贄の娘を捧げねば…………村が、村が――」


「落ち着いてください。もう魔物はいません、どこかへ行ってしまいました。そうよね? アルレッキーノ」


「あ? あぁ。もうこの近辺に魔物の気配はないな。他の餌でも探しに行ったんじゃねーの?」


「い、怒りが……魔物の、怒りが……!」


「……その、魔物の怒りとやらが、生贄を捧げることに関係しているのですか? 村長」


 ハサンの、村長を引き留める褐色の肌が僅かに赤みを増す。

 老人は矮躯に似合わない力で前進しようとしていたらしい。ハサンの言葉で少しは正気に戻ったのか、しかし目をひん剥いたまま老人は言った。


「……儂らの先祖は、昔『聖都』に住んでおったのです。この村を覆う鉄製のドームは、その時代に手にした技術を使い、造られたのですじゃ」


「『聖都』……?」


 今までにも、何回か聞いた言葉だ。

 どういう意味かは……今は、重要じゃないだろう。あとでハサンにでも訊いてみるか。


「儂らは製鉄の技術を持ちながら……『聖都』を脱した……理由は、分かっておりません。何故、儂らの先祖が、『聖都』から脱したのか…………とにかく、あの場所にいた儂らのことを、魔物は、怒っておりますのじゃ。儂らは…………だから、生贄を捧げることになっております」


「生贄……」


「年に五人、うら若き乙女の肉が、魔物の好物だと伝えられ…………儂らはそれを、捧げ続けておりますじゃ…………そうすれば、この村は魔物に襲われないと、平穏に過ごせると信じて――」



「――――そんなの、おかしいよっ!」



 と。

 声を張り上げたのは、ハサンでも、ポルトでも、勿論俺でもない。


 高い叫びを轟かせたのは――――ノエルだった。


 勢いよく立ち上がり、黒く長い髪を靡かせるノエルは、キッと鋭い目で村長を睨んでいる。少女のそんな目に、老人は怯んだように目を丸くしていた。


「お、嬢ちゃん……?」


「おかしい、そんなのおかしいよ! 魔物が怖いのは分かるよ⁉ でも、自分たちが助かるために、自分以外の命を犠牲にするのは、間違ってるよっ‼」


「…………しかし、それでも――」


 俺も、ノエルと同意見だ。

 けれど、それは狂おしいまでに理想論に過ぎないのだ。

 俺はそれを、知っている。一度死んで、かかしとして一〇年間過ごす中で――――知ってしまっている。

 ――――だけど。


「ノエルの言う通りだな」


 俺は、声高にノエルを肯定する。

 自分たちの平穏のために、誰かの命を犠牲にする?

 そんなのは間違っている。『正義』とは程遠い、一種の『悪』弊だ。


「人の命の上に成り立つ平穏なんか、血まみれ過ぎて全然穏やかでいられねぇよ。生贄の血の上で食べる飯が美味いか? 悪いが俺は――――あんたの村の弊習を、容認できない」


「……では、儂らにどうしろと――」


「簡単だよ! おじちゃんたちとか、村のみんなを怖がらせてる魔物が、いなくなればいいんでしょう?」


 ノエルが身振り手振りを交えながら、なにか言い出した。

 ……あれ? なんだろうこの展開。少し嫌な予感がするぞ?

 なんかこう、取り返しがつかない大言壮語を言ってしまいそうな――


「だったらわたしたちが、この山にいる魔物をぜ~んぶ、残さずやっつけてあげる! そうすれば、もう怖くないでしょ? 誰かを犠牲にすることもないでしょ? 大丈夫! アルなら絶対、やってくれるもん! ねっ? アル」


 キラキラと、ブラックダイヤモンドみたいに輝く目でこちらを見てくるノエル。

 あぁ、俺の第六感よ。働くならもう少し早めで頼むよ。予想以上の大言壮語をぶちまけてしまったじゃないか。しかもなんの悪気も鳴く。

 しかし、期待に目を輝かせるノエルに対して――


「…………あぁ、勿論だ。この山に巣食う魔物ども全部、俺が残さず駆逐してやるよ」


 ――俺は、そう答える他に選択肢を持たなかった。


 ノエルの宣言が、一行をさらなる大冒険へ導く――――ノエルさんマジっすか⁉

 次回更新は明日22時頃! お楽しみに!


 少しでも面白いと思ってもらえたら、ブクマや評価、ご感想などお願いします!

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