第40話 鉄のドーム
「これ、鉄か? それにしても…………でかい、な」
『大地の蠢動』で、道なんてガン無視して辿り着いたそこは、正に鉄でできたドームといった趣だった。
人工的な丸みを帯びたドームは、近くで見るとなお大きく、高い製鉄技術によって造られたのだと察せられる。一応、山から続く道はあったようで、そこへと続く扉の辺りには、なにやら文字が書いてあった。
例の如く、この世界の文字は全く読めないのだが。
「ハサン、これ、なんて書いてあるんだ?」
「ちょっと待って……ニッケル村、って書いてあるわ。村、なの? ここ」
「へぇ~、こんな村もあるのね! 外の世界って、やっぱ不思議でいっぱいだわ!」
いつの間にか気絶から復活したポルトが、俺たちの周りをひらひら飛んではしゃいでいる。
いや、俺とノエルもそこまでこの世界を行脚して回った訳じゃないから断言はしかねるけど、この村(と思しき場所)は、相当特殊な部類だと思うぞ。
コンコン、と扉と思しき部分をハサンが叩く。が、内部から反応はない。
「……多分、この鉄でできたドームの中に、村があるのね。山の魔物たちから、鉄のドームで身を守ってるんだわ。叩いてみた感じ、かなり分厚いもの。ナイトゴーントやシャンタクの顎にも、ハルピュイアの炎にも負けないように加工してあるわ」
「そうか。そうなると、俺たちが来たってことも、向こうにゃ伝わってないかもな」
「恐らくね。覗き穴みたいなものもないし」
しげしげと扉を観察し、ハサンはがっくりと肩を落とした。
俺も、落とせる肩があるなら今すぐ落下させたい気持ちだ。もうすぐ陽が沈み、夜が訪れる。ぼちぼち、今夜の寝床を確保しなきゃならない時間なのだ。
せっかく村を、しかもとびきり安全そうな村を見つけたのだし、できればこの中に入って一夜を過ごしたい。ハサンやポルト、ノエルだって、魔物だらけの山で気疲れしただろうし、少しは脅威のないところで過ごしたいだろう。
かといって、俺が『黄泉王の巨腕』でノックする訳にもいかないしなぁ。
俺の見た目も相俟って、魔物の一行だと勘違いされてしまうかもしれない。本当に一体魔物が交じっているものだから、下手に否定もしづらいし。
「……仕方ないわね。今夜は一旦森の中に戻って、どこか適当な樹の下とかで野営としましょ。幸い、食糧はたっぷりあるわ。岩山に戻って下手なビバークをするより、そっちの方が安全だわ」
「そうだな。はぁ……せっかく村を見つけたってのに、中と連絡を取る手段がないとはなぁ」
「空気穴くらいは、どこかに空いていそうだけどね。けど、それを探している時間が惜しいわ」
それもそうだ。
もう太陽は地平線の彼方へ沈み行き、月が段々と昇ってくる時間だ。最悪、ポルトがいるから夜の間でも光には困らないのだが。
「も、森に戻るって⁉」
と、その肝心なポルトが驚いたように声を上げた。
蒼褪めた顔で、俺とハサンを交互に見てくる。身体から発される光も、心なしか小さくなっているようだ。
「そ、それはちょっと……あたし、エイセン様に言われてるし……」
「ん? あー、そういえばお前、二度と森の敷居は跨がせない、とか言われてたもんなぁ、エイセンの奴に。で、『惑いの森』の内部はエイセンの魔力で感知されちまうって訳か…………それも面倒だなぁ」
「確かエイセンって、エントたちに指令を出すこともできるのよね…………参ったわね。これじゃ八方塞がりじゃない」
進めば凶悪な魔物たちが跋扈する岩山。
戻れば出戻りを許さない森からの刺客。
まさに前門の虎、後門の狼って感じだな。さて、どっちを取ったものか――
「…………あれ?」
と。
俺の背中に負ぶわれているノエルが、不意に声を上げた。
森へと脚を向けていた俺とは反対方向を剥き、仰け反るようにして外を見ている。逆しまに見えているであろう世界に、彼女はなにやら異物を見つけたらしい。
「どうしたんだ? ノエル。またなにか見つけたのか?」
「うん。黒い丸いのの上に――――誰か、立ってるよ」
「……なに?」
言われて、俺は慌てて振り返った。
森に向けて歩き出していたから、さっきよりドームから距離が取れている。それも相俟って、黒いドームの上に人影があるのが、はっきりと見て取れた。
いや、それは人影なんてものじゃない。
粗末な十字架に磔にされ。
酷く簡素な服を着せられ、腰まで伸びる髪にはてかてかと光る油が染み込み。
諦めたように、天を仰いでいる、その少女は――
「なんだよ、あれ…………あれじゃあ、まるで――」
あれじゃあまるで――――生贄だ。
ふと、嫌な記憶が蘇る。
まだ何日も経っていないのに、遠い昔のことのように感じる。ビゾーロ=パンタローネがまだ存命で、奴の経営する奴隷農場が健在だった頃だ。
半年に一度程度、身体中を獣を煮込んだ汁で濡らした少年が、山へと運ばれていった。
小鳥が教えてくれた。彼は生贄になったのだと。
魔物に人を供えることで、自分たちの安全を買ったのだと。
あの時は、俺はただの、名前もないかかしだった。
動くことも、喋ることもできない。考えることしかできない、地獄のような日々だった。
そんな時にまざまざと見せつけられた、生贄の文化に――――あの少女は、よく似ていた。
「GISYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼」
俺の思考を、鋭い声が切り裂いた。
見れば、いつの間にか大量の魔物たちが少女の周りに集まってきていた。ハルピュイアに、シャンタク、ナイトゴーント。それぞれが獲物である少女の身体を掠るように飛び交い、彼女を奪い取っているようでさえあった。
髪が刈られ、服が千切れ、肉が切れて血が滴る。
少女は悲鳴一つ上げず、ただ死んだように天を見るばかりで――
「――――る…………あ……アルレッキーノ!」
背中から大声で呼ばれていることに、俺はようやく気が付いた。
ノエルの声だ。
そうだ、アルレッキーノ――――俺の、名前だ。
全て失い、物言わぬかかしとなっていた一〇年間で、初めて貰った優しさの証。
「なんでぼーっとしてるの⁉ 早く、あの娘を助けてあげて‼」
「……あの娘って……磔になってる、あの娘か?」
「そう! 早く助けてあげないと、魔物に食べられちゃう‼」
「ま、待ちなさいよノエル! いくらなんでもあの数よ? アルレッキーノでも勝てるかどうか…………それに、あの少女は志願して生贄になったのかも……村独自の文化に口出しするのは――」
「――――了解したぜ、ノエル。あの娘を、助けに行こう」
「な、ぁっ⁉」
頷いた俺に、半ば怒鳴るようにしてハサンが突っかかってきた。
言いたいことは分かる。生贄だって、この世界の住人が生きていく上で必要な文化なんだろう。人を食う魔物が跋扈するこの世界じゃ、当然の考え方なのかもしれない。
けどな。
今にも死にそうな女の子を見捨てるような真似は、やっぱ俺、できないんだよ。
俺はかかしになっても、『普通』の『正義』を、貫かせてもらう!
「説得は無駄だぜ。分かってるだろ? ハサン」
「…………分かってるわよ。本当、あなたと組んでからこんなことばかりだわ。…………とはいえ、目の前で死なれちゃ寝覚めも悪いしね。仕方ないわ」
「んじゃ、行くぜ。しっかり掴まってろよ――――『大地の蠢動』っ‼」
瞬時に、足元へ目いっぱいの魔力を注ぐ。
岩はまるで巨大な波のように盛り上がり、ドームの上にまで届く高さになった。そのまま、磔にされた少女の下へ、一直線に向かう。
少女の内に眠る魔力を目当てに群がっていた魔物たちに――――俺達はその身一つで突っ込んでいった。
少女を狙う魔物たちとの戦いに! アルレッキーノたち一行はどうなる⁉
次話更新は1時間後! お楽しみに!
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