第39話 質より量
「GIGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
「『根堅洲國王の怪腕』っ!」
俺たちめがけて突進して来るハルピュイアの一体を、山から生えた岩の腕が捕まえ、握り潰す。
もう一方の腕は、背後から急襲してくるシャンタクへと伸ばされ、蚊を打ち付けるように山肌へと叩きつける。馬の鼻が、ぶひぃっ、と悲鳴の息を上げ、そのまま魔力に還っていく。
小一時間は山を『大地の蠢動』で登っているが、ずっとこの調子だ。
もう少しで頂上についてしまいそうだが、登った距離に比例して、襲って来る魔物の数は増えてくる。『黄泉王の巨腕』だけでは対応し切れず、常時『根堅洲國王の怪腕』を発動させているような状況だ。背後に岩製の巨腕二つを背負いながらの行軍は、傍から見れば異常にシュールな光景だろう。
思った通り、どの魔物も俺の敵ではない。『根堅洲國王の怪腕』で、充分に処理できる程度の強さだ。
問題なのは、その数だった。
「っ、アルレッキーノ! 直上!」
「く、っそ! またかよ!『根堅洲國王の怪腕』っ!」
今度はナイトゴーントが、屈強な腕を構えて真上から襲い掛かってきた。
筋骨隆々な男の顔面を削ぎ、真っ黒に塗り潰して翼を生やしたようなナイトゴーントは、襲ってくる三種類の魔物の中で最も厄介だった。バジリスクほどではないにしても、硬い外皮に、高い知性を感じさせる動き。今も岩製の腕によって握り潰そうとしているのだが、粘り強く耐えている。
俺は、その腕を思い切り下へ向けて振り抜き、ナイトゴーントを投げた。
遥か下の方で、轟音が鳴り響く。ナイトゴーントは丸まったまま、地面に直撃しただろう。さすがにこの高度じゃ、命はあるまい。
立て続けに三体の魔物を屠り、ふと息を吐いた、その時。
「GUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!」
「へっ? わ、ぁっ⁉」
「っ⁉」
思い切り背中を押されて、俺は思わず倒れかける。
起き上がると――――背負っていた蓑がない。その裏に隠れていたノエルも。
「あ、アルーっ!」
俺を呼ぶ声に、思わず空を見上げると。
一体のシャンタクが、その馬面の先、長い口の先端に、蓑に包まったノエルを咥えていた。
「っ、てっめぇええええええええええええええええええええええええええええっ‼」
一体誰に手ぇ出してくれてんだ⁉
俺の守るべき、この世で一番大切な人を相手に。
なにしてくれてんだよこるぁああああああああああああああああああああああああああっ‼
「『根堅洲國王の怪腕』――――『根國女王の戯れ』ぉっ‼」
気が付けば俺は怒りの咆哮を上げ、全霊の魔力を地に注いでいた。
結果――――無数の岩の腕が、シャンタクめがけて伸びていった!
ある腕は翼を引き千切り、ある腕は尾を捻り切り、ある腕は足を握り潰し、ある腕は首を締め上げ、ある腕は口を上下に裂き――――腕の一つが、ノエルの体温を確かに感じ取った!
ボロきれのようになったシャンタクの身体を早々に放り出し、俺は慌てて岩で作った腕を戻していく。足元から一斉に伸びていた大量の腕は、同じように一斉に地面へと戻っていき、山肌は何事もなかったかのように岩だらけの道に直った。
腕の一つが乗せてきたノエルは、蓑を被って、俯いている。
「だ、大丈夫かノエル⁉ どこか痛いところあるか⁉ 怪我とかしてないか⁉」
咄嗟に訊ねるが、返事がない。
クソっ! 今のは俺のミスだ。度重なる魔物の襲来に気疲れして、周囲への警戒を怠ってしまっていた。
一歩間違えれば、あのままノエルは食われて、殺されていたかもしれない。
そう思うと、背筋が冷たくなる。そんなことになったら、俺は生きている意味を失ってしまう。地獄のような一〇年間の中で、唯一の支えになってくれた少女一人救えなかったら、生きている価値なんかない。
恐る恐る、蹲るノエルに近づいていく。
やがて、その距離が〇に限りなく近づいた――――その時。
「っははははははははっ! アルっ、今のすっごく、すっごくヒヤッとした! ヒヤッとして、ひゅっとして、ぎゅーってなって、バーンってしてた! あはははははっ! おもしろかったーっ!」
ばっと顔を上げたノエルは、いつもと変わらぬ無邪気な笑みを浮かべていた。
それどころか、呵呵大笑である。
……? あの、ノエルさん?
「……ノエル。まさかあなた、魔物に攫われたあの状況を楽しんでたの?」
「? だってね、すごかったんだよハサン! こう、びゅーんって! したらね、ヒヤッとしたの! お股の辺りがね、ヒヤッと! そしたらそしたら――」
「……ノエル。無邪気なのがあなたのいいところだと思うけれど…………少しは自重しなさいな。あなたが攫われた時、アルレッキーノったら人が変わったように怒ってたんだから」
「い、いやハサン。怒ったっていうか、あ、あれは必死で――」
「見なさいよこれ。ポルトなんか、あなたの魔術が強大過ぎて、驚いて気絶してるわ」
差し出されたハサンの手の中には、確かに白目を剥いて泡を吹いて、これ以上ないくらい綺麗に気絶したポルトの姿があった。
……確かに、咄嗟にとはいえ大人げない行動ではあったわな。すまん、ポルトよ。
けど、切実なことだったのだ。
ノエルの存在こそが、俺の生きる意味だから。
「ノエル、大丈夫か? 怖かったろ? 怪我とかないか? どっか痛いところとか……」
「もう、アルったら心配性なんだから。大丈夫だよ。どこも怪我してないし、怖くもなかったもん」
「怖くなかったって……お前、もう少しで魔物に食われちまうとこだったんだぞ?」
「ううん、そうならないって知ってたもん。だって、アルがいるから」
「え……?」
「わたしになにかあったら、絶対にアルが助けてくれるでしょ? だから、全然怖くなかったよ。ちょっとドキドキしたくらい」
「……そう、か。なら、よかったよ」
かかしの表情じゃ分からないだろうが、俺は思わず微笑んだ。
この娘に頼りにされている、信頼されているという実感が、嬉しかった。
この娘の心の支えになれている――――その証みたいで、言葉の一つ一つが、身に染み入るように、嬉しかった。
「それにしても、やっぱりこの山は危険ね」
「あぁ。正直、少し舐めてたな」
ハサンと話しながらも、再び直上から気勢を上げて襲い掛かってきたハルピュイアを、『根堅洲國王の怪腕』で捻り潰す。
まさかここまで、魔物の攻撃が激しいとは思わなかった。完全な想定外だ。落ち着いて、腰を据えた会話すらままならない。常に周囲に注意を払っていないと、すぐにさっきの二の舞だ。
これ以上、同じ轍を踏んで堪るか。
ノエルのことは、俺が守る――――ノエルを脅かす奴を、俺は許さない。
「どうする? 移動なら『大地の蠢動』があるから楽にできるが……一旦下山するより、そこら辺に穴でも掘って休んだ方がよくないか? もうそろそろ夜になるし」
「穴は……やめた方がいいわね。ハルピュイアの中には炎を吐く個体もいるって、噂で聞いたことがあるわ。洞穴めがけて炎を吐かれでもしたら、私たち全員丸焼きよ」
「土壁で防いだところで蒸し焼きか。とすると、どうするか……」
「ねぇ、ねぇねぇアル! ハサン!」
と。
今後の対策を話し合ってる中に割り込んできたのは、蓑を纏ったまま、ちょこんと座っているノエルだった。
「なんだよノエル。悪いけど、今はお喋りに興じてる場合じゃ――」
「あのね。さっき、お馬さんみたいな顔した魔物に攫われちゃったときになんだけど――――なんか、変なものが下に見えたよ?」
「変なもの?」
「うん。黒くて丸くて、とっても大きいの」
「んん?」
なんだそりゃ。
そんなものが、この山の風景のどこに――
「あ、丁度ここから見えるよ! ほら、あれあれ!」
と、ノエルが指差す先。山の中腹辺りにあったのは――
「…………なんだぁ? ありゃ」
確かに、ノエルの言う通り。
黒くて丸くて、巨大なドームが、やや離れた場所に存在していた。
山道を行く最中に現れた、謎の物体は一体……?
次回更新は明日22時頃! お楽しみに!
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