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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第2章 森の賢者編
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第35話 手負い蛇


 ぽっかりと、空に穴が開いている。


 今さっき、俺とハサンが『奴隷解放戦閃(エンドスレイブ)』でぶち開けた大穴から、燦々と太陽の光が降り注いでいる。そのおかげで、今まで暗がりに包まれていたこの場所の、詳しい地形がようやく分かってきた。


 かつてバジリスクだった、薄紫の魔力が雨のように注がれる大地。


 そこには、正に無数のインプの石像が、無造作に積み上げられていた。蛇の巨体によって、強引に平らに均された地形の奥には、これまた無理矢理掘り進んだような洞穴がある。バジリスクは、きっとそこをねぐらにしていたのだろう。見ればうっすらと、鱗の跡が地面に残っている。


 が、もうそこを棲み処とし、我が物顔で森を汚していたバジリスクは、いない。


 残っているのは、巨大な土の壁と、無数の棘を生やした巨腕だけだ。それも、俺が魔力を注ぐのを止めると、徐々に形を崩していき、堆い土山に変わっていった。


「ほい、もう終わったぞノエル。目ぇ開けても大丈夫だ」


「ほ、本当? そ、そーっと…………ふわぁ……なにこれ、きれい……!」


 蓑の奥からひょっこりと顔を覗かせたノエルは、降り注ぐ魔力を見て目を丸くしていた。

 魔物を倒すと魔力に還る。それは、ダークドラゴンやエントを倒した時に見て知っていたけれど。

 これだけのサイズの魔物が、しかも間近で倒されると――――こんなにも、美しい風景を生むものなのか。


 俺たちは揃って、その光景に見入っていた。


 そんな忘我の境地から、いち早く復帰したのは、意外にもポルトだった。


「…………はっ! ちょ、え、ま、待って、え、マジで? 本当に……バジリスクを、倒しちゃったの……⁉」


「ん? なんだ、なにを今更」


 顔を突っついてくるポルトに、俺は呆れて応える。

 バジリスクを倒したのは、もう何分も前の話だ。息絶える瞬間も、その死骸が爆散する光景も、一緒に見ていた筈だろうに。

 それほどまでに、ポルトは自分たちが引き起こした現実を信じられないらしい。何度も何度も目をこすり、ほっぺを千切れるくらいに引っ張っている。


「夢じゃねぇよ。認めろ、現実だ。俺たちは、バジリスクを倒したんだ」


「…………へ? お、俺たちって……?」


「お前も入ってんだぞ、ポルト。お前が目くらましをしてくれたおかげで、作戦がスムーズに嵌まったしな」


「……あ、あたしの魔術で……バジリスクを、倒した……?」


「あー、まぁ、うん、語弊はあるが、それも正解っちゃ正解だ」


 あんまり調子に乗られても鬱陶しいから、そこは言葉を濁しておく。

 しかし、予想に反してポルトは騒ぎ立てることもなく、自分の手をじっと見つめて止まっている。なにか考え事でもしているんだろか。

 とん、と軽く身体が傾くくらい、横から小突かれる。


「ん? なんだよ、ハサン」


「……お手並み、お見事だったわ。まさか本当に、バジリスクを倒すなんてね。ダークドラゴンを倒したっていうのも、この分じゃ、嘘じゃなさそうね」


「そりゃどうも。でも、お前らのおかげでもあるんだぜ? ハサン。『風神の蠢動(ウィングムーブメント)』や『奴隷解放戦閃(エンドスレイブ)』、助かった。バジリスクの目を潰せたのは、お前とポルトのお手柄だ。感謝するぜ」


「…………そこが疑問なのだけど」


「ん?」


 急に声を潜め、ハサンは言ってきた。

 疑問? なにか今の戦闘で、不手際でもあっただろうか。自分で言うのもなんだが、割と鮮やかに決まった方だと思ったんだが。


「……石化が効かないあなたなら、最初から毒の視線なんか無視して、『黄泉王の巨腕(ラグナロク)』でもぶち込めばよかったじゃない。尾をあんな風に地面に縫い付けて、突進のコースを土の壁で狭めて――――やり方が迂遠だわ」


「……バジリスクは、蛇って生き物は全身が筋肉だ。一撃当てれば勝てる自信はあったんだが、相手のスピードがな、厄介だった。目を潰したのは、脚を潰すためでもあったんだ。まぁ、お相手さんに脚なんかなかったんだが」


「それでも、もっとさっさと倒せたんじゃないの? 私やポルトの魔術なんか使わなくても――」


「使わなきゃいけなかったんだよ。昨日の、あの状況になっちまった時からな」


「……まさか、ポルトのため? 妖精一匹のために、こんな大立ち回りを演じたの?」


「まぁ、魔物とはいえ、悪い奴じゃなさそうだしな。それに、困った奴は放っておけないんだよ」


「…………あなたが一番の困りものよ、えぇ本当に」


 俺の意をばっちり汲んでくれたハサンは、がっくりと肩を落とし、深々と溜息を吐いた。

 すまんね、こればっかりは性分だ。直らねぇ。

 なにしろ猫一匹助けたばっかりに死んじまった男だからな、俺は。


 ――――と、その時。



「ぎぎぃ」



 妙な声が聞こえた。

 同時に、いつか聞いたような、小蠅みたいな不快感を伴う羽音が聞こえてきた。それも、一匹や二匹分じゃない、もっとたくさんの、なんなら無数の。


 バジリスクが寝床にしていたであろう、洞穴の方へもう一度目をやる。


 すると――――石化していたインプたちが、一斉に元に戻っていたのだ。


 彼らは鋭い爪を剥き出しにし、小さな牙を見せながらこちらへ向かってくる。

 どういうことだ? まさか、バジリスクが死んだから――――その毒の視線の効力も、切れたってことか⁉


「っ、きゃぁあああああっ⁉ ここ、今度はインプの群れ⁉ ななななんで⁉」


「狼狽えないでポルト。インプ程度なら、私でも――」


「いや、どうやら他にもいるみたいだぜ」


 地中に巡らせていた魔力が感知する。

 周辺の樹木が――――いや、樹木に見える魔物が蠢き始めるのを。


 インプと同時に現れたのは――――大量のエントたちだった。


 いや、エントとも、微妙に違う。顔がない。元々ただの樹だったものが、無理矢理動いているようにも見える。


 まさかこいつら、エントに成ったのか?

 バジリスクの身体から放たれた、大量の魔力を浴びて。

 普通の樹が、魔物もどきに変じたのか?


「っ⁉ え、エントまで⁉ ま、まさかエイセン様、最初っからこのつもりで――」


「っ? どういうことよ、ポルト!」


「も、森の掟にあるんだ! 人間に、濫りに森の情報を渡しちゃいけないって! あ、あたしは、道案内して、人間に森の情報を渡しちゃったし、アルレッキーノたちは知っちゃったから――――あ、あたしたちを、全員、この場で、殺すつもりなんだぁっ‼」


「……っ、あり得るわね。くそっ、あの狸親爺――」


「それはどうかと思うけどなぁ」


「「こんな時にのんびりとしてる場合っ⁉」」


 うおぉ、まさかハモりでツッコまれるとは思わなかった。

 まったく、昨日話題に出てからすっかり悪役だな、エイセンの奴。まぁ、俺も気に入ってる訳じゃないが。


「くっ……この数はヤバいわね! アルレッキーノ! またさっきの奴で――」


「いいよ、俺がやる」


「え? で、でも――」


「――――『泥濘の棘波(ヘルウェイブ)』」


 静かに、魔術の名前を口にした。

 ただし、地面に注いだ魔力の量は、バジリスクを貫いた時より、少し多めだ。


 結果――――悲鳴が上がる間さえなく、全てのインプとエントもどきが、土製の棘によって串刺しとなって果てた。


 インプは魔力と化して消えていき、エントのように動いていた樹木は元通り、物言わぬただの樹に戻った。


 そして俺たちの目の前には――――巨大な結晶めいた棘の塊がが、現代芸術のように聳えていた。


「…………やっぱり、バジリスク討伐もあなた一人で充分だったんじゃない」


「そんなことねぇってば。みんなの力あってこその勝利だぜ。なぁ、ノエル」


「うん! アルはすごいねー、なでなでー!」


 意味は分かっていないのだろうけど、とにかく満面の笑みでノエルは俺の頭を撫でてくれた。


 あぁ、この笑顔だ。


 この笑顔に、俺は一〇年間、ずっと救われていた。

 その恩を、返してやんなきゃな。

 家族を探し出すという――――彼女の望む形によって。


「さぁ、行こうぜハサン、ポルト。さっさとエイセンから、この森から抜けるルートを聞き出そう。こんな陰気な森、とっととおさらばしようぜ」


 これにて一件落着! いざ、エイセンの元へ!

 次回更新は明日22時頃! お楽しみに!

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