第26話 お喋りな巨木
「ほっほっほ。どうなされましたかな、お三方。キツネにつままれたような顔をなさって…………可笑しな方々だ」
……どうなってんだよ、この森は。
いきなり大量のエントが襲ってきたかと思えば、今度は樹が喋り出しただと?『惑いの森』と銘打たれちゃいるが、まるで不思議の国にでも迷い込んだ気分だ。まともな樹木が一本でもあるのか? ここ。
「あなた…………もしかして、トロント?」
「? 知ってるのか? ハサン」
「えぇ。魔物の一種なんだけど……性格は非常に温厚で、人との会話を楽しむ個体までいる、変わり種の魔物よ。森の中で根を張って、自然界に存在する魔力を糧に生きている…………まぁ、人間に危害を加えることはない魔物だわ。こんなに大きいの、私は初めて見たけど……!」
「ほっほっほ、お褒めに与り光栄至極だ、小さくて可愛いお嬢さん」
トロントは、何故だか左目だけをぎょろりと剥いて、穏やかに笑っている。
見かけは怪しさ満点だが…………エントのように枝や根を操る挙動は見受けられない。本当に喋っているだけみたいだ。危害がないというのは、どうやら本当らしい。
「ふわぁ…………樹って、喋るのね。びっくりなの……!」
いきなりの声に警戒していたのか、俺の後ろに隠れていたノエルが、ひょっこりと顔を出してきた。
ダークドラゴンの時からそうだが、なにかあるとすぐに俺の後ろに隠れる癖があるよな、こいつ。触覚がないから、時折見失いそうになる。まったく、目を離せない奴だ。
「いや、普通は喋らねぇよ。こいつだけが例外だ。そうだよな? えーっと、トロントっていったっけ?」
「それは種族名ですな。例えるなら、あなた方のことを『人間』と呼ぶようなものだ。儂にはエイセンという名前がありますで、その名前で呼んでいただけるとありがたいですな」
「……名前まであんのかよ。随分人間臭い魔物だな」
「ほっほっほ。そうですかな。こんな辺鄙な森に来る人間など、ほとんどおりませんでな。専ら小鳥ばかりが話し相手で…………久方振りの人間とのお喋りだ。それに、喋るかかしなどもおりなさる。儂も少し浮かれておりますかな」
ペラペラとよく動く口の奥で、緑色の舌が楽しそうに踊っている。
……本当に、俺たちとのお喋りだけが目的らしい。俺は思わず、こいつが本当に魔物なのかと疑いの目を向けてしまった。俺の知ってる魔物像から、あまりにかけ離れているというか…………いやまぁ、森の中だけで自給自足できてるなら、わざわざ人間を襲う必要もないのかもしれないけど……。
「まぁ話し相手になってくれる小鳥たちも、少し目を離せばすぐにエント共の餌ですからなぁ。長話というのを、儂はなかなかできないでおりまして。いやぁ、あのエントたちを皆殺しにしてしまうとは…………お強いのですなぁ、皆様は」
……前言撤回、やっぱ魔物らしいとこは魔物らしいわ。
命を命とも思わないところなんかは、特に。
「ちょっと、アルレッキーノ」
「ん?」
ぐい、とハサンが俺の腕を引っ張ってくる。
そのまま耳がある位置に口を当てるようにして、小さな声でひそひそ話してきた。
「これはチャンスだわ」
「チャンス? どういうことだ?」
「トロントは、鳥や動物、果ては植物の言葉を理解できると言われていて、自分の住処になる森のことなら、なんでも知っていると言われるほどの博識なの。この『惑いの森』を、安全に抜けるルートだって、きっと知っている筈よ」
「……なるほど、そりゃ確かに」
俺も小鳥とばかり話していた時期があるからわかるが、小鳥というのはあれで案外情報通だ。なにせ空から物事を眺めているものだから、文字通り視点が違う。俺たち地上を歩くだけの生活で走り得ないことまで、知っていたりする。
そういえばさっき、エイセン自身も小鳥が話し相手だと言っていたな。
ステュクス村の村長曰く、ここは生きて帰れない『惑いの森』……情報が多いに越したことはないだろう。
「しかし、不思議なこともあるものですなぁ」
と。
エイセンは左目で俺のことをじろじろと眺め、吐き出すように呟いた。
「儂はこの森にて生を受けて二〇〇余年になりますが、あなたのような珍妙な存在は初めて知りましたなぁ。ねぇ、かかし殿」
「ん? 俺?」
ハサンから目線を移し、エイセンの方を向く俺。
……かかし殿、ねぇ。そりゃ他に呼び名なんて知らないだろうから仕方ないけど、なんだかその呼び方はムッとくる。
俺には、アルレッキーノという名前がある。
ノエルがつけてくれた、唯一無二の宝物である名前が。
「あなたは魔物ですかな? 否、魔術を使っていたのだから、通常の魔物であればあり得ないことですな。では、新種の魔物ですかな? この線はあり得る、否定はし切れませんな。証拠も、この森にいることですからな。しかし、かかしの姿というのはやはり異なもの。その姿では、獲物を食らうこともできないでしょう。それとも、その腕や脚で刺し貫き、内部から魔力を奪うとか――」
「……本っ当、よく喋る奴だな、あんたは」
思わず俺は、不愉快全開な声を出してしまっていた。
俺は、魔物とは違う。比べられることさえ不快だ。
「俺の正体がなにかなんて、俺だって分かんねぇよ。こっちの世界に生まれた時、気づいたらもうこの姿だったんだ。それに、俺はかかし殿なんて名前じゃねぇ。アルレッキーノって名前がある。呼ぶならそっちで呼んでくれ」
「ほぉ。これは失礼いたしましたな。アルレッキーノ殿、というのですか。ふむ、興味深い…………いやいや、無礼は許してほしいものですな。それだけの損害を、あなた方は既に与えている」
「……なに?」
「お話の途中にごめんなさいな、エイセン殿」
半ば睨み合う格好になっていた俺とエイセンの間に、ハサンが割って入ってきた。
ハサンは、黒い外套の中から手を広げて見せ、露出の多い褐色の肌を見せつけていた。敵意はなく、攻撃するつもりもないという意思表示。それは通じたらしく、エイセンの視線がほんのわずか和らいだ。
「んん? なんですかな。えぇっと……」
「名乗らなかった無礼をまずはお詫びしますわ、エイセン殿。私はハサンと申します。しがない山賊崩れです。後ろのかかしは、名乗った通り、アルレッキーノ。その後ろに隠れているのがノエルといいます。私たち、訳あって旅をしておりまして、道中この森に踏み入った次第です」
「ほぉ、そうですかハサン殿。旅の途中と。このようなご時世に、また棘の道を歩むものですなぁ」
「いえいえ、若輩者の世間知らずであります故、今回のように立ち往生してしまうことばかりでございます。…………失礼ながら、エイセン殿はトロントという種族故、さぞ博識とお見受けして訊ねさせていただきます。この『惑いの森』を、安全に切り抜ける道というのは存在いたしますでしょうか?」
「ふむ……慇懃な物言いですな。そう畏まらずともいいですのに。…………この森を抜ける道ですか…………もちろん、ありますとも」
「っ! せ、僭越ながら是非、是非その道を教えていただきたく――」
「しかし、教える義理はありませんな」
冷たく、突き放すような口調だった。
言われたハサンも思わず固まっている。そりゃそうだ、後ろで見ていただけの俺だって硬直しかけた。期待満面だったノエルなんか、この世の終わりみたいな顔をしている。
「けっ。随分ケチ臭いんだな、エイセンとやら」
俺はわざと、挑発するような意地悪い感じの声を出した。
丁寧に言ってもダメなら搦め手で行く。安全に森を抜けるというのは、ハサンだけの願望じゃない、パーティである俺たち全員の望みでもあるのだ。
「そりゃあんたと俺たちは今知り合ったばかりの他人だが、困ってる奴をそのまま見捨てるっつーのはどうかと思うね、俺は。こんなに丁寧に頼んでんのにさ。もしかして、本当は森を抜ける道なんか知らないんじゃねぇか? だから、教えられねぇんじゃねぇの?」
「ほっほっほ、面白い方ですな、アルレッキーノ殿は。残念ながら、儂はこの森のことならなんでも知っておりますとも。そして、あなた方に道を教えないのにも、理由がありますとも」
「理由だ?」
「あなた方が今し方、皆殺しにしたエント共でございますよ」
……皆殺しって言われると、なんだか無駄な罪悪感が湧いてくるからやめてほしいんだが。
しかし、エントを倒したことが、道を教えられない理由?
「おいおい、あれは俺たちが襲われたから、仕方なく戦っただけだぜ? 倒さなきゃ、こっちが殺されてた。正当防衛だ。それとも、あの戦いの最中に、どっか怪我でもしたってのか? 確かに、エントの根があんたに思いっ切りぶつかってたが……」
「いえいえ、あのようなことでダメージは負いませぬ。問題なのは、エントを皆殺しにしたことでございます」
「……だから、それのなにが問題なんだよ」
「先程ハサン殿が申していた通り、儂らトロントは地中に根差し、自然に存在する魔力を吸収して生を繋いでおります。そして、ここら一体を縄張りにしていたエントは、儂にとって貴重な魔力の供給源だったのですよ」
「あ…………」
言われて、俺は周囲を見渡してみた。
エイセンの立っている周囲だけ、ものの見事に一本たりとも樹がない。エイセンの周囲は、エントの縄張りだったのだ。そのエントを、魔力の供給源を、俺たちは倒してしまった。
縄張りだった場所を、樹一本ない更地に変えてしまったのだ。
「無論、エント共以外にも供給源はあります。地中から魔力を吸い上げることは可能ですからな、即座に儂の死に直結するということではありませぬ。しかし…………貴重な魔力の源を失ったのは事実。お喋りの時間を節約するなど、策は講じなければなりませぬな」
「…………」
「あなた方は襲われたから、エント共を駆逐した。それは正しい行いでしょう。しかし、儂からすればまるっきり無駄な、言ってしまえば害悪でしかないことでしたな。そんなことを仕出かした相手に、親切に道を教える義理があるとでもお思いで?」
「ぐ…………」
「っ…………そ、それでも!」
鋭く叫んで。
ハサンが――――なんと、その場で土下座してみせたのだ。
小さな身体は、外套ですっぽりと埋まり、黒い塊のようになっている。先端部から覗くブルーベリーみたいな色の髪の毛が、辛うじてそれがハサンであるという目印になっているようだった。
「それでも、私たちはこの森を安全に突破したいのです。非礼はこの通り、平に伏してお詫びします! お願いいたします、道を、道を教えてはいただけないでしょうか……!」
「……ハサン……」
「ふむ…………弁えた人間ですな、ハサン殿は。アルレッキーノ殿も、棒立ちになっているノエル殿も、見習った方がいい。誠意というのは、どれほど相手に見せつけるか、でありますからな」
「…………魔物を退治したことについては、謝らねぇ。けど、それであんたに迷惑をかけたことは、謝罪するよ。すまなかった」
「え、えと…………ご、ごめんなさい……」
「ふむ…………礼を尽くされてなお、望みを断るとなれば、儂も非礼の侮辱を受けてしまいますな。しかし、当然タダという訳にはいきませぬぞ」
「っ! と、言いますと……⁉」
ばっ、とハサンが顔を上げた。
エイセンはそんなハサンの顔を舐めるように見て――――にんまりと、意地悪く笑った。
「簡単な条件を一つ、お出ししましょう。それを達成できた暁には、この森から抜ける道を、お教えいたしますよ。ご安心を。約束は守る方ですので」
エイセンの提示する『条件』とは……⁉
次話更新は明日22時頃! お楽しみに!




