第25話 風神かかし無双
俺は、夢でも見ているのか?
率直な感想が、それだった。それも、昨日みたいな悪夢じゃない。それこそノエルの言うように、子供の頃に読んだ絵本のような、現実味のない夢。
身体中に風を纏い、空を飛ぶかかし。
傍目から見ればシュールな絵面だろう。だが戦況的に、制空権を握れるのは非常にありがたい。
さっきまでは随分と冷や冷やさせてくれたな、エント共よ。
ここからは――――逆転の時間だ!
「行くぜハサン! しっかり掴まってろよ、ノエル!」
「はーい!」
「も、もぉ! どうなっても知らないんだからねっ⁉」
元気のいい返事と、半ば自棄になった応答を聞きながら、俺はエントの群れへと吶喊した。
連中のサイズ感からすれば、俺たちは蠅か蚊のようなものだろう。風を纏った身体は、『大地の蠢動』の時と同じように、魔力を傾ければその通りに動いてくれる。地上と同じだけの機動力を、空中で得られたのは実に大きい。
両手から伸びた風の刃で、エントの細い幹を切りつける!
「ぐっ…………やっぱ、一気に本体ってのは、無理か……!」
刃は半ばほどまで切り込むが、そこから先が動かない。
その隙に、他のエントが枝を伸ばしてくる。刃を素早く引き抜くと、俺はそのまま旋回し、迫ってきていたエントの枝を刈り取った。
枝葉末節の部分についての効果は、折り紙付きだ。
問題は、本体である幹の部分を切り落とせるだけの鋭さ。威力。それをイメージさせるのに必要なのは――――やはり、名前だった。
「ハサン! この鎌の名前、なんていうんだ⁉」
「名前⁉ こ、こんな時になんの話よぉっ⁉」
「魔術の名前だ! 魔術には名前を付けて、イメージを固定するのがコツなんだろ⁉ 俺はリュアにそう教わったぜ⁉」
「そ、そんなのいきなり言われても――――アルレッキーノ! 前!」
「っ!」
予想外の行動だった。
枝を刈り取られたエントは、しかし進撃を止めることはなかったのだ。その巨体を生かし、俺たちめがけて体当たりしてきた。
そのまま背後のエントと挟み撃ちにしようって魂胆か――――くそっ、考えやがって!
どうやら、ハサンは自分の魔術に名前は付けていないらしい。そういえばさっき、エントの枝を切り落とした時も、魔術の名前を言っていない。
なら、好きに付けさせてもらうぞ!
「切り落とせ!『風神の両鎌』!」
両腕から伸びる、死神の鎌の如き鋭い刃。
俺はそれを、『風神の両鎌』と名付けた。
エントに押されながらも、その場で素早く一回転!『風神の両鎌』を、前後両方のエントにヒットさせる!
エントは断末魔を叫び、崩れ落ちていく。今度は、幹の部分まで一気に両断することができた!
「よしっ、このまま――」
と。
一気に二体のエントを屠って、僅かに気が緩んだ、その一瞬。
しゅるぅん、と細い蔦が、ノエルの身体に巻き付くのが見えた。
「っ⁉」
「あ、アル――――‼」
瞬く間に、ノエルの身体が宙へと浮かぶ。
ノエルの小さな肢体が、エントの伸ばしてきた蔦によって攫われていく。
それを見た瞬間――――俺の理性は、沸騰した。
「待ちやがれクソが――」
「――――『エンドスレイブ』っ!」
急激な方向転換、そして加速によってノエルを追い駈けようとした、その時。
背負っていたハサンが、巨大な風の刃を放った。
『エンドスレイブ』と名付けられた刃が、ノエルを捕らえていた蔦の根元を切断する。
「っ、アルレッキーノ!」
「言われなくても、だ!『風神の蠢動』!」
魔術の名前を叫び、一直線に飛ぶ。
エントの群れの中を縫うように飛び、落下するノエルを風で優しくキャッチする。
「大丈夫か⁉ ノエル!」
「うん、平気! 今の、落っこちたのすっごくヒヤッとして、面白かった!」
「そりゃよござんしたねぇっ!」
ったくこの娘はもう!
ますます危なっかしくて目が離せねぇよ!
……とはいえ、俺の大事な人に手を出したんだ。このエントたちは。
落とし前は、つけてもらおうじゃないか。
「ハサン、今の『エンドスレイブ』、もう一度撃てるか? 今度は、俺を通じた感じで」
「へ? た、多分……今は、ほとんどあなたの魔力を使ってる感じだから……すぐ撃てると思うわ」
「んじゃ、頼むぜ。それに合わせて俺も、『風神の両鎌』を発射する。一斉掃射といこうじゃねぇか!」
「……ノエルが攫われかけたの、随分お冠みたいね」
「当たり前だ‼」
魔力を同調させている俺たちに、合図は要らなかった。
ハサンの魔力が高鳴り、魔術を発射するのと同時に。
俺も両手を大きく振りかぶり、死神の鎌を射出した!
「「――――『奴隷解放戦閃』っ‼」」
その瞬間。
射出された三つの刃は、瞬く間に無数の風刃へと姿を変え、その場にいた全てのエントを切り刻んだ。
†
ファフロッキーズという現象があるらしい。
なんでも、魚やカエルの死骸、建造物の残骸、果てはお金なんてものまでもが、空から降り注ぐ怪現象だそうだ。俺は見たことがないが、しかし、今目の前の光景を例えるならその摩訶不思議な現象が最も適当だろう。
ぼたぼたと、血を垂らすこともなく地面に降り注ぐのは、エントの残骸。
切り刻まれた、エントたちの死骸だった。
なにが起こったのか分からないような顔のまま、それらは地面へと落ちていく。その様子を、俺たちは揃って上空から眺めていた。
ゆっくりと、地上へと降り立つ。
足の踏み場もないほどに転がっているエントの死骸は、段々と魔力へと還元されていき、地面へと染み渡っていく。魔物の身体に血は流れておらず、全てが魔力でできている。死んで残る魔力は、すぐに地面へと吸収されていく。
しかし、その刹那に見えた、大量のエントの死骸。
それを、自分たちがやっただなんて、とてもじゃないが信じられなかった。
それも、たった一撃の、魔術一発によって。
「す、すっげぇ……!」
思わず。
思わず、俺はそう呟いていた。
「すげぇ……すげぇじゃねぇか! ハサン! お前の風の魔力、凄い使えるじゃないか! お前自身の魔術もすごかったし…………いや本当、凄かったぜ⁉」
「褒めるの下手くそね。……でも、それは逆よ。凄いのは、アルレッキーノ、あなたの魔力と、その制御力だわ」
俺の横に降り立って、同じようにその光景を眺めていたハサンが言う。
「風の魔術が使えたのは、私の魔力によるものだと思うわ。けど、私一人じゃ風の魔術で空を飛ぶだなんて、考えられないわ。それができたのは、アルレッキーノの膨大な魔力量と、繊細な魔力コントロールがあったからこそよ。私は、魔力を供給するだけで精いっぱいだったわ……」
……本当に自己評価が低い奴だ。もっと素直に、褒められたら喜んでいいのに。
……あれ。どこかで聞いたような台詞だぞ、これ。
「ハサン! そんなこと、言うのダメだよ!」
空中から降り立ってもなお、俺の背中から離れようとしないノエルが、ハサンの口元を指差しながら言う。
「ダメって……」
「ハサン、わたしのこと助けてくれたでしょ? 誰かが誰かを助けるのって、すごいことなの! ハサンは、そういうすごいことができる人なんだよ? だから、そんな下向き発言はダメなの!」
「…………」
「分かった?」
「……分かったわよ。ありがと、ノエル」
「ううん。わたしの方こそ、助けてくれてありがとう!」
少し顔を赤らめて、気恥ずかしそうにハサンが礼を言う。
他人を褒めることにおいて、ノエルの上を行く奴はそういないだろう。俺なんか褒められ過ぎて、持ち上げられ過ぎて、最近は半ば流しているような感じだ。なんでもかんでも大袈裟に褒めてくれるノエルは、しかし、ハサンとは相性がいいようだ。
これを機に、ハサンの性格が少しでも上向いてくれれば――――そんなことを思っていた、その時。
「ほっほっほ。随分と楽しそうですな、お三方。良ければ儂も、話に交ぜてはくれんかね?」
聞いた覚えのない野太い声が、会話に割り込んできた。
咄嗟に周囲を見渡すが、誰もいないし、なにもいない。一帯だけ樹がなくなり、見晴らしの良くなった空き地があるだけだ。
あるとすれば、俺たちのすぐ後ろ。
先程、エントたちの根が激突していた巨木くらいしか――
「ほっほっほ。なにを不思議がっておられる。儂ならここにおるよ。最初からな」
巨木の幹に、ぎょろりと目が生える。
根本は大きな穴が開き、その奥で緑色の舌が踊る。
樹の魔物を倒したと思ったら――――今度は巨木に話しかけられた?
一体、どうなってるんだよ、この森は……。
話しかけてきたのは……巨大な樹⁉『惑いの森』の冒険はまだまだこれから!
次回更新は明日の22時頃! お楽しみに!




