第23話 エントの森
「きゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ⁉」
土で作った滑り台を滑落しながら、ハサンは絹を裂くような悲鳴を上げていた。
この身体に感覚があったなら、俺も同じように叫んでいただろう。いや、視覚だけが頼りの今でも、充分に恐怖感はあった。なにせ速度が凄い。そして高度も。日本の安全基準じゃ、きっと一〇〇年かかっても完成し得ないジェットコースターだろう。
「きゃははははは! これすっごーいっ!」
「はしゃいでる場合じゃないわよぉおおおおおおおおおおっ‼ ちょ、アルレッキーノぉっ! こここれ、これどうすんのよぉっ⁉」
「いや、お前が降りろっつったんだろ? これが一番速いと思うぜ?」
「確かにそうだけどぉおおおおおおおおおおおお――――あぁもういわ! 吹っ切れた! 私の命、あなたに預けるからね! お願いだから粗末にしないでよ!」
さっきまで魔物の攻撃にいち早く気付き、それを阻止したカッコいいハサンさんだったのだが。
超高高度からの急滑落を味わう中で、どうやら地金が出てきたらしい。今や俺の伸ばしっ放しになった腕にしがみつき、少しでも速度を緩めようと必死だった。
そんな中でも、樹々は荒れ狂ったように暴れ、俺たちを追尾するように枝を伸ばしてくる。
「単刀直入に訊くが、ハサン! あいつらは一体なんなんだ⁉」
「エントよ! 樹に擬態して、枝や根で獲物を突き刺して養分を吸い取る魔物! あいつらの枝に捕まったらヤバいわ!」
「って、え? ちょ、待て待て待て! それだったら下に行っても根が――」
「人間で言うなら、枝は手、根は脚なの! かかしには分かんないかもだけど、人間は手より脚の方が動かしづらいのよ! エントも同じ!」
「そうか。つまり根さえどうにかできれば、勝機はあるんだな」
「そういうこと――――ってぇっ! 冷静に状況分析してる場合――」
「黙ってろ、舌噛むぞ。ノエルも、しっかり掴まってろよ!」
「はーい!」
うん、よい返事だ。
二人ともしっかり俺にしがみついているし、手加減している場合でもない。
こうしている今も、俺たちが通ってきた滑り台型の大地は、エントの枝によって破壊されているのだから。
「『大地の蠢動』!」
「えっ? きゃああああああっ⁉」
滑り台の中途に、足場を突起させる。
その足場にしっかりと足をつけ――――一気にそれを、前方へと延長させる!
猛攻を繰り出すエントの群れから、一瞬だけ、なんとか抜け出した。
だが、油断はできない。なんと言ってもここは森で、エントは普通の樹と見分けがつかないのだ。実際、俺たちも気づくことができなかった。
『惑いの森』とはよく言ったものだ…………普通の樹じゃない、エントが紛れ込んでいて、道も目印も全て無意味にしてしまう。故に『惑いの森』か。
生きて帰った者がいないのも納得だよ。地表に降りてみると、エントはハサンの言う通り、根をぐねぐねと動かし、歩いていた。それも、ちょっとした槍くらい鋭く尖った根を脚代わりにして。
きっとこの森に立ち入った者は皆、あの根に突き刺され、魔力も養分も全て吸い取られて死んだのだろう。
幸い、後方にエントはいないようだ。なら今、前方にいるエントに対してだけ、集中すればいい!
「殴り飛ばせ!『黄泉王の巨腕』!」
めきぃっ、とエントの巨体に土製の巨大な拳がめり込んだ。
複数のエントが、まとめて吹き飛ばされる。中でも正面から食らった一本は、もう少しで折れてしまいそうなほどに身体に亀裂が走っている。
よしっ、これならなんとか――
「KISHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
と。
奇声を上げたのは、俺がたった今、殴り倒した筈のエントたちだった。
奴ら、折れようが割れようがお構いなしで突っ込んできたのだ。枝が、根が、まるで触手のように迫ってくる!
「ぐっ……一旦逃げるぞ!『大地の蠢動』!」
勢いよく叫び、俺は地表を縦横無尽に駆ける。
一瞬たりとも油断ができない。なにせ、そこら中全てエントに囲まれているのだ。どこからいつ根が、枝が、槍のように蔦のように触手のように攻撃してくるか分からない。ちょこまかと、まるで下手くそなフィギュアスケートみたいに不器用な逃走が続く。
くそっ、どうすればいい?
森に来る前は、潰すか殴り倒せば大抵の魔物相手には大丈夫だろうと高を括っていたが…………甘かった。エントは樹。樹は折れたりひび割れた程度じゃ止まらない。
木材でできた俺が、多少削られたり穴開けられた程度じゃ止まらないのと、理屈はおんなじじゃねぇか!
完全に油断していた! 俺の落ち度だ!
どうする? どうすればいい?
どうすれば、このエントたちを倒すことができる――――?
――――待てよ?
さっき、エントに有効打を決めた奴が、いるじゃないか。
それも、すぐ近くに。もう必死になって俺にしがみついている奴が、一人。
「ハサン! お前の力、さっそく使わせてくれ!」
「は? い、一体なに言ってんの?」
「お前、風の魔術を使えるんだろ? それでさっき、エントの枝を切り落としたよな?」
そうだ。
ハサンはついさっき、エントの枝による攻撃を察知し、切断している。
試したことはないが、きっと俺の身体も、切断した部分までは動かせないだろう。だったら、エントにも風の魔術による切断は、有効なんじゃないか?
「む、無理よそんなの。言ったでしょう? 私の魔術は、他の山賊と比べても全然ダメで……」
「無理じゃねぇだろ、現についさっき、エントの攻撃を防げてるしな! なぁ、ノエル!」
「うん! ハサンの魔術、カッコよかったの! 絵本で出てきた、暗殺者みたい!」
「あなたは一体どんな絵本を読んで育ったのよ⁉ っ……それでも――」
「っ、止まるぞっ! 口閉じろっ!」
急ブレーキをかけるも止まらず、俺は巨木に真正面から体当たりしてしまった。
やけに横幅の拾い、非常に大きな樹。どうやらエントではないようだが――――まずい、退路を断たれてしまった。
振り返れば、そこにいたのは数え切れないほどのエントの群れだった。
脚代わりの根が鋭く地面を突き刺し、今か今かと待ち切れないかのように踊っている。
俺たちを刺し貫けるのが、そんなに嬉しいってか?
悪いが、そんな期待に応えてやる筋合いはねぇ!
「ハサン!」
「む、無理だってば! 私、本当に魔術は下手くそで――」
「じゃあいい、それでいいさ! ただ、魔術は使ってもらう! その代わり――」
「お前の魔術が弱いなら――――俺の魔力を使って、それを補うことはできないか?」
絶体絶命の危機に、ハサンの選択は……⁉
次回更新は明日22時頃! お楽しみに!




