第22話 『惑いの森』の洗礼
『惑いの森』、その名の通り、一筋縄ではいきません……!
土日は1日2話更新! 次の更新は1時間後! お楽しみに!
山を越えた先に、『惑いの森』はあると、村長もハサンも言っていた。
だから俺はてっきり、山からそのまま地続きのように、山の延長線上にあるかのように、件の森は広がっているのだと思っていた。
だが、それは間違いだと、山を越えた辺りで気が付いた。
山の樹々とは明らかに、植生が違うのだ。一本の見えない境界線を挟んで、『惑いの森』は確かに山を越えた、その先に存在していた。
山よりも遥かに高い樹々に覆われ。
昼間なのに、太陽の光がほとんど入らない薄暗闇が、眼前に広がっている。
「ここが、『惑いの森』か…………思ったより暗いな。真っ昼間なのに、先が見通せないぜ」
「もしかしたら、それが『惑いの森』っていう名前の由来なのかもね」
俺の横にぴったりと、それでいて足音一つなくついてくるハサンが、ふと口を開いた。
「人間は暗闇の中では平衡感覚を失うわ。昼間でも薄暗く、迷ってしまうから、『惑いの森』と銘打たれたとか…………ありそうな話じゃない?」
「ふむ、確かにな。ノエルは、なにかあるか?」
「この木、絵本に出てきたのとそっくり! とっても背が高いわ!」
「……さよか」
相変わらず俺の身体にまとわりつくノエルは、森に来るのも初めてなのかやけに上機嫌だった。
まぁ、笑顔でいるのはいいことだけどさ。
村長曰く、生きて戻った者のいない魔の森とのことだ。決して油断はしないように行こう。
†
意を決して森の中に入ってから、数十分。
前が見づらい状況だと、時間感覚も狂ってしまうのだろうか。微かに見える太陽の位置的に、大した時間は経っていない。なのに、もう何時間も歩き回ったような徒労感がある。
疲れを知らない、かかしの身体にも拘わらず、だ。
暗いからとか、そんな理由じゃない。全身がぐったりと重たく感じるのには、明確な理由があった。
「アルレッキーノ、止まって」
「んだよ、ハサン。まさか…………またか?」
「えぇ、またよ」
言って、ハサンは目の前にある樹を指差す。
細い木の幹には、鋭く十字架が刻まれている。これは、ハサンがナイフでつけた目印だ。自分たちはこの道を既に通ったという、その証。
真っ直ぐ進んできた筈なのに、過去に刻んだ目印の場所まで、戻ってきてしまっている?
しかも、これは一回や二回じゃない。この数十分間、絶えずずっとこの調子なのだ。
ハサンが目印をつけてくれた期は、もう一〇本以上になる。なのに、歩けども歩けども、必ずその目印のどれかに鉢合わせるのだ。
正に『惑いの森』だ。
俺たちは完全に、視界も利きにくいこの森の中で、迷ってしまっていた。
「おかしいわね……アルレッキーノの魔術で進んでいるのだし、真っ直ぐ進んでいたのは間違いない筈よ?」
「あぁ。『大地の蠢動』で真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐに進んできた筈だ。なのに…………ったく、どうなってんだ?」
「もしかして、この森という空間自体に、なにか魔術でもかけられているのかしら。平衡感覚を捻じ曲げる魔術とか…………でも、そんなの確かめようがないわね。一度この森から出て…………いえ、出ること自体ができるかも、微妙よね」
「んな面倒なことするより――――いっそのこと、全部見渡してみればいいんじゃねぇか?」
「? どういうこと?」
「こういうことだよ――――『大地の蠢動』!」
「え? きゃあぁっ⁉」
傍らで悲鳴が上がり、ハサンはへっぴり腰になりながら俺へと手を伸ばした。
『大地の蠢動』は、足元の地面に魔力を送り、操る魔術だ。
今回は、その対象範囲を少々広げて――――隣にいるハサンをも、一緒に持ち上げたのだ。
地面でできた足場はエレベーターのように、一気に高度を上昇させる。ほんの数秒後には、全ての木を見下ろせるような高さまで伸び――――
――なかった。
「え?」
違う。俺の魔術が上手くいかなかったんじゃない。
周りの樹々が、俺たちの上昇に合わせて伸びたのだ。
まるで意思を持っているかのように、俺たちを逃がさないとばかりに、自主的成長してきた……⁉
「な、なんだこりゃぁっ⁉」
「ど、どうなってるの……? アル、ねぇ、これって――」
「――――余所見厳禁!」
しゅぱぁんっ、と風を切る音が聞こえた。
見ると、腕を振りかぶったハサンのすぐ目の前で、木の枝が両断されている。切り落とされた枝は、遥か眼下へと落ちていくが――――一瞬見えたその形が、異様極まりなかった。
まるで、獲物を掴むための手指みたいな。
葉を広げ、小枝を広げたそれは、そんな形をしていた。
「は、ハサン! 大丈夫か?」
「なんとかね。魔力の充填が間に合ってよかったわ――――それよりお二人さん。油断しないで。来るわよ!」
まるで、それが合図だったかのように。
樹々の幹が一斉に裂け、まるで目や口のような模様が生まれる。枝ぶりがひとりでに動き、俺たちに襲い掛かってくる。
いや、こいつらはただの樹じゃない!
樹の姿をした――――魔物だ!
「早く降りるわよ! この高度にいたんじゃ、いい的だわ!」
「あいよ了解!『大地の蠢動』!」
樹の姿をした魔物が、一斉に枝を俺たちに振り下ろす中。
『大地の蠢動』で作った土製の滑り台に乗って――――数十メートルの降下が、たった今、始まった。




