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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第2章 森の賢者編
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第21話 初めての仲間


「アル、どこへ行くの? 地図だと、森はあっちの方みたいだけど」


「……お前、地図とか読めるんだな。俺はどうにも苦手なんだよなぁ。地理の授業とか、マジで地獄だったわ」


「じゅぎょー?」


「あぁ、なんでもねぇさ。ちょっとな、約束があるんだ」


大地の蠢動(グランドムーブメント)』を常に発動させ、高速で移動する俺とノエル。

 波打つ地面に俺が立ち、その背にノエルを負ぶるような格好だ。隠れるような姿勢でいる方が落ち着くのか、ノエルは常に蓑の内側に入り込み、俺の身体にしがみついている。シートベルトがある訳でもないし、無骨で剥き出しな丸太の身体だ。ささくれだってあるだろうに、そこが自分の定位置だと主張するかのように、ノエルは場所を譲らなかった。


 ……これ、人間で言うならマントの下に潜り込んで、身体にしがみついてる状態になるのか?


 そう考えると、つくづく俺は転生先がかかしでよかった。人間の姿でこんな格好をしていたら、間違いなく警察のお世話になるだろうからな。……この世界に、警察組織があるのかどうかは知らないが。

 どの道、変な目で見られることは確定だろうけどな。


「約束? 誰と?」


「あぁ。俺たちの旅についてきたいって言う奴がいてな」


「え! 本当⁉ すごい、すごいわそれ!」


「? なんでそんな喜んでんだ?」


「旅を進めていく中で、仲間がどんどん増えていくなんて、おかーさんに読んでもらった絵本みたいだわ! 楽しみ楽しみ! どんな人が仲間になってくれるのかな⁉」


 お前を攫った山賊の生き残りなんだが。


 …………言えねー。真実を言えねー。なんかものすっごい期待している、この宝石みたいな目を見たら、まさか山賊の残党が仲間になるだなんて、口が裂けても言えねー。

 本人が覚えているか分からんが、攫われた張本人と攫った張本人だしなぁ。

 もしかしたら、ハサンとの対面はちょっとした修羅場になるかもしれん……少しだけ、その覚悟はしておいた方がよさそうだ。


「っと…………もしかして、あれか?」


「あれ? あの、煙のこと?」


 空を見ると、快晴の青空に一条、白っぽい煙が紛れている。

 昨夜、ハサンに食事を届けた際に、今日の落ち合う場所についても相談はしておいたのだ。さすがにステュクス村の近辺はまずいだろうということで、山中で落ち合う手筈にはなったのだが、問題になったのはその目印だった。

 ハサンは、「その点は心配しないでいいわ」と言ってくれていたが……あいつ、火を起こす道具なんか持ってたのか?


「多分そうだと思うんだが…………取り敢えず行ってみるか」


「そうね! 案ずるより海の肥やしだわ!」


「……さーてどっからツッコんだものかなぁ」


 後半が大爆死したノエルの知識に軽く笑いながら、『大地の蠢動(グランドムーブメント)』を走らせ続ける。

 やがて、煙の元となる火元に到着した。予想通り、その焚火の傍では、ハサンが目を閉じて座っていた。

 ……もしかして、眠っているのか?


「アル。あの人が、新しい仲間? わたしたちの旅に一緒に来るっていう、仲間さんなの?」


「あ、あぁ。そうなんだが…………おーい、ハサン? 起きてるかー?」


 呼びかけても、返事はなし。

 どうやら本格的に眠っているようだ。俺は『大地の蠢動(グランドムーブメント)』を解除して、ぴょんぴょん跳ねながら彼女に接近する。


 近づくと、微かに寝息が聞こえる。

 ……ハサンの奴も、気丈に振る舞っていたが、実は疲れていたのかもな。飲まず食わずで一週間だと言っていたし、体力的にも限界だったのかも。


「……お昼寝中?」


「かもな。まぁ、起きるまで待って――」




「…………ご心配なく。今起きたわ」



 と。

 できる限りひそひそ声で話していた筈なのに、ハサンは目を覚まし、そのままむっくりと立ち上がった。

 黒い外套の隙間から、布を乱雑に巻いただけの、痩せ過ぎな身体が見え隠れする。

 青い瞳を眠そうにこすると、短い髪を掻き上げながら、俺のことを見上げてくる。


「……意外。本当に来るのね、あなた。私、てっきりあなたが嘘を吐いて、二度と私の許に寄り付かないんじゃないかって思ってたわ。ごめんなさい」


「信用ねぇなぁ…………そんなことしねぇよ。借りがあるし……それに、困ってるお前を、見過ごしておけないしな」


「…………そう」


 ふ、と目を逸らすハサン。

 ……やはりこの少女、どこか考え方がおかしいのだ。多分、根本的な部分でどこか『間違って』いるのだろう。それが山賊にいたが故なのか、それとも別に原因があるからかまでは、定かじゃないけれど。


 できれば俺は、ハサンに『普通』の考え方をしてほしい。

『普通』の、『当然』の、『当たり前』の考え方を。

 人を疑うのではなく、信じるような考え方を。

 彼女の仲間を身勝手に殺しておきながら、虫のいい話かもしれないけれど――


「…………あなたが、新しい仲間に、なってくれる人?」


 蓑の奥からこっそりと、ノエルが顔を出してきた。

 だが、身体の大半は俺の後ろに隠したままだ。緊張しているのか? いつもの天真爛漫さが鳴りを潜め、どこか怯えている様子さえ見受けられる。

 ……もしかして、夜中に山賊が襲ってきた時のことを、覚えているのだろうか。

 その時、ハサンのことも覚えていたとしたら――


「の、ノエル。こいつは、ハサンっていってな。その、なんだ、なんていうか……」


「……厳密には異なるけれど、初めまして、ノエル。元山賊の、『慰み者のハサン』よ。ハサン、と呼び捨てで構わないわ」


 と。

 ハサンは自分から、山賊の一員だったことをカミングアウトしたのだ。


 瞬間、一気にノエルの表情が凍りついた。ますます身体を俺の後ろに隠して、潤んだ瞳でハサンを見つめている。

 う…………やっぱ、すんなりと仲間入りってのは難しいか? ノエルの緊張が触れた箇所から伝染してるのか、俺までドキドキしてきてしまう。心臓なんて器官も、かかしの俺にはないのだが。


「さ、山賊、さん……?」


「元、ね。今は違うわ。そこのかかし――――アルレッキーノに助けられてね。山賊は抜けたのよ。だから、あなたになにかしようだなんて魂胆はないわ」


「…………ほんと?」


「えぇ、本当よ」


「…………」


「信じてもらえないかしら? 困ったわね、どうすれば――」



「分かった! もう酷いことはなんにもしないのね! だったら、仲間になりましょう! ハサン!」


 思案顔で、ハサンが顎に指をかけて考え込んだ瞬間。

 唐突にノエルは、弾けたような笑顔を浮かべ、俺の背後から飛び出していった。

 向かうのは当然、ハサンの目の前。

 そして、ノエルは呆気に取られているハサンを尻目に、す、と手を差し出した。


「……? え、えっと……」


「あれ? おかーさんの読んでくれた絵本だと、仲間になる人とはこんな風に、握手をするんじゃないの? あれ? わたし、なにか間違っちゃった?」


 ノエルはハサン相手に、呑気に首を傾げている。きっと、さぞかしきょとんとした瞳をしていることだろう。それを見て、ハサンはハサンできょとんとした顔をしていた。

 呆気に取られるというか、毒気を抜かれるというか。

 ハサンはきっと、まるでこんな事態を想定していなかったのだろう。ハサンの頭上に、?マークとオーバーフローしたような湯気が見えている。

 だが、すぐにハサンは目の前の現実を受け入れたのか、ノエルと同じように手を差し出した。


「いいえ、あなたはなにも間違ってはいないわ、ノエル。これからは、仲間として、よろしくね」


「! うん! よろしくなの、ハサン!」


「ふふっ、元気ね。それじゃ、アルレッキーノともよろしくの握手をしなくっちゃ。ちょっとだけ待っててね」


「うん!」


 元気いっぱいに頷くノエル。

 彼女に目をやっている時、ハサンは柔和な目つきをしていたのだが――――俺へと視線が移った瞬間、鋭く尖った目が舞い戻った。相変わらず音もなく山道を歩き、俺へと近づくと、密着度合いなんかまるで気にせずくっついてくる。

 生身だったら嬉しかったが、あいにくかかしの身体に触覚はない。こういう時は素直に、かかしに生まれたことが悔やまれる。


「……ちょっと、なんなのよあの娘。こっちが元山賊だっていうの聴いて、一歩も怖気づかないってどういうこと?」


「……俺は予想していたような修羅場にならなくてなによりだよ。なんだよ、初対面から嫌われたかったのか?」


「そういう訳じゃないけど…………なんていうか、あまりに無邪気過ぎない? 人の悪意を知らなさ過ぎるっていうか…………あの娘、大丈夫?」


「そこが可愛いんじゃねぇか。それに、あんなんだから放っておけないし、守ってやりたくなる」


「…………それは、同意できるわ」


 握手というか、刃具のような格好のまま交わされる会話。

 最後には、ハサンも諦めたように目を細め、肩を落としていた。そうだよな。ノエルのこの、心配になるくらいの無邪気っぷりは、ある意味ズルいよな。思わず、見守っていたくなる。危険が待ち構えているなら、薙ぎ払ってやりたくなる。

 なんていうか、庇護欲をそそるのだ。この娘は。

 という訳で――――ハサンの仲間入りイベントは、どうにかつつがなく終了したのだった。






「――――なるほどね。大まかな事情は把握したわ」


 ハサンの山賊歴は、三年にも及ぶという。

 その間で、彼女は様々な知識を身につけた。大半は知りたくもないことだったと言うが、その中でも役に立つスキルはあった。

 食べられる野草や、毒草についての知識である。

 実際、歯もほとんど抜かれてしまったハサンは硬いものを食べることができず、基本的な食事は野草を煮詰めたものを粉々に砕いたものだったという。俺たちが到着する前にも、そんなものを作って食べていたそうだ。


 だが、年頃の女の子がそんな貧相な食事で、身体が持つ訳がない。

 リュアが村を出る際に持たせてくれた弁当を広げ、俺たちはこれからの流れを確認することにした。中には柔らかい料理もあり、ハサンは口の布を外さないまま、それを口に含んでいた。相当に腹が減っていたのだろう。ノエルの食べるペースも早いが、ハサンもそれに負けないほどだった。


「この娘の家族探し……それも、手掛かりは馬車で一週間かかるほどの距離ってことだけ…………随分と厳しい状況ね」


「あぁ。馬車の轍なんか、もうほとんど当てにならねぇだろ。結構時間経っちまってるしな」


 とはいえ、その時間で俺は魔術を習得できた訳だし。

 地図だって手に入れたし、ハサンという仲間もできた。決して、前進がないという訳じゃない。


「で、この山を越えた先にある、『惑いの森』を抜けようって訳ね。確かに地図で見る限り、そんな時間がかかるような場所に行くには、最も手っ取り早いわね」


「だよな。なぁハサン。山賊時代に、その『惑いの森』に入ったことはないのか? 村長もリュアも、噂程度にしか知らなくてな。実地に行ったことがある奴がいれば、案内役として非常にありがたいんだが」


「残念ながら、ないわね。寧ろ、山賊の頭は『あの森には近づくな』とさえ言ってたわ」


「近づくなだって? 山賊の首領が?」


「部下の命を管理するのも、頭の仕事よ。それだけ、その森は危険だってことなんでしょうね」


「そうか……」


 ふむ、と思案してみる。

 俺はなにも、手っ取り早さだけで道を選んでいる訳ではない。地図で見る限り、この近辺にはステュクス村と、後のビゾーロの農場となった場所以外、集落が存在していないのだ。つまり、食糧の調達ができないことになる。

 俺たちがゲームのキャラだったなら、飲まず食わずのデスロードだってどんとこいなのだが、残念ながらこの異世界はそういう系の場所じゃない。かかしの俺はともかくとして、ノエルやハサンは人間だ。食糧や水は、どうしても必要となってくる。


 そうなると、とっとと森を抜けて人里を探すか、或いは森の中で食べられるものを探すという方が、よっぽど現実的なのだ。

 迂回してもいいのだが、馬車で一週間以上かかった道程を、二人の少女を連れた徒歩でとなると、最早何日かかるか分からない。『大地の蠢動(グランドムーブメント)』だって、無限に使い続けられる訳じゃないだろうし、できるなら生存率の高いルートを通りたい。


「大丈夫だよ!」


 と。

 場の静寂を切り裂いたのは、相変わらずもりもりと飯を食うノエルだった。

 口の周りを食い物のカスでべったり汚しながら、ノエルは薄い胸を張る。


「どんな魔物が出てきたって、アルなら絶対大丈夫! だって、アルはわたしを守ってくれた、ヒーローなんだもん! それに、今はハサンもいるし! 絶対、ぜ~ったい大丈夫だよ!」


 ……まったく、この娘は。

 どこまでこんな俺を信頼してくれているんだか…………なんだか胸がくすぐったくなる。

 こんなにも真っ直ぐな信頼を向けられたら――――うじうじ悩んでいること全てが、バカバカしく思えてしまう。

 やってやろうじゃねぇか、『惑いの森』攻略!

 最初に誓った通り、この娘のことは必ず守り抜く!


「そんじゃ、飯が終わったら行くとするか! その『惑いの森』とやらに! ハサンも、それでいいか?」


「パーティの目的に口を挟める立場に、私はいないわ。あなたが決めたのなら、それに従うだけよ」


 素っ気なく、ハサンは返してくる。

 ともあれ、次の目的地は決まった。

『惑いの森』を踏破し――――まだ見ぬその向こうへ、足を踏み入れてやろうじゃないか。


 新しい仲間と共に、いざ向かうは『惑いの森』!

 次回更新は明日22時頃! お楽しみに!

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