第20話 『正義』という名の罪
眠れない夜を恨んだことはあったが、今日ほど睡眠の要らないかかしの身体を喜んだことはなかった。
なにせ、夜中大忙しだったのだ。
まずは三〇人以上いる人質の子供たちをまとめて運ぶため、『大地の蠢動』を大規模に発動させ、一気に村の子供たちを運搬した。大半の子供たちの無事の帰還を喜んだ村は瞬く間にお祭りムードに包まれ、真夜中だというのに宴の準備が始まってしまったのだ。どうやら睡眠薬で昼間に眠らされてしまったせいか、夜だというのに村民の大半が寝付けなかったらしい。
子供たちが攫われている訳だから、寝るどころじゃないのも分からないでもないが。
俺は、子供たち全員を助けることができなかったことを、村長に詫びた。
子供たちの内、三人は既に山賊によって殺されていた、と、それだけを告げた。それ以上のことは、とてもじゃないが言えなかった。俺の視界には、子供を殺されて嘆き悲しむ母親の姿も、ばっちり捉えられていた。彼女に、子供は切り刻まれ、山賊の腹に収まったのだと事実を伝える勇気と残酷さを、俺は持っていなかった。
で、夜遅くまで哀悼と祝いを兼ねた宴が催され。
俺はその隙を突いて、宴で饗されていた料理の一部を、こっそりハサンの元まで送り届けていた。
子供たちが戻ってきて安心したのか、村民は全員、宴の最中に眠りに就いてしまった。
彼らが目を覚ましたのは、翌日の昼過ぎ――――もちろんその間、村には安穏とした時間が過ぎていった。
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「改めて――――申し訳なかった。大口叩いといて、この様だ。子供たち全員は、助けられなかった……!」
太陽が高々と昇る昼過ぎ。
村長宅の前で、俺はでき得る限り身体を曲げて、頭を下げた。
傍らにはノエルと、同伴してくれたリュアがいる。二人とも、そして村の子供たちも、睡眠薬の後遺症などはなく、今は元気に村中を駆け回っている。それだけが、唯一の救いだった。
「顔を上げてくだされ、アルレッキーノ殿」
柔らかい口調で、村長は言う。
「誰があなたを責めることができようか…………あなたは英雄だ。あなたがいなければ、子供たちは三人どころじゃなく、全員が殺されていたかもしれない。殺された子供たちには悪いが、それでも儂は、他の子供たちが元気に戻ってきてくれたことこそを喜びたい」
「そうさ! それに、謝るんだったらあたいの方だ!」
言うと、リュアは勢いよく頭を下げた。
俺と村長の、ちょうど中間地点。燃え盛るような赤い髪を項垂れさせ、彼女は続ける。
「あたいが山賊の策に引っかからなければ、そもそもこんな事件、起きちゃいないんだ。用心棒を生業としてるっつーのに、申し訳ない。不甲斐ない限りだ……!」
「リュアよ……お主も気にするな。悩みの種だった山賊は、アルレッキーノ殿が撃退してくれたんじゃ。それでよかろう」
「っ…………あぁ。あいつら、もうこの村は襲わないって、誓ってたからな。大丈夫だろ」
言葉が少し、ぎこちなく発された。
表情が変わらないことを、この時ほど感謝したことはなかった。
「えっと、あのね、わたし、寝てたからよく分かんないんだけど」
「ん?」
足元に縋りつくノエルが、くいくいと蓑を引っ張っていた。
「アル、またあの時みたいにわたしを――――ううん、わたしたちを、助けてくれたんでしょう? すっごい魔術を使って、ヒーローみたいに! それだけは、分かるの! だから、ありがとっ」
「……あぁ」
無邪気な笑顔が、キラキラとした視線が心に刺さる。
……ごめん、ごめんな、ノエル。
お前が名前の元にしたような、お調子者のピエロみたいには、いかなかった。俺はお前を助けるために――いや、そのためですらなく――、最低な手段を取ってしまった。人を殺すという、最低な手段を。
俺とハサンが、生涯を通して隠し通したとしても、その罪だけは消えはしない。
俺が、一生背負っていかなければならない罪だ。
「おぉ、そうだ! アルレッキーノ殿、あなたたちに渡したいものがあるんだった」
突然そう言うと、村長は懐からなにやら古い紙を取り出した。
幾重にも折り畳まれたそれは、広げると結構な大きさになった。村長とリュア、そしてノエルで支えながら開いて見ると、それは、古い地図のようだった。地名などは書いていないが、森や山などが絵で記されている。
「村長。これは?」
「これはですな、家の中で見つけた古地図ですじゃ。ずいぶん昔に作られたので、今とどれほど整合性が取れているかは、疑問符が付きますがの…………アルレッキーノ殿は、ノエル殿と旅をされているとのことで。老いぼれの家から出てきた老いぼれ地図ですが、旅のお役に立てればと思いまして」
「これ、貰っていいのか?」
「はいな。どうぞ、貰っていってやってください。爺の家で埃をかぶっているより、何倍もよいでしょう」
「おぉ、助かるぜ。ありがとうな、村長!」
ここで地図が手に入るのは、非常にありがたかった。
基本は地面に刻まれた轍を辿る旅路だが、その轍も月日と共に薄くなっていく。ノエルの住んでいた場所の手掛かりは、今のところ、ビゾーロの農場まで馬車で一週間以上かかる、ということくらいなので、地形が大まかにでも分かるだけありがたい。
ステュクス村は轍の行き止まりだ。このまま分岐点まで戻ってもいいが、この地図で見る限り、どちらの道を行ったところで大差はない。どの道、馬車で一週間以上もかかる距離なら、山の向こうにある森を越えなくてはならない。
「村長。この森について、なにか知ってるか?」
「……『惑いの森』ですか。噂程度には…………なんでも、侵入者は二度と生きて帰っては来れない、魔の森だと聞いております。まるで、森そのものが一個の魔物のようだと」
「森そのものが、ねぇ……」
まぁ、もしそうだとしたら、寧ろ戦いやすいかもしれない。
俺の魔術は大地を操る力。土台が大地でできている森が相手なら、主導権も握りやすいだろう。森というからには樹々が襲ってくるのかもしれないが、その時は土で潰してやればいいし。
「よしっ、当面の目標は決まったな。ノエル、今度は森の中になるけど、大丈夫か?」
「アルが一緒なら、大丈夫! だって、アルはすっごい魔術師なんだもん!」
「あはは……何回言うんだよ、それ」
まぁ、言われれば言われる分だけ、嬉しいんだけど。
――――さて、行き先は決まった。
俺は今回、大きな罪を犯した。『悪』を倒すためという、『正義』による罪だ。
人殺しという汚点を、俺は二度と忘れることはないだろう。
その罪を購うためにも、ノエルの家族を見つけ出す。
善行で悪行は帳消しにならない。それは、ハサンの言う通りだ。
それでも、少しでも『悪』を為した罪滅ぼしをするためにも。
この娘の笑顔を、死んででも守ろう。
そう、誓いを新たにするのだった。
これにて第1章『山賊討伐編』は終了となります!
ご愛読ありがとうございました!
明日の22時頃からは第2章『森の賢者編』をお楽しみください!




