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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第0章 奴隷村潰滅編
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第2話 運命の邂逅


「オラぁっ! ぼさぼさしてんじゃねぇぞガキ共ぉっ! しっかり働けぇっ! キビキビ働けぇっ‼」


 今日もまた、畑に怒声が走る。

 俺の視界の端にある、掘っ立て小屋みたいな家。そこの主人であるビゾーロ=パンタローネのだみ声は、朝一番に聞くには刺激的に過ぎる。ぞろぞろと少年少女が家の中から出てきては、各々農具を手に取り、文句を言うこともなく農作業を始める。

 これが、この農地の――――この村の、日常だった。


 俺がかかしとして転生して――――もう、一〇年が経った。


 この一〇年、これといった変化はない。なにも変わらず、畑の片隅に立っているだけだ。

 後々考えてみればきっと神様かなにかだったんだろうあの醜男からすれば、この世界は俺にぴったりの世界なんだと言うが、その意味も分からない。なにせ動けないし喋れない、話し相手と言えば小鳥くらいな一〇年間だったのだ。考える時間ならうんざりするほどあって、それでも結局分からなかったのだから、もうお手上げである。


 でも、この世界についてだったら、少しは分かったことがある。


 まず俺は、小鳥と喋ることができる。

 鳥たち曰く、それは特殊でもなんでもなく、かかしだったら当たり前のスキルなのだという。俺が元いた世界でもそうだったのかと訊いてはみたが、鳥たちはまず異世界という概念が理解できなかったようだ。まぁ常識的に考えてかかしと鳥が社交的に喋るだなんて、元いた世界じゃ考えられない。なので、かかしと鳥が喋れるのは、この世界限定のスキルだと言っていいだろう。


 次に、この村についてだ。

 村――――思わず村なんて表現を使ったけれど、しかし小鳥たちに言わせれば最早村と言っても差し支えないほどに広いらしい――――この農場は。

 俺が立っているのは、ビゾーロ=パンタローネの持つ大量の畑の一つに過ぎないという。農商である奴は、ちょっとした村一つ分にも匹敵する広大な農場を所有しており、莫大な収穫量を誇っているという。

 確かに、収穫期にはテレビでしか見たことのないような、大量の農作物が馬車で運ばれていくのを見たことが何度もある。


 だが、この村には大きな問題がある――――働いている、いや働かされている少年少女についてだ。


 彼ら彼女らは全員が、ビゾーロに買われてきた、奴隷だというのだ。


 人身売買が、この世界では当たり前に行われている。ビゾーロは奴隷を使って広大な農場を経営し、その売り上げでまた新しい奴隷を買い、さらに収穫を増やすという循環を行っているのだという。


 尤も、問題はそれだけじゃない。

 好色家であるビゾーロは、夜な夜な少女たちの身を穢しているという。押し殺したような悲鳴や、下卑たビゾーロの声は、今まで嫌になるほどに聞いてきた。奴隷に、人権なんて真っ当なものはない。金で買われた以上、労働力も純潔も全て、ビゾーロのものだというのだ。


 吐き気がするほど、胸糞悪い。


 だけど、それさえまだましだということがある。

 小鳥に聞いた話だと――――この異世界には、魔物と呼ばれる存在がいるらしい。


「チチチチ。本っ当に、なんにも知らないんだな。かかしは気楽でいいもんだな」


 初めて魔物の存在について話した時、小鳥はあからさまにバカにした声音でそう言ってきた。

 なんにも知らないのは当たり前だ。俺はこの世界で生まれたわけじゃないんだし、そもそもかかしなのだ。自分でなにかを調べることもできない。


「チチチチ。魔物ってのはな、肉や骨じゃない、魔力でできた化物だ。人でも、俺ら鳥でも、生きている奴らはみんな魔力を持っている。多かれ少なかれな。奴らはそれを狙って、人でも俺ら鳥でも食べちまうんだ。おっそろしい奴らばかりだぜ、魔物は。チチチチ」


 魔物、と言われて俺が真っ先に思い浮かべるのは、TRPGで出てくるような怪物たちだ。

 ドラゴンやスライム、クラーケンなんかがそうなのかな? そう考えると、小鳥は「チチチチ」と笑ってきた。


「なぁんだ、有名どころくらいは知ってるんじゃないか。てっきりなにも知らない能無しかかしかと思ったぜ」


 大きなお世話だ。

 けど幸いなことに、俺は転生してから一〇年間、一度も魔物を見たことがない。平穏なのはいいことだ。ビゾーロはどうでもいいが、子供たちは奴隷としてこき使われ、その上魔物の脅威にまで曝されたんじゃ、堪ったものじゃないだろう。

 と、最初の一年弱は思っていられた。


 ある日、俺はこの村が魔物に襲われない理由を知った。


 小鳥が教えてくれたんじゃない。直接その場面を、俺は見てしまったのだ。

 一人の少年が、死に装束のような真っ白な衣装を着せられ、畑の横に立っていた。ビゾーロは肥え太った身体で彼に近づき、頭からなにかをぶっかけたのだ。服や髪に絡みつくそれは、油のようだった。

 ――――後に、それは獣の肉を煮詰めた煮汁だったと、小鳥たちの言葉から知る。

 そのままビゾーロと少年は馬車に乗って――――ビゾーロ一人だけが、にやにやと笑いながら帰ってきた。

 不思議に思った俺は、小鳥たちに訊いてみた。すると、こんな答えが返ってきた。


「チチチチ。あぁ、そりゃ生贄だ。獲物はあげますから、自分たちは襲わないでください、っていうな。意味が通じてるかは、分かんねぇけどな」


 …………生贄?

 つまり、ビゾーロは金で買ってきた奴隷の少年を…………魔物に、食わせに行ったのか?

 信じられない。そんなことが許されるのか? 正に鬼の所業だ。人間のやることじゃない。

 そう思うと、小鳥は肩に乗り、また『チチチチ』と鳴いた。


「お前はすげぇな、かかし。そんな正しいこと、思ったって苦しいだけじゃねぇか。だから、この世界ではみんな、そんな『正しさ』から目を逸らしてる。そうじゃねぇと、理不尽で胸が焼けちまうからな」


 正しいもなにも、ないじゃないか。

 ただの当然だ。当たり前のことだ。人の命を、ビゾーロは、なんだと思っているんだ。


「チチチチ。立派な考えだとは思うが、やめときな。辛いだけだ。お前さんはただのかかしなんだ。いつか壊れてかまどにくべられる日まで、せめてなにも考えずに生きていきなよ。その方が、まだ幸せだぜ」


 そう言って――――小鳥は二度と、俺のところへは来なかった。

 一〇年間。その時間は、まざまざ見せつけられる理不尽が癒えるには短過ぎた。寧ろ、日に日にビゾーロへの憤りは大きく膨らんでいくようだった。


 けれど、俺はかかしだ。


 自分一人じゃ動くことも、喋ることさえできないただの人形。


 なにもできない――――その歯痒さを、ただただ堪えることしかできない。

 そんな自分の体たらくが、最も苦痛だった。





「おぉいっ! 聴けお前らぁっ! 今日から新入りが入るぞぉっ!」


 一〇年の間に、俺の心はボロボロになっているのが分かった。

 怒り続け、憤り続け、その矛先になるものが自分しかない状況は、じわじわと心を壊していく。すっかり摩耗した心は、寝る必要のないかかしの身体にさえ、睡眠にも似た忘我の時間をもたらす。


 朝一番の、脂ぎった声に叩き起こされるようにして、俺は視界の端を覗いた。

 掘っ立て小屋の前に、ビゾーロと並んで、小柄な少女が立っていた。

 きっとまた、どこかの村から買われてきたのだろう。まだ小綺麗な格好をして、首には少女の体躯には見合わないほどに大きなマフラーを巻いている。手に持っている荷物は、必要最小限以下のこじんまりしたもので。


 そのあどけない顔に、一瞬、目を奪われた。


 目は宝石のように輝く、煌びやかな闇色。

 足元まで伸びるのは、夜を染め抜いたような漆黒の髪。

 奴隷という一言で片づけるには、あまりにも可憐な少女は――



「は、はじめましてっ! ノエル、と申します。こ、これから一生懸命、がんばりますので…………あの、その、よ、よろしくお願いしますっ!」



 ――後に、運命の出会いだと分かるけれど。

 この時にはまだ、俺にはノエルという少女を憐れむことしかできなかった。


 ちょっと胸糞展開ですが、物語的にはまだまだプロローグです。

 物語を進める上で必要な、状況説明と思って、どうかご勘弁を……。

 次の更新も30分後予定です!

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