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かかしに転生した俺の異世界英雄譚  作者: 緋色友架
第1章 山賊討伐編
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第17話 悪を駆逐するのは

【注意】

 胸糞心理描写注意です。苦手な方はご留意を。


 かかしの身体は、呼吸をしていない。

 だから、思い切り叫んだ後でも、俺の喉はフラットだった。痛むことも、荒ぶることもない。過剰に空気を求め、ぜーはーと息を吐くこともない。

 なのに。


「…………!」


 息なんかしていないのに――――息が、荒くなっていくようだった。

大地の蠢動(グランドムーブメント)』を解除し、地面に降り立つ。血の臭いが色濃く残っているであろうそこに、自分の身体を近づける。

 俺が怒りのままに、振り下ろした巨大な拳によって、地面は凹み、クレーターのような様相を呈している。

 その底で――――山賊たちが、潰れて死んでいた。


「……ぅ、ぇええ……」


 思わず、嘔吐く。

 吐けるものなどなにもないのに。口もないのに。

 胸が禍々しいなにかでいっぱいだった。

 できることなら、それを吐き出して楽になりたかった。


 俺は今――――人を、殺したのだ。


 クレーターの底で、山賊たちは間違いなく息絶えている。見ればすぐにそれと分かる。全身は潰れ、中に入っていた内臓は堪え切れずに破裂し、体外に飛び出している。割れた頭部からは橙の脳が液状になって漏れ出し、まるでウニでもばら撒いたかのようだ。圧力に耐えられなかった身体は――――あぁ、もう無理だ!

 見たくない! 認めたくない!

 俺が、俺がやってしまったのか?

 だって、仕方ないじゃないか。相手は山賊、俺のいた現代社会にて言い換えるなら強盗団だ。犯罪者だ。それも、人間を食うという大罪を犯した、大犯罪者だぞ。殺されたって、仕方ないじゃないか。

 ――――と、他人事なら言えるのだろう。

 でも、今回殺したのは、他ならぬこの俺だ。

 魔力を使って、魔術を用いて、山賊と言えども人間を殺したのは、紛れもなく俺だ。

 まるで、魔物と同じように――――


「っ、違う! 違う、違う違う違う違う違う違う違う! 俺は、俺は……!」


 首を振って否定しても、目の前の死体は消えない。

 俺が殺したという事実は、消えてくれない。


 だって、だって仕方ないじゃないか。

 俺だって、殺したくて殺したんじゃない。魔物みたいに、魔力を目当てに殺したんでもない。

 山賊たちが、そもそも悪いんじゃないか。こいつらが、子供たちを攫って食ったりしていなければ、俺だって、こんな強硬手段に出ることはなかった。ちょっと一発、大きめの魔術を見せつけて威嚇して、もう二度と悪さはしないと誓わせて――――そのくらいの筈だったんだ。その程度で、終わらせる筈だったんだ。殺すつもりなんて、最初は全然なかったんだ。

 なのに、あぁ、殺してしまった。

 取り返しのつかないことをしてしまった後悔が、波のように襲い掛かってくる。まるで押し潰されるようだ。傷だらけになった身体が、このまま折れてしまいそうになる。

 息苦しい。息なんてしていないのに。

 胸が痛い。痛みなんて感じないのに。



『君に、ピッタリの世界がある。君が我慢できないほどに、「悪」に、「間違い」に、「過ち」に満ち溢れた世界だ』



 俺をこの世界に転生させた、ボロボロの神様の言葉が思い起こされる。

 あぁ、そうだ。俺は我慢できなかったんだ。山賊たちの『悪』に。『間違い』に。『過ち』に。

 でも、自分の命を擲ったあの時とは、全然違う。

 俺が今奪ったのは――――自分でなく、他人の命だ。

 他人の『悪』を、『間違い』を、『過ち』を糾弾するために、その命を奪った。

 命を奪うことが、『悪』ならば。

 俺の行いそのものさえもまた――――『悪』なのだと、そうは言えないだろうか。

 俺は、俺は『正義』なんか実行していない。できていない。

 俺が行ったのは、『悪』に対する『悪』だけだ。一方の『悪』に対して、別の『悪』をぶつけただけじゃないか。こんな、こんな法律もなにもない世界で。

『悪』を打倒した自分こそが、『悪』なのではないかという、悍ましい自問自答。

 答えは出ている筈なのに、心がそれを受け付けない。激しい拒否反応は、苦悶となって痛みなきかかしの身体を傷つける。


「……と、取り敢えず、これは……どうにか、しなきゃ」


 どうにかしなきゃ。

 そんな、曖昧然とした言葉が、口を衝いて出ていた。

 どうにかするって、どうするというのだ? なにをどうしたところで、奪った命が戻ってくる訳でもない。それとも、そんな魔術でも探すというのか? 死人さえ生き返らせるような魔術を? あり得ない話ではないかもしれない。魔術の元は魔力という生命エネルギーだ。なら、理論上、他人への治癒魔術なども可能だろう。

 けど、相手は人食いという『悪』を為した山賊だぞ?

 生き返らせてどうしろというんだ。寧ろ死んだ方がよかったんじゃないのか?

 なら、山賊を殺した俺は『正義』なのか?

 もしそうなら、俺はこんなに考え込んだりしないだろう。もっと晴れ晴れとした気持ちでいる筈だ。相手は魔物じゃない、元の俺と同じ、血が通い理性を伴った人間だったのだ。その命を、俺は無慈悲に摘み取ってしまった。

 どうにかしなきゃ。

 でも、どうにもできない。

 どうすることも、できやしない――――


「……か、隠さなきゃ。バレないように、そうだ、バレないように……」


 気が付けば俺は、魔術で土を操り、目の前のクレーターを埋めにかかっていた。

 隠さないと――――その発想は、極々自然に頭に湧いていた。

 誰から? それは、ノエルやリュア、それに他の子供たち、そして村の人たちから。

 バレないように。

 俺が、山賊を殺したことがバレないように。露見しないように。

 幸い、大地を操るのは俺の得意とするところだった。現場が山だったのが、不幸中の幸いだった。周囲の泥を、土を、緑さえも根元の地面ごと自在に動かし、巨大な穴を埋めていく。

 焚火の痕跡ごと。

 血に濡れた凶器ごと。

 潰れた死体ごと。

 全て全て、埋めて隠していく。そこに誰かがいたという、痕跡自体ないかのように。

 ほんの数分で、隠蔽作業は終了した。事が起きたのを知っている俺ですら、注視しないと周囲との違いは分からない。よもや事情を知らない人間が、ここで山賊たちが殺されたことを知るのは不可能だろう。

 もう誰も、俺を咎めるような人はいない。

 何故なら、俺の犯行は誰にも露見しないから。

 俺が山賊を殺した証拠など、もうどこにも残っていない。

 どこを探しても、もう見えない。


「…………は、あははは、はは……」


 そう思うと、自然に笑い声が込み上げてきた。

 そうだ、もう終わったんだ、全部。

 帰ろう。ステュクス村へ。みんなが待っている。

 なにも知らないみんなが、子供たちの帰りを心待ちにしているんだ。

 リュアも、そしてノエルも――――一緒に帰ろう。

 それで、今回の件は終わり――


「へぇ――――やっぱ、凄いのね。あなたの魔術って」


 突然の声に、俺は一瞬固まった。

 山賊が拠点としていたと思しき、眼前の洞穴。

 そこから這い出てきたのは――――顔の下半分を布で隠した、一人の少女だった。



 思い悩むアルレッキーノの前に現れたのは……⁉

 次回更新は明日の夜10時頃! お楽しみに!

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