第16話 欲は人を惑わす
【注意】
今話はグロ表現注意です。苦手な方はご注意ください。
山賊が名前の通り、山にいてくれるなら――――その居場所を探し出すことは、俺にとってさほど難しくはない。
リュアの家の裏口から山へ入り、少し上った山の中腹付近。俺はそこに突っ立って、じっと足元から魔力を山に注ぎ込んでいた。内から込み上げてくる魔力は、まるで無尽蔵だ。底が見えない。我ながら恐ろしいほどの魔力量だと思う。今回はそれが、最高にいい方向に働いてくれた。
俺の魔術は、大地を操る魔術だ。
大地に魔力を注ぎ込み、自分の手足のように扱うことができる。
手足なら――――そこに感覚があるのは当然だし、誰かがいれば、それを感じ取ることも可能だろう。
実際、『黄泉王の巨腕』や『根堅洲國王の怪腕』を使っていた時、俺は手で地面を触っているかのような感触を得ていた。かかしに転生して一〇年、久方振りに感じた触覚だ。忘れられる筈がない。
今度はそれを、捜索範囲である山全体まで広げているだけ。
感触を確かめるように、山の部分部分を不規則に揺らしながら。
山において不自然な感触を――――人間の感触を、探し出す。
「――――見つけたっ!」
思わず声に出して、俺は顔を上げた。
遠いからかかなり微弱だが、それでも、不自然な感触。
人間の感触――――しかも、数が複数だ。驚いたように、どたばたと移動しているような感触もある。間違いない、山賊の一味だ。
ここからなら、二分もあれば着く距離だ。俺が全速力でかっ飛ばせば。
「『大地の蠢動』!」
魔術の名前を叫び、足元の地面に魔力を注入する。
土を高く伸ばし、鬱蒼と茂る樹々の高さを超える。魔力で感知しているのに、俺が目視で見逃していたら本末転倒だ。良好な視界をキープし、そのまま地面を波立たせる。
凄まじい速度で、樹の上を跳び越すように移動する。
例えるならこれは、鳥の視点だ。広げっ放しの両腕で風を切り、月の照らす山中を駆けていく。
一分一秒でも早く。
ノエルや、他の子供たちの安全を祈りながら。
出し得る最大限の速度で、俺は大地を動かした。
「待ってろよ! ノエル! リュア!」
叫びを上げてから、およそ二分後。
俺は、山賊のアジトに到着した。
†
「…………⁉」
俺は、真っ赤なボタンで代用された目を疑った。
夢でも、それもとびっきりの悪夢でも見ているのかと、頬を抓りたい衝動に駆られた。だが、伸ばしっ放しの丸太の腕じゃそんなことは叶わないし、なにより俺には指がなかった。
山そのものから延ばした、土製の回廊の先に立つ俺の、遥か眼下には。
信じがたい――――いや、信じたくない光景が広がっていた。
「う、うわぁっ⁉」「な、なんでこいつがここに⁉」「お、おいお前ぇっ! どうして、どうしてこの場所が分かったんだっ⁉」
「なんでもどうしても、ないだろうよ…………そうじゃ、ねぇだろうよ……!」
狼狽える山賊に対し、思わず声が震える。
たじろいだ男の足元で、焚火がメラメラと音を立てて燃えている。ぴちゃっ、と水の跳ねる音が、男たちの脚から僅かに聞こえた。
恐らく寝床にしているのであろう、奥が闇で見えないほどに深い洞穴。
正面の地面に無造作に転がるのは、太い鉈や、尖った木製の杭。
月明りと燃え盛る炎が、煌々と照らす先には――
「お前ら――――それは! それは、なんなんだよっ⁉ どうして…………どうして、人間を食ってるんだよっ⁉」
焚火でパチパチと音を立てて焼かれていたのは、串刺しにされた子供の胴体だった。
串に刺して、BBQのように焼かれていたのは、切断された子供の手足だった。
男が涎を垂らして頬張っていたのは、茹でられた女児の頬肉だった。
別の男がむしゃぶりついていたのは、こんがりと焼かれた男児の臀部だった。
山賊たちは――――攫った子供たちの何人かを、調理して、食っていたのだ。
地面は夥しい量の血で濡れ果て、そこだけ土の種類が違うかのように真っ赤だった。解体に用いたのであろうナイフや鉈はそこら辺に無造作に転がり、俺という外敵が現れたというのに、男たちは手にした肉片を手放そうとはしない。それどころか、敵が眼前にいる緊張感さえをも空腹が凌駕したように、手にした肉に噛みつく奴もいた。
「お前ら…………なにを、なにをやって――」
「う、うるせぇんだよっ! そっちこそなんで、魔物が人間の味方してんだよ!」
山賊の、首領と思しき男が口汚く吠えた。
魔物、だって? 俺が?
……ふざけるなよ。そんなこと――
「人間の味方している魔物なんかに、俺たちのことをどうこう言われる筋合いなんざねぇんだよ! 俺たちゃ山賊! 奪って犯して殺してなんぼだろうがよぉっ! お前ら、殺っちまいなぁっ!」
首領の号令を契機に、山賊たちは俺に魔術を放ってきた。
風の魔術は、目に見えにくい。気が付けば、丸太でできた腕に傷がついていたり、胴体に刺されたような傷跡がついていた。痛みを感じない木製の肉体は、瞬く間に傷だらけになっていく。なのに、毛ほども痛みを感じはしない。
その、筈なのに。
胸の辺りが、締め上げられるように痛かった。
俺が、魔物だって?
…………それは、違う。違う筈だ。違うと、そう言ってほしかった。
リュアは、俺の願う通りに、否定をしてくれた。
ノエルは、こんな得体の知れない俺に懐いてくれて、優しい言葉をかけてくれた。
……なのに、こんな奴らに言われた程度で、胸が痛む。
こんな、こんな奴らに。
薬で村中の人間を眠らせ、その隙に子供を攫って。
人々の不安を煽り、食糧前部という理不尽な要求をし。
しまいには、攫った子供を解体して、食うような、そんな――
――そんな、魔物と変わらないような連中に!
「ちぃっ、全然効いてねぇじゃねぇか! おいお前ら、首だ! 首を狙え! どんな魔物だって、首さえ落としゃ――」
「…………がう」
「あ?」
「俺は――――魔物とは、違う! お前らなんかと、違うんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」
怒りの号砲を挙げ、俺はがむしゃらに魔力を放出していた。
我慢の、限界だった。
覚えたのは単純な怒りと、そして、嫌悪感。
人間でありながら、同じ人間を食べるという禁忌を犯した山賊たちを――――俺は、どうしても許せなかった。
視界に入れることさえ、汚らわしくて。
滅茶苦茶に、今まで修行の中でもやったことがないほどに、地面に激しく魔力を注ぐ!
「な、なんだこれ――」
「間違ってる……お前らは、間違ってるだろうがよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」
気が付けば、俺の背後には。
今まで見たことがないほどに、巨大な土製の拳が振り上げられていて。
それは一片の躊躇もなく――――山賊たちへ、振り下ろされた。
「――――『激・黄泉王の巨腕』っ‼」
純粋な怒りでできたその魔術に、名前を付けることを俺は躊躇わなかった。
自分のことしか考えないで、平気で他人を利用し、あまつさえ約束を平然と破り。
子供をなんの慈悲もなく殺し、茹で、焼き、刻み、調理して、食い散らかし。
俺のことを魔物だと断じたこいつらを――――俺の大事な人を傷つけたこいつらを、許すことはできなかった。
巨腕の拳が、振り下ろされる。
その瞬間、山が割れんばかりに揺れ動き――――その場にいた山賊全員が、潰れて死んだ。
山賊を見事撃破! しかし、その時アルレッキーノは……?
次回更新は明日夜10時予定! お楽しみに!




