第12話 魔力について
「さっきは挨拶もなくて悪かったねぇ。はいこれ! さっきのお礼さ、よかったら食べてくれ!」
「は、はぁ……どもっす」
「しっかし本当、不思議な人だねぇ。人、なのかい? 不思議なかかしだねぇ、あんた」
「は、はははは……」
もう何度目になるか分からない、愛想笑いの応酬。
山賊を追い払ったことで、どうやら村人の、俺に対する見方が変わってくれたらしい。しかも一八〇度。好意的な目で見られるのはありがたいが、奇異なものを見るような目だったのは変わらなかった。まぁ、仕方あるまい。
山賊を追い払った礼と称して、リュアの家には様々な食糧が届けられていた。
どうやらリュアは、元からこの村の用心棒を生業としていたらしく、報酬として食べ物を貰うのは昔からの習慣なのだという。今まで何度も、山賊やごろつき、魔物たちからこの村を守ってきた、謂わば英雄なのだと村人は称していた。
それを聴いて、リュアは終始、恥ずかしそうに顔を赤らめて笑っていた。
頬を掻きながらはにかむその姿は、年相応の女の子といった感じで非常に可愛らしい。
そんな彼女でも驚くほど、今日の『お礼』という名の報酬は多かった。玄関の前には食べ物が山積みされ、リュアとノエルが家の中に運び込むだけで大変そうだった。
俺が手伝えればよかったのだが、残念ながら俺の腕は、背中に括りつけられた一本の丸太だ。そう自由な動きはできない。
「ごめんな。ノエル、リュア」
「んー?」
「いや、俺が手伝えれば、もっと早く食事にできただろうし……その、申し訳なくてな」
「んー、そう? アルは、気にし過ぎだと思うけどなー」
「そうだねぇ。あたいもノエルに同感さ。寧ろあんたが大活躍してくれたおかげで、こんなに食糧を貰えたんだ。あたいとしちゃ、感謝こそあれ、恨み節は一個もないねぇ」
「そう、か?」
「そうだよ。さて、んじゃ遅くなっちまったが、夕食にしようか。ノエルも、スープだけじゃ腹が減っただろう? 待ってな、リュアちゃんがお手製の料理をたんまりと振る舞ってやるよ」
「本当⁉ わーい! リュア大好きー!」
「いっひひひひ、くっつくなって。料理ができないだろぉ」
くすぐったそうにじゃれ合う二人。
なんだろう、まるで姉妹みたいだ。いつでも笑顔を絶やさないようにしていたノエルだったが、こんな朗らかな笑顔は初めて見た気がする。
やはりあの環境下で、ノエルはノエルなりに気を遣っていたのだろう。
最悪な形でとはいえ、楔から解き放たれた今のノエルの笑顔の方が、俺は好きだ。
純真で、一点の曇りもない笑顔が。
俺の守るべき、俺の宝だ。
「…………なんだい? ジーっとこっちを見ちゃって。かかしだからって、視線に気づかれないと思っちゃいけないよ? リュアちゃんのおっきなおっぱいに夢中ってかい? アルレッキーノ」
「あ、あぁいや、すまん。別に変なとこを見ていた訳じゃ……」
「冗談だよ。ってか女の子のチャームポイントを変なとこ呼ばわりはしないどくれよ。――――さて、食事の準備をするから、ちょっくら待っといてね。ノエル、美味しい手料理、期待しといてくれよぉ!」
「はーい!」
無邪気に手を挙げ、囲炉裏の傍に座りながらそわそわと待つノエル。
そのあどけない調子こそ、彼女が会いたいと切望する家族の前で見せるような、本来のノエルなのだろう――――彼女のこんな無邪気さを、守り抜きたいと、俺は何度目になるかも分からないほどに、考えていた。
†
聞けば、リュアは両親を魔物に殺されていたのだという。
とはいえ、本人も幼い頃だったから、まるで記憶がないとも言っていた。両親を知らず、魔物への恨みと共に育った彼女は、物心ついた時から魔術の練習を繰り返していたそうだ。
一人暮らし歴も、自慢できるほどに長いと話していた。
その言に違わず、リュアは非常に料理上手だった。手際がいいし、食材の扱い方がまず違う。料理なんて、学校の家庭科の授業以外でした覚えのない俺だけど、それでもリュアが料理を得意としていることは一目で分かった。
ほんの小一時間で、囲炉裏の周りには大量の料理の皿が並べられていた。
ハンバーグに、八宝菜、ニラの卵とじに、炒飯か? ありあわせの材料で作ったから多少色味やイメージは違うが、こっちの世界の料理は、俺の元いた世界のそれと見かけはあまり変わらなかった。
俺自身がかかしで、物が食えないからか、そこまで強い興味は引かれなかったが。
ノエルは、目の前に並べられたご馳走に、目をキラキラと輝かせていた。
「ねぇリュア! これ、これ食べていいの⁉ 全部⁉ 全部食べていいの⁉」
「全部はよしてくれよ。あたいの取り分もあるんだから。まぁ多めに作ったし、好きなだけ食っていいよ」
「わーい! ありがとうなの! いっただっきまーす!」
両手を合わせ、高らかに挨拶すると、ノエルはもりもりと目の前の料理を食べていった。
彼女にとっては久し振りの、まともな食事だろう。ビゾーロの農場で、奴隷だった少年少女たちがどんな食生活を送っていたかまでは、俺は把握できていない。けど、あの男のことだ。きっと酷い生活だったのだろう。
そんな状況から抜け出して、最初の食事にしては、豪華過ぎるくらいだ。
いっひひひひ、とリュアが柔らかく笑った。
「あたい、物心ついた折から一人で、家族ってのがよく分かんないで生きてきたんだけどさ…………妹がいたら、こんな感じなのかねぇ。なんか、無性に可愛らしいや」
「……その気持ち、俺も分かるぜ」
「これでアルレッキーノがお兄ちゃんだったら、あたい的には完璧なんだけどねぇ。今はまだまだ、手がかかる弟ってとこかな?」
「へっ……悪かったな。魔術もロクに使えない弟でな」
「冗談だって。いっひひひひ、でもそうやってすぐ拗ねるところは弟っぽいかな」
さて、と。
リュアは自らが作った料理を食べながら、俺に話を始めた。
魔術を使いこなすための、一種の講義を。
「んじゃ、弟からお兄ちゃんにランクアップしてもらうためにも、あたいが知る限りの魔術のあれこれを教えていこっかな。アルレッキーノ。まず、魔術を使うのに必要なものはなにか、知ってるかい?」
「……そりゃ、魔力なんじゃないのか?」
「正解。じゃあ、この魔力がなんなのかってとこまで突っ込んで訊かれても、分かるかい?」
「…………いや、それは」
分からない。
昔、小鳥が教えてくれたのは、魔物は肉や骨でなく魔力でできている、ということだけだった。そして、俺がダークドラゴンを打倒するために、無我夢中で繰り出したのが魔術だと言ったのは、今、もりもりと料理を平らげていっているノエルだ。
魔力と、魔術。この二つを、俺は連想ゲームのように結び付けて考えていたが。
よくよく考えると、出てきた文脈があまりにも違い過ぎて、両者を結びつける接点も分からない。魔力って、そう言えば一体なんなんだ?
「ん、分かんないみたいだね。魔力ってのは、生物みんなが持っている生命エネルギーを原料とした、超常の現象を起こすための動力さ。その魔力を放出して操るのが魔術で――――ついでに言っちゃえば、身体が魔力でできているのが、魔物って訳」
「魔力は……人間なら、誰でも持ってるって訳か?」
「正確には、生物ならどんなものでも、かな。鳥とか虫とかまでは知らないけれど、少なくとも樹木は、魔力を持っている。魔力っていうか、その元になる生命そのもののエネルギーだけどね。要は生きていればみんな、魔力を持ち得るってことさ」
「樹木は、ってことは、俺の魔力は、俺の材料になっている木材が持っているってことなのか?」
「そこまでは知らないけど……切られた時点で樹って死んじゃう訳だし、それはないんじゃない? 多分、木や藁に魔力が溜まっているのは間違いないだろうけど…………魔力があるってことは、イコールで生きているってことだしね」
「……そうなると、俺って魔物となにが違うんだろうな」
「意識じゃない? 大抵の魔物は、人間を食うことで魔力の消費を補おうとするし…………それをしない、寧ろ魔物を倒す側に回るってことは、そりゃ魔物じゃないでしょ」
「……そう、なるのかな」
「少なくともあたいは、そう思ってるよ。ノエルを助けたのも本当っぽいし、さっきも助けてもらったしね。村のみんなも、そうなんじゃないかな」
「……そう、だな。うん、その通りだ。大体、俺が何者かなんて、俺の目的を果たす上でなんの関係もないことだしな」
「いっひひひ、いい感じに前向きになったじゃん。そういう男は好きだよ。さて、そんじゃあ話を本筋に戻そうか」
スープをごくごくと、熱なんかまるで感じていないかのように飲み干しながら、リュアは言った。
そうだ。核心はそこじゃない。今はそんな、重要じゃないことを考える時間じゃない。
俺の力を高めること――――ノエルを守る手段を得ることの方が、よっぽど重要だ。
「さて、どこまで話したっけね――――そうそう。人はだれしも、生命エネルギーを持っていて、それを魔力に変換することができる。で、その魔力には向き不向きってのがあって、例えばあたいは火の属性の魔術との相性はいいが、地の属性の魔術とは相性が悪い。あたいは、アルレッキーノみたいに地属性の魔術は使えないんだよ」
「ふむ。じゃあ逆に、俺も火属性の魔術は使えない、ってことになるのか?」
「多分ね。まぁ中には二種類以上の魔術を扱える器用な奴もいるけど、あくまで理論上の話だし、少なくともあたいは会ったことがないからねぇ」
「その、属性っていうのはどれくらいあるんだ?」
「地属性に火属性、それにさっきの山賊が使ってた風属性と、あとは水属性だね。稀に光属性とか闇属性っていう魔術を使う奴もいるらしいけど…………これも噂の類だねぇ。あたいは会ったことがない」
となると、基本属性は地水火風の四種類ということか。
で、俺に適した魔術属性は、地属性、って話か。なるほど、これならゲームみたいで分かりやすい。
「あたいの場合、魔力を直接炎に変化させる訳だから、イメージとしては自分の中にあるエネルギーを外に放出する形かな。槍を使うのは、それを通して魔力を放出するっていう、一つのイメージを形作りやすいからなのさ。だから、槍がなくても慣れれば魔術は使えるけど、ないと大した芸当はできないって感じかな」
「そうなのか。……悪かったな、槍、壊しちまって」
「気にしないでいいって。どうせあれは木製の筒。すぐに代わりは作れるしね」
「そう言ってもらえると、ありがたいな」
「んでまぁ話を戻すんだけど、アルレッキーノの場合は魔力を自分が立っている地面に注ぎ込んで、直接動かして操るって形の魔術だろう?」
「んー、確かにそうなるな」
今まで俺が魔術を使った時は、本気で無我夢中だったけど。
リュアみたいに、無から炎を作り出すようなことは、そう言えばなかった。あくまでそこにある地面そのものを操る、そんな魔術だった。
「だから、身体の中にある魔力ってエネルギーを、地面に移していくようなイメージが有効だと思うんだ。魔力を注ぎ込んだ地面を、自分の身体の一部みたいに考えて、動かすって感じ。多分だけど、それが一番いいと思う」
「……想像するのは簡単だが、やるのは難しそうだな」
「その心配は無用さ。あたいの家の裏は山になってんだけど、そこを貸したげるよ。好きなだけ練習すればいい。あ、土砂災害とかは起こしてもらっちゃ困るから、そこだけは注意してくれよ?」
「あぁ、分かった。なにからなにまで、ありがたいぜ」
「よせやい。あたいはあんたらに詫びと礼がしたいんだ。このくらいは当然さ」
で、だ。
リュアは身をずいっと乗り出して、さらに続ける。
「いきなり漠然としたイメージでやったって、成功する確率は低い訳さ。そこで、だ。魔術の成功率を格段に向上させる、一つのコツがある。あたいが考案したものだが、その効果は確かさ」
「ほ、本当か? 是非教えてくれよ!」
「あぁ、いいともさ。そのコツってのはね――」
と。
リュアが得意気な顔でその『コツ』を口にしようとした、丁度その時。
「っぷはぁっ! 美味しかったぁ! ごちそうさま、です!」
ぱぁんっ、と手を合わせて、ノエルが行儀よく挨拶をする。
すっかり空になってしまった、料理の皿たちを前にして。
どうやら、俺とリュアが話している間に、目の前の料理を全て平らげてしまったらしい。しっかし、結構な量があった筈なのだが…………どの皿も、まるで舐め取られたかのように綺麗に料理がなくなっていた。
「…………」
「? リュア、どうかした?」
「い、いや……いっひひひひひ。まっさかあの量を全部食べちゃうとはねぇ。驚いたよ…………あたいの分、もう一回作り直すかぁ」
「っ! また作ってくれるの⁉ わたし、あのお肉の焼いたやつ、もっと食べたいの!」
「まだ食べんのかい⁉ 胃袋どうなってるんだい⁉」
台所に向かうリュアが、ノエルの言葉を聞いて目を剥いていた。
結局この日、ノエルの食欲が治まることはなかったし――――俺は、リュアが考案したという『コツ』を聴くこともできなかったとさ……。
この世界における魔術の説明回でした。
いっぱい食べる女の子って、可愛いですよね?
次回の更新も30分後! お楽しみに!




