第11話 山賊との戦い
戦わずしてかつ、それもまた戦術。
次回の更新も30分後! お楽しみに!
「『プロスエッダ』!」
それは最早、魔法の呪文だ。
リュアが唱えると、途端にリュアの周囲が煌めき、彼女の姿が美しく幻想的に浮かび上がる。彼女の周囲に、無数の火の粉が出現するからだ。煌々と輝くそれは、しかし見た目倒しの、綺麗なだけの照明器具じゃない。
一つ一つが、彼女にとっての手札であり銃弾だ。
「ぐっ、このぉっ!」
横合いから切り付けてくる山賊の一人。
それを見留めたのか、リュアは指を指揮棒のように振るいながら続けて唱えた。
「撓りな!『プロミネンス』っ‼」
「う、うわぁっ⁉」
途端、火の粉は寄り集まって一つの大きな鞭となり、男の動きを牽制する。
しかし、やはり槍を失ったことは、影響がでかいようだ。
まず、出現させられる火の粉の量が、明らかに減っている。さっきとは比べ物にならないくらい、少ないのだ。今だって、『プロミネンス』の鞭一本を作るのがやっとという有様。その鞭だって、すぐにしゅんと消えてしまった。
リュアは即座に「『プロスエッダ』!」と叫んで、再び火の粉を展開させる。
けど、このままじゃジリ貧だ。
実際、山賊たちによる多角的な攻撃を、リュアは段々と捌き切れなくなってきていた。
「くっ、ぐぅうう……!」
「っはは! なんだなんだぁ? やぁっぱ槍がないと戦えないっていうのかぁっ⁉ 女が出しゃばってくるからこうなるんだ、よぉっ!」
「っ、きゃあぁっ⁉」
今度は演技じゃない、本物の悲鳴が上がり、リュアが突き飛ばされる。
周囲に展開した炎の熱が、相手の風の魔術を捻じ曲げてくれる。お陰で致命傷には至らないが、それでも鋭い風の刃が幾多にもわたってリュアの身体に襲い掛かってくる。
強がってはいても、リュアの体力はもう限界だった。
「くっ、この…………あたいを、舐めんじゃねぇっ‼」
「はっはーっ! 隙だらけだぞバカがぁっ‼」
声に振り返った時には、もう遅い。
既に山賊の一人は刃物を構え、リュアのすぐ背後まで迫っていた。
「っ! ノエル、ちょっとそこにいろ!」
咄嗟に叫び、一息でリュアの方まで俺は跳ねた。
凶刃が月明かりに煌めき、リュアの背を狙う。
「しまっ――――」
「死ねぇっ!」
「させるかよ、このバカが」
ずぶぅっ……!
山賊の刃が、俺の身体に深々と突き刺さる。
俺の、胴体を形作る木材の、その中心に。
「っ……⁉ て、てめぇっ⁉」
「効かないねぇ、かかしだから、なぁっ!」
狼狽えた男が俺から刃物を引いたタイミングで、俺は強く念じた。
今のところ、俺が魔術を成功させたのは、強く強く心に思った時だけなのだ。
だが、さすがにダークドラゴンの時と合わせて三回目ともなれば――――なんとなく、コツは掴めてる!
「っ、出てこい壁ぇっ‼ こいつを、弾き飛ばせぇっ‼」
結果。
俺の目の前に、分厚い土の壁が一気に隆起してきた。
「ごがっ⁉」
急激に盛り上がってきた地面で、男は強かに顎を打つ。
念じるのを止めると、土はすぐに村の平坦に均されたものへ戻っていった。
今のはなかなかだった。狙った通りの場所だし、規模もそこまで大きくはない。
とはいえ、やっぱりまだまだだ。自分の思う通りに地面を動かせはしないし、リュアのやるような自由自在さがないのだ。
魔術のロールモデルを見たことで、ゴールが一気に遠退いた感じだ。
……まぁ、そんなのは後でどうにでもできる話だろう。
今は、目の前の山賊が最優先だ。
「さぁて……どうする? 山賊の諸君」
かかしの変わらない表情でも威圧感が出るよう、声音を低くして喋る。
一番の勝ち星は、ここで穏便に退いてもらうことだ。俺の胴体に穴が開くだけという、非常に軽微な損害で事を済ますことができる。
もしまだ向かってくるようなら…………分が悪いのは、明らかにこっちだ。俺は魔術を完璧には扱えないし、リュアは槍を喪失していて、いつもの調子が出せない。
それを相手に悟られてはいけないのだ。
だから、わざと大物感を出すように、不敵な台詞をチョイスする。頑張れ、俺の語彙力。
「そこの一人は、俺のちょっとした魔術で軽くノックダウンだ。別に俺やリュアはこれ以上続けたって構やしないが…………おたくらはどうだ? 今以上に恥を掻きたいって言うなら、喜んで相手してやるが?」
「…………!」
虚勢を張る、故の挑発的な台詞。
山賊からすれば、武器を持っていないリュアを相手にできるというのは、絶好の好機だろう。この機を逃す手はない。しかし反面、俺という不確定要素をどこまで重く見るべきか、そこを図りかねている様子もある。動けて、喋って、その上魔術を使うかかしなんて、前代未聞だろう。
だからこその、言葉の誇張。
咄嗟で制御の効かない魔術を、『ちょっとした』なんて表現する小細工。
十数年学生やって、一〇年かかしやってた元人間の、細やかな工夫だ。頼む、伝わってくれ――
「……ちぃっ。野郎共、ずらかるぞぉっ!」
首魁のこの言葉が、一つの号令だった。
山賊たちはどたどたと、走ってその場を後にしていった。俺の魔術を食らって伸びていた奴も、見捨てることなく拾い上げ、二人掛かりで担ぐようにして連れて行っていた。
一人だけ、さっき殴り倒されていた女の子が。
一瞬、こちらに会釈をしたような気がした。
「…………?」
今の、なんだ……?
山賊たちがすごすごと引き下がっていく様子を見ている中で、妙に気にかかった。彼らの姿が見えなくなるまで見ていても、やはりあの一瞬が脳裏から消えることはなかった。
もしかして、あの女の子は――
「アルレッキーノ! あんた、凄いじゃないかっ!」
バンッ、と背中を思い切り叩かれ、思わず倒れそうになる。
ぐるりと脚を軸に回転すると、にっかりと笑ったリュアの姿があった。既に『プロスエッダ』の魔術は解いているらしく、周囲に炎の姿はない。だが、眩いばかりの月明かりは彼女の勝気な表情を映すには充分だった。
「あたいと戦った時もそうだったけど、あの土を操る魔術! 凄いよ、天才級じゃないか! 大地そのものをあんな規模で操るなんて、地属性の魔術使いでも難しい筈さ! あんた、つくづく一体何者なんだい?」
「……そんなにすごいのか?」
首を傾げられたら、俺はきっとそうしていただろう。
こっちとしては、必死になって叫んでいる印象しかない。凄いと言われても、いまいち実感が湧かないのだ。コントロールだって利かないし、そういう意味じゃ炎をあそこまで自在に操れるリュアの方がずっと凄いように思えるのだが。
「そうなんだよ! アルはすごいの! すっごい魔術師さんなの! えっへん!」
「……なんでお前が威張ってんだよ、ノエル」
「おー? 頼りになる騎士を褒められてご満悦ってか? いっひひひ、ノエルは可愛いねぇ」
でも、その分勿体ないねぇ。
リュアは、まるで溜息でも吐くようにそんなことを言った。
勿体ない? 一体なにが?
「あんたの魔術さ、アルレッキーノ。大地そのものを操る、超規模の魔術。なのに、あんたはその制御がまるでできちゃいない! あたいの時よりは幾分マシになっていたようだけど、焼け石に水さ。今のあんたの魔術は、ほとんど『暴発』に近い!」
びしぃっ! と指を突きつけられ、そんなことを言われてしまった。
自分でも重々思っていたことなので、なにも言い返せない。
「ぐ……わ、分かってんだよ、そんなことは。俺だって、自分にこんな力があるなんて知らなかったし…………できれば、使いこなせるようになりたいさ。そうすりゃ、もっとちゃんと、ノエルの奴を守ってやれるんだし――」
「言ったね?」
ずい、とリュアが身を乗り出し、俺のことを見上げてきた。
腰を曲げ、上半身を突き出すようなその格好は、豊満な胸の谷間を強調するようで――――かかしとはいえ、元は男だ。ごくり、と心の中で生唾を呑み込んで、ついついそこばかり凝視してしまう。
「ノエルを守る――――か。いっひひひ、よく言ったねアルレッキーノ! その心意気、気に入ったよ! さっきのお詫びと、今回のお礼は決まった! アルレッキーノ! あたしが、あんたに魔術を教えてやるよ!」
リュアの言葉を聞いた時、俺の興味は胸の谷間から、一気にその話へと移った。
俺に、魔術を教えてくれる、だって?
「ほ、本当かリュア⁉」
「当たり前さ。あたいは嘘なんか吐かない」
「そりゃありがたい…………けど、魔術を教えるなんて、できるのか? 俺とお前の魔術、見たところ全然違うみたいだけど」
片や炎を発生させ、自在に操り。
片や地面そのものを操る魔術だ。
原理原則まで全然違うようにしか思えないのだが…………リュアは得意げに「大丈夫さ!」と胸を張って言った。
「全ての魔術の基礎になるのは魔力だ。その魔力を、要はどう扱うかって話さ。心配することないって。あたいも元々は我流だ。あたいが上手くできたんだから、あたい以上の才能があるアルレッキーノなら、なおさら必ず上手くいくって!」
「そ、そうか……。じゃあ、よろしく頼むぜ、リュア。俺に、魔術を教えてくれ」
「任しときな!」
ドン、と胸を叩くリュアに、俺は頼もしさを覚える。
魔術をもっと使いこなせるようになれば、ノエルをもっと確実に守ることができる。
そのためだったら、なんでもやってやろう――――誓いを新たに、その日から俺の魔術の修行が始まったのだった。




