第10話 弘法だって筆くらい選ぶ
「っ! なんだ、この音は?」
「この音は……侵入者の鐘! ったくあいつら、また性懲りもなく!」
「あ、りゅ、リュア!」
俺とノエルが止める間もなく、リュアは一気に立ち上がると、そのまま扉をがむしゃらに開けて外へと飛び出した。
武器であろう、筒状の槍は布団の方へ置きっ放しで。
……侵入者、かぁ。もしかしてそれが、リュアの言う『厄介事』なのか?
「ノエル。ちょっくら寄り道していいか?」
「うん。リュアの作ってくれたスープ、すっごく美味しいの。だから、なにかわたしも、お返ししたいな」
「んじゃ、そこの槍を頼むぜ」
枕元に置いてある槍を目線で示し、俺もリュアの後に続こうとする。
リュアは魔術を行使する時、常にあの槍に炎を灯していた。この世界における『魔術』の実態がいまいち分からない以上、魔術を使うに際してなにか道具が必要な可能性もある。どちらにしたところで、武器を持っていて損はあるまい。
「あ」
「ん? どうした、ノエル」
「あ、う、え、えと……」
煮え切らない返答に、俺はノエルの方を見た。
赤いボタンの視界に入ってきたのは――
†
「まったく! まぁたあんたらかい⁉ 何度来られたって、なんにも変わんないだけど⁉」
外に出ると、唐突にリュアの怒声が響いてきた。
見ればリュアと、なにやら黒尽くめの集団が睨み合いをしている。黒尽くめは、全身を真っ黒な布で隠してはいるのだが、黒が濃過ぎて逆に夜の闇からは浮いてしまっている。見たところ人数は六、七人といったところだ。
友好的、な間柄じゃあないよなぁ、これは。
「ん? おぉ、アルにノエル。いいよいいよ、下がってて。余所者のあんたらの手ぇかかずらせることじゃないから」
「そういう訳にもいかねぇだろ、もう関わっちまってんだし」
「……驚いた、あんたいい奴だねぇ。かかしなのに。あたい、そういう奴は結構好きだよ。骨のないあいつらとは違うからさ」
「誰が骨がないだこらぁっ!」
黒尽くめの一人、正面に立つ小太りの男が低い声を響かせた。
男の手には、無骨なナイフが握られている。よく見れば、顔を隠した集団はそれぞれに得物を手にしており、俺たちなんかより遥かに堂々と、村を侵略しに来ましたってスタイルが整っていた。
「リュア、あいつらなんなんだ?」
「ただのしがない山賊だよ。食糧がないから、なにか飯を寄越せっていうんだ。そんな奴らにくれてやる飯はないだろう? こちとら日々の生活さえ苦しいっていうのにさ」
「へぇ、山賊、ねぇ…………」
聞いて、俺は少し意外だという感想を持った。
いつ魔物に襲われるやもしれないのが、この世界の基本だろう? しかし、山賊というからには山を根城にしている訳で…………人里までやってこない、山に潜んでいる魔物の方が、絶対的に数は多そうなんだが。
まぁ、魔物っていう共通の脅威があるからって、人類全てが一枚岩になるって訳でもないのかな。ビゾーロは少なくとも、自分の金のことしか考えていなかったっぽいし。
こんな世界で、金を稼いで一体なにをしようとしてたんだか。
「ぐっ……あのかかしって…………っえぇいこのバカ野郎っ‼」
と。
不意に、黒尽くめの一人が同じ山賊の一人に殴りかかった。
口元を隠した、少女と思しき褐色の肌をした山賊は、その衝撃で地面に打ち据えられる。それでも飽き足らないのか、男は今度は腹などに蹴りを入れていく。
「ぐっ、げぇっ」
「てめぇっ! てめぇが、あの女はよく分かんねぇかかしと戦闘になって、気絶しちまったから、今なら大丈夫だとか、そう言ったんだろうがっ! だから俺たちはここまで来たんだぞっ⁉ わざわざ! てめぇなんぞの報告を当てにしてだ! どう落とし前つけてくれんだ⁉ おぉっ⁉」
どすっ、どすっ、と刺さるように爪先が少女の腹にめり込む。その度に、少女の布で隠れた口から吐くような嗚咽が聞こえた。
こいつら、なにをやっているんだ……?
単に仲間割れ? いや、だからといって他の男たちに比べて、明らかにガタイの小さな女の子を、ここまで甚振るか? 常識的に考えて。
「お、おい! やめろお前らっ! その娘、仲間なんじゃないのかっ⁉」
咄嗟に俺は、そんなことを叫んでいた。
相手は村を襲いに来たっていう山賊なのに――――いや、そんなことは関係ない。
どんな立場でも、どんな境遇でもどんな関係でも、人が人を傷つけていい道理はない!
たとえそれが、立場的には敵に当たるとしてもだ!
「あぁ? てめぇ、なに言ってやがる」
「お前こそなにしてんだよっ! そいつは、その女の子は仲間だろう⁉」
「うるっせぇな! 綺麗事ほざくんじゃねぇ! 虫唾が走るぜ!」
言うと、男たちは手に持っていた刃物たちを突き出し、それぞれ天に掲げるように構えた。
ぐ、と男たちの手に力が込められる。
「切り裂けっ!『デスエッジ』っ!」
叫びが上がった瞬間、ひゅうぅぅぅんっ、と風を切るような音が聞こえた。
見れば、男たちの得物の周りに、目で見えるほどに膨大な風が纏われていた。特に、正面の首魁と思しき小太りの男は、ナイフの刀身から風を伸ばし、まるで太刀のように扱っている。
さっきのリュアの魔術は炎。俺のは多分、地面を操る魔術。
そして山賊たちは――――風を操る魔術か。
「こっちだって面子があるんだ。何度もてめぇみたいな小娘にやられる訳にはいかねぇんだよっ! てめぇら、やっちまうぞ! ここまで来て、なにも収穫なしなんてバカみたいな事態に転んで堪るかっ‼」
「はんっ! いいよ、かかってきな! 返り討ちに――――って、あ、あれ?」
威勢のよい口上の後、なにかを振り回すような動作を取って、リュアはようやく。
自分の手に、いつもの槍が握られていないことに気づいた。
「っ! し、しまった槍! 持ってくんの忘れた!」
「はぁ? っははははは! 聞いたかよあの女! いつもの槍忘れたんだってよ! っはは、今のお前なら怖くねぇっ! てめぇらっ、一斉にかかるぞっ! ハサンっ! てめぇもさっさと起きろこの愚図がっ‼」
リュアが槍を忘れたことがそんなに嬉しいのか、一気に浮かれた顔になる山賊一行。
そんな彼らとリュアに、いい報せと悪い報せがあるんだよなぁ。
「あ、アル! ノエル! あ、あたいの槍……」
「安心しろ。一応持ってきといた」
「これ、だよね……?」
恐る恐る、俺の蓑の中から出てきたノエルが、リュアに槍を渡す。
ついさっき、眠っていた布団の脇に置かれていた、俺相手にも使っていた、その槍を。
「へっへへー。これさえあれば百人力っ! さぁっ、あんたら覚悟し、な……?」
リュアが髪を逆立て、槍に魔力を纏わせる。
きっと多分、いつも通りの動作。しかし、その動作にさえ耐え切れず――――ばきぃっ、と木の槍は音を立てて砕けた。
三等分するように、両端が折れかけ、ぷらーんとぶら下がっている。
「な、なんじゃこりゃ――――――――――――――――――――――――っ⁉」
そう、これが悪い報せ。
どうやら槍は俺との戦闘で耐え切れず、壊れてしまったようなのだ。
最初にひびが入っているのに気づいたのは、持ってこようとそれに触れたノエルだった。ワンチャン大丈夫な可能性に賭けてみたのだが…………やっぱダメだったか。そもそも木と炎って時点で、大分相性は悪そうだったしなぁ。
「ひゃっはーっ! 持ってきた武器まで使えないとか、マジでざまぁだわ! 今日こそ甚振り殺してやんぜ! リュア=ステンノぉっ‼」
「きゃ、きゃ――――――――――――――――――――――――――――――――っ!」
リュアは、甲高い悲鳴を上げながら。
向かってきた山賊の懐に潜り込み――――顔面に、思い切りグーパンを決めていた。
「…………はふぇ?」
「いや、愛用の槍が壊れちゃったのはショックだけど…………あたい、槍がなければ戦えない、なんて、一言も言っていないでしょう?」
武器がなければ戦えないと、いつから錯覚していた?(キリッ
次回更新も30分後! お楽しみに!




