006.
ワールド・イグジストの地方開催イベントが終わり、俺、雄二、朱実は東京で開催予定のサマーイベントチケットをなんとか手に入れる事ができた。
開催二日前に迫った今日、俺たちは東京へ一緒に行く約束をしていた。
一応、昨日の夜に沙鳥へ連絡して、東京駅まで迎えに来てくれるようお願いはしておいた。
これで向こうで迷うこともないだろう。
しかし・・・遅い。
雄二と朱実は何をしているのか・・・。
駅の新幹線乗り場にある待合室で待つこと30分。
東京行きの新幹線が来るまであと20分ぐらいしかないのだが。
まぁ、一応自由席であるから時間に縛られる事は無いのだが、沙鳥との待ち合わせ時間もあるから、できれば次の新幹線に乗りたいものだが・・・。
沙鳥は昔から待ち合わせ時間とかには結構厳しいからなぁ。
「ねーねー、もう先にいっちゃおうよ?」
隣の席をスマートフォン越しに覗き込めば、レリオンが座り込んで暇そうに足をブラブラさせていた。
「そんな事できるわけないだろ、もう少し待ってろよ、ほら」
そう言って、スマートフォンを操作し、魚のマークをタップした。
するとレリオンの前に串付きの焼き魚のオブジェクトが表示された。
「うははは~!」
レリオンは目を輝かせてそれをヒョイと手に取ると、ムシャムシャと食べ始めた。
ファミリアも当然ながらお腹が減る、すなわち空腹度のパラメータが存在し、その値により機嫌や対戦時のパフォーマンスに影響を及ぼす仕様になっている。
俺もショルダーバックから携帯用ゲーム機というアイテムを俺自身に与えてやり、インストールしていたお気に入りのゲームやりながら、二人が来るのを待つ事にした。
もうこのゲーム何周目だっけな、敵の行動パターンが100パターンくらいしかないから、今じゃノーダメージでもクリアできそうだ。
ゲーム機の画面の中で灰色の狼が俊敏な動きでプレイヤーに向かって攻撃してくる。
俺が操作する剣を手にした剣士は、俺の操作で攻撃を的確に回避して、狼に向かっていく。
そして攻撃の途切れた瞬間に剣を振るい、狼へとダメージを与える。
ダメージを受けた狼は光るエフェクトと共に消え去った。
ふと、昨日のワールド・イグジストのフェンリルと対戦した時の情景がフラッシュバックした。
フェンリルの攻撃パターンは、中学校の頃に沙鳥と一緒にはまり込んでやっていた格闘ゲーム、
『ストレンジャーファイヤー』通称ストファイで、いつも決まって沙鳥が仕掛けてくるコンボであった。
これは先日の対戦の後にネットでこっそりと調べた内容だが、どうもストファイはワールド・イグジストを開発したアドバシード社が発売した3Dの格闘ゲームで、ワールド・イグジストの戦闘要素はストファイと同じゲームエンジンが使われているだとかなんとか。
だから、ファミリアを使って同じコンボを再現する事自体は可能なんだそうだ。
フェンリルのマスターが沙鳥なのかどうかは、特に聞いてはいないが、それは今日東京へ行って沙鳥に会えば分かる事だ。
少なくとも俺の知っている沙鳥のファミリアは確かに狼のような犬のようなファミリアであった事は確かだが、もっと可愛い容姿をしていた。
名前だってフェンリルなんていかつい名前じゃなかった。
確か『ガミリアン』だったか・・・。
現段階でファミリア名を変えるアイテムも存在しない事から、やはりフェンリルのマスターは別人で間違いないとは思うが。
そんな事を考えていた時。
「おーい!末人!」
「やっほー!お待たせ!」
待合室の入り口に雄二と朱実が手を振っていた。
雄二は大きなリュックサックを背負い込み、両手にお菓子やら弁当やらを抱え、重たそうにゆっくりと歩いてくる。
朱実は雄二と対照的で、小柄のハンドバッグを提げ、キャリーケースを片手に軽やかにやってきた。
「もう時間だぞ、てか雄二、何だよその大荷物・・・」
「んお?えっと新幹線の中で食う弁当だろ?それにお菓子だよ!」
「いやまぁ、それは見ればわかるんだが・・・一人で食う気か?」
「フフフ、違う違う!末人君のも一緒だよ~、もちアタシのもネ!」
なるほど三人分であれば納得だ・・・。
しかし早速荷物持ちにさせられてるとか、この二人の関係性は本当に謎だな。
「一応わかってると思うけど、ファミリアは携行モードへ切り替えるの忘れるなよ?」
俺はそう二人に告げつつ、スマートフォンの画面のメニューから携行モードを選択した。
レリオンは、ピョンと席から飛び上がると、俺の右肩にぶら下がりはじめた。
携行モードというのは、ファミリアと移動する時に、高速で移動する場合に使用するモードだ。
ファミリアごとに歩行スピードは決められており、それを超えるスピードで移動すると、ファミリアを置いてけぼりにしてしまう。
うっかり置いてけぼりにしてしまった場合、ファミリアが自力で追いつくか、自分の位置へ転送させる課金アイテムを使用する必要があるから注意が必要なのだ。
携行モードにさえすれば、ファミリアを仮想的に自分で手に持って移動している事になり、位置情報は常に自分と同じ位置で同期される事になるので、自転車や車、電車での移動の際はこのモードへ切り替えるのが基本だ。
「やべ、そうだったそうだった!」
「もちろん、すでに切り替え済みだよ」
スマートフォンの画面を二人に向けると、ペンタローは既に朱実の肩におぶさった状態になっていた。
「やぁやぁ末人殿、ハローでござる!」
俺と目が合い、ペンタローが挨拶してきた。
「お、おうはろー・・・」
ハローでござるって・・・、ほんと”SAMURAI”だなペンペンちゃんは。
ストレットも携行モードになり、雄二の首元にぶら下がったようだ。
「シュルル、まだ眠いシュル・・・」
ストレットはまだ眠る時間だったのか、眠そうな顔でボヤいていた。
「じゃぁ、行こうか」
俺たちは、新幹線のホームへと向かい、間も無くして新幹線が到着した。
ほんとギリギリだったな・・・。
「末人!東京に行ったら、僕たちの事見えるようになるんだよね!?」
新幹線に乗り込む間際、レリオンがそんな事を聞いてきた。
「ん?あぁ、多分な。ドームの中に入ればすぐなんじゃないか?」
ワールド・イグジストはドームのAR投影システムと連動しているから、即時にレリオン達が現実空間に投影されるはずだ。
「あそっか!スマフォとか使わないでも見れるようになんだよな!」
「そっか、ペンタローちゃん楽しみだね!」
「うむ、楽しみである!」
新幹線は思ったよりも空いていて、三人席に座ることができた。
窓際に朱実、真ん中に俺、そして通路側に雄二が座った。
昼近いこともあり、俺たちはさっそく弁当を食べる事にした。
「わるいな、弁当いくらだった?」
俺は財布を出しつつ、雄二に聞いた。
「あーいいの、いいの!俺んちから持ってきたやつだからさ!」
「え?お前ん家?」
ちゃんと梱包されており、割としかっかりとした弁当であったので驚いた。
「ほら、雄二の家はお弁当屋さんじゃん!」
朱実はさも当然のように言うが、ほらって・・・俺は初めて聞いたんだが。
それに雄二の家がお弁当屋だからって、タダでもらっていいという結論にはならないだろうに。
「いやでも、ほらなら余計にさ」
「いいの、いいの、うちの母ちゃんが持ってけって用意してくれたからさ」
「さっすがおばさん!」
どうやら二人はこういうのは日常的のようだ。
確かにたまに学校で二人が食ってる昼飯の弁当が同じ梱包のものだったりもしてたな。
ホントお前ら付き合っちゃえよ?
「そうか、じゃ遠慮なく頂くよ。」
雄二から弁当を受け取ると、弁当の蓋を開け卵焼きをパクリとほおばった。
え、すごい美味い・・・。
「それおいしいよね?」
朱実が弁当を頬張りつつ、ニヒヒと笑いながら言う。
「あぁ、この卵焼きうまいな!」
「そ、そうか!?まぁそれは俺が作った卵焼きなんだけどな?出汁を少しだけ・・・」
「え・・・」
「・・・ウソ?」
俺と朱実が声を揃えて言った。
てっきり雄二の母親が作ったと思っていたから納得したのだが、雄二が作ったとなると純粋に褒めてしまったのがなんだか悔しい。
「いやいや、なにそのリアクションは!?」
「いやすまん、なんか意外だったから」
「ゆ、雄二のくせに!」
朱美が野次を飛ばすように、俺の返答にかぶせて言った。
「コラ!それはどう言う意味だ!!」
確かにまるでノビタのくせに的な意味合いにも聞こえたかも。
そんなこんなで昼飯を食べ終え、各々時間つぶしをはじめた。
雄二はヘッドホンをつけて音楽を聴き始め、朱実はファッション雑誌を読みはじめた。
まだ東京までは1時間はかかる。
俺はスマートフォンでワールド・イグジストの情報サイトを眺めていた。
先日の地方イベントの話しが持ち上がっており、その中にはレリオンの記事も載っていた。
他の記事よりも大々的な見出しで、
『レベル1の謎ファミリア エクスファミリアを圧倒!』
などと堂々掲載されてしまっていた。
「!?」
これは・・・マズイな・・・。
レリオンは他のファミリアと違い、これまで戦えないという謎の現象に見舞われており、そもそもゲーム上でも俺意外にレリオンと同じ姿形をしているファミリアを従えてるやつを見た事がなかった。
もしかしたらシステム的バグにより生まれたキャラクターなのかと疑ってしまう事もあっただけに、これだけ大々的に公表されると運営側から削除対象になる危険はないか不安になるものだ。
既に書き込みの中でも同じような疑いをかけるやつや、新種だと言って情報を集めているやつも現れはじめている。
「あ、それ僕じゃん!なんか有名人になっちゃった?ニャハハ!」
レリオンがウェブブラウザを覗き込んで陽気に言った。
ニャハハじゃねーよ、人の心配も知らないで全く呑気なやつだ・・・。
「はぁ・・・」
ため息をつきつつ窓の外を眺めると、夏の青々した山々の風景が広がっていた。
車内の温度は若干空調が効きすぎているのか少し肌寒かったが、そのおかげか窓からの太陽光が暖かく感じ、ついウトウトしてしまう。
「なんだよー、無視?」
レリオンが不満げな声で言った。
「はいはい、また後でな・・・ふぁ〜あ」
レリオンの話しは聞き流して、俺は大きなあくびをした。
そして一旦ウェブブラウザを閉じると、少々眠る事にした。