004.
イベントへエントリーしてから間も無くして、イベントの開始が告げられた。
パソコン室頭上の大型モニタには挑戦するファミリアたちの紹介や、ホール内の映像が映し出された。
ホール内の映像には、AR映像も重ねて映されており、これならスマートフォンの画面で始終ファミリア達を追いかけまわさなくても、モニタ越しに観戦できるというわけだ。
さっそく一組目の挑戦者が入場してきた。
一組目の挑戦者は、二人でパーティを組んでの挑戦のようで、二人のファミリアは、共に鎧を纏うブリキの兵士のような姿形をしている。
あのタイプのファミリアは、防御力こそかなり高いが、機動力に欠ける。
エクスファミリアとやらの実力はまだ見た事が無いが、果たしてどうなのだろうか。
モニタには挑戦するファミリアと一緒に、挑戦者の姿も映った。
「あれ?あいつら確か隣のクラスの?」
「あー鋼山くんと鉄田くんじゃない?結構レベル高くて学校内でもトップクラスのマスターだった気がするよ」
「やっぱ、あいつらも参加してたかー、いきなりチケット持ってかれるってこたないよな・・・」
頭をかかえて不安げにモニタを眺める雄二。
でもその不安は一気に払拭されたのか、雄二の顔色が変わった。
それだけでなく、会場全体も一気に静まりかえる。
現段階でワールド・イグジスト界最強を冠するファミリアがその向かいから姿を表したのだ。
ゴーストデータとあって、モノクロ映像となるが、それでも十分な迫力である。
静まりかえったパソコン室から、一転して大きな歓声があがった。
「あ、あれが・・・エクスファミリア!!」
「すげぇ、めちゃ強そう!!」
エクスファミリアと呼ばれるそのファミリアは、一言でいえばまさに狼の姿をしていた。
ただし二本足で直立していて、体中の毛を逆立たせ堂々とホール中央で腕組みしているその姿は、まさに王者の風格である。
「レベル50・・・・フェンリル?」
ファミリアの頭上にレベルとファミリア名が表示された。
北欧神話の幻獣から名付けたのであろうか、その名に恥じない面立ちだ。
・・・これがプーとかだったら笑いの一つは起きたであろうに。
「やっぱ、レベルはMAXかぁー」
雄二がフェンリルを見て率直な感想を呟く。
現段階でワールド・イグジストの最高レベルは50を超えないように制限されている。
だからフェンリルのレベルは現段階では最大レベルだ。
「確かにレベルは高いけど、でも、あいつらのファミリアだって二匹ともレベル45だよ?」
朱実はそう言ってモニタに映る、ブリキの兵士二匹を指差した。
挑戦者のファミリアとフェンリルのレベル差はわずか5であり、それでいて2対1な挙句、HPを3割削れば勝利なのだから、十分すぎるハンディキャップである。
「条件から考えれば、挑戦側の方が圧倒的に有利だ・・・でも」
俺にはなんとなく、挑戦者側が破れるような予感がしていた。
俺はモニタに移るフェンリルの行動を見逃さぬよう、フェンリルを凝視しながら対戦開始を待つ。
そして、いよいよ一組目の対戦が幕を開けた。
「それではいよいよ一組目!!対戦スタートです!!」
<BATTLE START>
アナウンスと共に、モニタ上にバトルスタートの文字が表示され、対戦開始を告げる電子音が鳴り響く。
先行してブリキの兵士2匹が剣を構えて横一列になり、エクスファミリアことフェンリルへ向かって
突撃を開始した。
フェンリルは顔色ひとつ変えず、ブリキの兵士が向かってくるのを腕組みして待っていた。
フェンリルに近づくとブリキの兵士二匹は動きをシンクロさせるように、手に持った剣をフェンリルに向けて突き出した。
しかし、その攻撃に対しフェンリルは空中へジャンプして軽やかに回避する。
それどころか、空中からブリキ兵士達の背面へと回り込むと、すかさずフェンリルの鋭い爪がブリキ兵士達の背面から浴びせられた。
その攻撃によりブリキの兵士達は前のめりになり、同時に倒れこむ。
驚愕だったのは、その攻撃スピードと、威力であった。
「え、今何が起きたの?」
朱実は何が起きたのか理解できずに困惑していた。
「ばーか、背中に攻撃が決まったんだよ、まぁ、ちょっと速いけど、大したダメージには・・・」
雄二は朱美に解説しながら画面を再度見直し、ブリキ兵士達のHPゲージを確認した。
「うっそだろ・・・」
雄二はブリキ兵士達の残りHPを見て絶句する。
何故ならばブリキの兵士達のHPゲージは既に半分近くまで減っていたのだ。
あのファミリアは装甲が硬く、いくらフェンリルのレベルが高いといえど容易にダメージは通らないはず。だけれど・・・。
「あれはクリティカルポイントを的確に狙ったからだ・・・しかも瞬時に」
他の奴に見えていたかは分からないが、モニタ上で確かにフェンリルは回避した後に、ブリキ兵士達の背面で、最も防御が薄くなる鎧の繋ぎ目を的確に狙っていた。
どのファミリアも基本的に背面は弱点になるが、その中でも特に急所となるクリティカルポイントが存在する。
そこに攻撃がヒットした場合、通常の2倍以上のダメージを負うことになる。
更にクリティカルポイントを突かれたファミリアは、行動速度が一時的に低下するペナルティまで負い、圧倒的に不利な状況になる。
それ故に、クリティカルポイントを狙うのは容易ではない仕様になっているはずなのに・・・。
ブリキ兵士達は行動速度低下のペナルティを受け、ゆっくりと起き上がろうとしていた。
だがその時を待たずして、フェンリルは一気に畳み掛けにはいった。
「!!」
2匹のブリキの兵士は起き上がりざまに、フェンリルの鋭い爪による連続攻撃に何度も引き裂かれ、あっという間にHPゲージを0までもっていかれてしまったのだ。
<BATTLE END>
開始からわずか1分あまりで、戦いの終わりを告げるバトルエンドの文字が表示された。
会場が再び静まり返る。
「うそだろ・・・あいつらが一瞬で・・・」
「こ・・・これ、無理ゲーなんじゃ」
改めてエクスファミリアの強さを知り、雄二と朱実は完全に希望を断たれたような顔をして頭上のモニタを眺めていた。
それからまた何人も挑戦者達が立ち向かって行ったが、最高でもフェンリルのHPを一割削れたぐらいで、まるで歯が立たなかった。
「やっぱ無理だなぁ、こんな田舎でプレイしてるだけじゃ、到底勝てっこないぜ」
「だよなぁ・・・なんか時間の無駄じゃね?」
そんな声が周囲から聞こえ始めた。
徐々に他の挑戦者達は諦めムードを漂わせ、終には挑戦を辞退する者さえ現れはじめた。
運営側もこれは想定外だったようで、なんとか引き止めようと入り口でてんてこ舞いになっていた。
会場がざわつき始め、途中辞退するやつも現れたせいか、もう俺たちの出番まで回ってきた。
「くっそ!もうこうなれば破れかぶれだ!!」
雄二は顔をパンパンと叩き、気合を入れた。
「そうだね、負けて当然なんだから、思いっきりやっちゃいましょ!」
朱実もそれに乗っかるように気を取り直したようだった。
「・・・でも、やっぱ勝って、みんなで東京行きたいよね、末人君とも仲良くなれたしさ」
「そうだな、できれば俺だってお前らと東京に遊びに行きたいし、なぁ末人?」
「え・・・?」
雄二と朱実の言葉は意外だった。
ゲーム上ではフレンド申請は届いたが、本当に友達だと思ってくれているとまでは思っていな
かったし、例え勝てたとしても雄二たちとは別に東京へ行くつもりで考えていたからだ。
建前上だけなのかもしれないけれど、ただ雄二と朱実の言葉はなんだか本気で言いてくれているように聞こえた。
そんな風に言われると、ついその気持ちに応えたくなってしまう。
そして、その気持ちに応えられる可能性も残っている。
「・・・まだ、負けるなんて決まってないだろ」
「え?」「は?」
俺の言葉が予想外だったのか、雄二と朱実が声を揃えて言った。
「・・・一応だが、あいつの行動パターンは分析できたつもりだ」
「マジでか!?」
俺もただフェンリルの戦いを眺めていたわけじゃない。
「確かにスピードも攻撃の威力も桁違いだが、ゴーストデータってだけあってその行動は
パターン化されてる」
「そりゃ、そうだろうけどさ・・・ってまさか?」
「それをこの短時間で把握したの!?」
急に二人のテンションが上がり始めた。
とはいえ、別にこの短時間でフェンリルの行動パターンを把握できたって訳じゃない・・・ただ。
「昔やってた格ゲーで、あの攻撃パターンによく似たプレイをする奴がいてさ」
「はぁ?格ゲーって、全然関係ないだろ?」
「・・・あ、でも?このゲームってテレビ画面上か、AR上かって違いだけで、考え方によっては
格闘ゲームの一種よね?」
「まぁ・・・確かにそうか?パイロットモードにしちまえばそうだよな」
ワールド・イグジストというゲームは、ファミリアのAIに行動を委ねるのであれば、よくある
育成型対戦ゲームとそう変わりはない。
しかし、パイロットモードへ変更すれば、ゲーム性は一気に変わり、ファミリアを使った現実空間上での格闘ゲームにもなるという訳だ。
「そいつは、このゲームでもその格ゲーのプレイスタイルを再現してたんだ」
「なるほどな~・・・ん?ん?え、じゃぁ、フェンリルのマスターっておまえの知り合い??」
「まさか・・・あくまで同じ動きをするってだけだ、ファミリア名だって違うし」
「ハハ・・・だよなぁ~」
ただ、あの狼の容姿、攻撃方法やコンボの組み方は本当に似ている・・・あいつに。
確かめるには、あとは実際に戦ってみるしかない。