もう一人の魔女
宿屋の部屋に戻って来た。
俺は空いているベッドの横に箱を置き、中から奴隷を出して、ベッドの上に仰向けに置いた。
俺はヒールを唱え、怪我を癒した。
ネロはクリーンを唱え、汚れを落とした。
「ちょっとユート。説明して。」
ミラに説明を求められたとき、奴隷から、ハイヒールと掠れた声が聞こえてきた。
すると、奴隷の無かった、腕や足、髪の毛などが復活し、普通の状態の体に戻った。
「ユート君。この子の顔が蒼いわ。助けてあげて。」
ネロは慌てている。
「大丈夫だよ。たぶん魔力が切れて気を失っただけだよ。朝になれば目覚めるよ。」
そう言ってネロを安心させた。
「ちょっとユート。」
ミラは真相が知りたいらしい。
そりゃそうだろ。相談もなしにいきなり奴隷を買ってくるって、普通、おかしいよ。
しかもなぜだか、また美女だし。
サラは何とか自分の感情を押さえている。
ミラが聞いているので我慢はしているが、聞きたそうだ。
「ああ、わかったよ。ネロ、話していいか。」
「ええ。」
ネロはもう隠せないと覚悟を決めたようだ。
「実は、ネロは魔女なんだ。で、その奴隷も魔女。」
「へっ」
ミラとサラは目をパチクリして驚いている。
「あれ、ミラとサラは、ネロに偏見を持っているの?」
「私は大丈夫。差別はしない。今までされてきた方だから」
さすが180年以上、村中から差別を受けていたのでサラの言葉は重い。
ミラはまだ信じられないと言った様子だ。
ま、いいか。本人の思想や意思の問題だし、でも差別をしたら、ミラとはお別れだな。
ちょっと様子を見るか。
ネロは、奴隷の横に座り心配そうに見ている。
「取りあえず、今日はもう遅いから寝よう。明日、起きたら、事情を聴くとしよう。」
そう言って、ネロ以外は眠りについた。
ネロは、心配だから夜中十、看ているということだった。
朝になった。
俺は、ミラに4人分の朝食と、消化のいいスープを買ってくるように言った。
だって、少し、ミラは一人で考える時間が必要だと思って。
しばらくするとミラが帰って来た。
「だたいま~。買ってきたわよ。」
ミラは笑顔だった。
「あれ、ミラ。大丈夫?」
「何がよ?」
「ネロのことだよ。」
「別に何もないわよ。」
「え、うっそだ~。ネロの正体を明かした時、かなり動揺していたくせに。」
俺はミラの考えを聞くためにわざとちゃらけて聞いた。
「そりゃ~、昨日の夜は、ビックリしたわよ。でも、よくよく考えてみると、ネロは仲間だし。
魔女だって言っても直接、私や家族や友達に被害があったわけじゃないし。
ここで差別したら、ほんとのバカになっちゃうわよ。」
「良かった~。ミラを信じて。もし差別をしたら、ミラと別れるところだったよ。」
「良かったわ。判断を間違えなくって。って間違える訳ないでしょ。いくらなんでも。」
「ははは~、そうだよね~。」
「ミラ、ありがとう。」
ネロはミラに感謝している。
奴隷の女は、ベッドに座っている。
「まだ、顔色は悪いし、大丈夫か。飲めるか。」
そう言って俺はミラが買ってきたスープを渡した。
奴隷の女は両手で受取り、スープを口にした。
表情は無いのだが目から涙があふれて来ている。
ネロは奴隷の女の肩を叩いて
「大丈夫よ。ここは安全だからね。」
って慰めている。
高まった気持ちが収まったのか、奴隷の女はしゃべり出した。
「こんな私を購入していただいて、ありがとうございます。
私は奴隷ですので、なんでも申し付けください。」
あ~。もう完全に刷り込まれているな。ちょっと厄介だぞ。しかも表情がない。
「ねぇ。あなたのお名前は?」
俺は聞いた。
「エレナです。」
「種族は?」
「魔女です。」
「年齢は?」
「わかりません。」
そうか、たしかステータスでは40歳となっていたな。ま、年齢はどうでもいいか。
「いいか、エレナ。俺はお前を傷つけない。安心しろ。エレナの横にいるネロはお前と同じ魔女だ。」
「え、ネロちゃん?」
エレナの表情が戻った。どうやらエレナはネロのことを知っているようだ。
「私を知っているの?」
ネロはエレナに詰め寄った。
「ええ、ネロちゃんが小さい時に一緒に遊んであげたことがあるわ。」
「そうなの?」
ネロはビックリしている。
「あ、表情が戻ったね。エレナ。今はやり方が解らないが、解ったら奴隷から解放したいと思っている。
だから教えてくれ。言えるところまででいいから。何で奴隷になったんだ。」
俺は、エレナの事情を聴きたかった。
エレナは語り出した。
「あれは、たぶん10年くらい前、私はある町の修道院の院長にお世話になり、貧しい村に一緒に行って病気や怪我を直したりしていたわ。
その時はとても充実していた。村の人々は良くしてくれるし、院長先生から絶大な信賴を得ていたわ。
だけどある日、私たちの前に若い男が2人、現れたの。
お前は魔女だろ。と言って。
私はとぼけたわ。院長先生も私をかばってくれた。
でも、魔女を匿うのは大罪だ。といって、院長は殺されたわ。
その後、あたしは捕まり・・・・」
エレナは震えだした。
「もういいよ。わかったから。」
「ここを見て。」
そう言ってエレナは背中を俺に向け、肌を出した。
「ん。何だ。これ。何か埋まっているのか?」
エレナの背中に石のようなものが埋まっている。
「特に害が無いという理由で、捕まっても解放されたことが何回かあったわ。
でもしばらくすると、また、同じ若い男がやってきて捕まり、今度は違う町で売られたの。
たぶんこの背中の何かが、私の位置がわかるようになっているのよ。」
「取ってみるか。かなり痛いけど我慢してね。すぐに治すから。」
俺はエレナに言った。
「大丈夫です。痛みには慣れていますから。」
俺は短剣でエレナの白い背中に埋まっている場所を切り開いた。
「うっ」
エレナは痛みを我慢している。
俺は指を突っ込み取り出した。もちろん。取り出した瞬間にヒールを唱えた。
血は飛び散っているが傷は無い。
「ネロ。クリーンお願い。」
「大丈夫です。クリーン。」
エレナが唱えた。
さすが、魔女だけにクリーンが使えるのか。
取り出した石は赤黒く、赤い部分が脈を打っているようだった。
「ユート君。それ、私に預からせて。」
ネロが言ってきた。
「ネロ、お前、復讐するつもりだろ。」
「ユート君。ダメ?」
「普通は危ないから駄目だけど。ネロだったら問題ないか。いいよ。はい。
ただし、条件がある。それをもっているということは、自分の正体も魔女とわかってしまう危険性がある。だから必ず仕留めろよ。」
「うん。わかった。」
「ネロちゃん。危ないわよ。私の為に危険を冒さないで。」
「あ~。たぶん大丈夫だよ、エレナ。昔の小さいネロじゃないし。」
「大丈夫よ。」
ネロもそう言っている。
「本人も大丈夫って言っているから問題ないよ。」
「でも~。」
「そこは、主を信じなさい。」
「はい。ご主人様。」
エレナは俺をご主人様と呼んだ。
やべ。ちょっと面倒くさくなって言ってしまった。ミラの目が怖い。
でも、ご主人様っていいなあ。特に深い意味は無いけど。
「でも、どうしようかな。エレナのこれから。」
俺は考えた。やっぱり魔女の村に返した方が安全だよな。
でも、ネロのお母さんとは今はあまり会いたくないし。どうしよう。う~ん。
エレナを襲った、若い2人の男も気になるし。帰る途中に出会ったらまずいしな。2人の男は、鑑定スキルのようなものを持っていそうだし。う~ん。
俺が困っていると
「ねぇ~。ユーちゃん。赤オーガの所は?」
とサラが聞いて来た。
あ~。赤オーガね。
現状ではそこが一番安全か。
また、ホープたちに貸しを作ることになるが。でも、ま、いっか。
「それがいいな。サラ。じゃあ、エレナの正体がすぐにばれることはないと思うが、早急に行動するか。
ネロとサラは明日になったらエレナを連れて行って。」
「わかったわ。で、ユーちゃんとミラは何をしているの?」
「ミラの武器を作るよ。」
「そうね。私たちだけいい武器を持っているのもあれだしね。」
そう言ってサラは納得した。
「そう言えば、プリンは?」
ネロが思い出した。
「あ~忘れてた。もうそろそろお昼だね。昼食を食べるついでにプリンも食べに行こうか。」
「いくいく~」
女性陣3人は返事をして部屋を出た。
「あれ、エレナも一緒に行くんだぞ。」
「え、わたしもご一緒していいのですか。ご主人様。」
「もちろんいいんだが、ご主人様の呼び名はやめてくれ。ミラとサラの目が怖い。」
「わかりました。では、どのようにお呼びしましょう。」
「う~ん、面倒くさいから、さん付でいいよ。」
「わかりました。ユートさん。」
「よし、行こう。」
そう言って俺たちは、宿屋を出た。




