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お馬鹿コメディ短編集

ヤキモチ焼きと焼き餅焼き・続

作者: 湯気狐

とあるキッカケにより、小説にしたいと思い付きで書いたお馬鹿短編六作目……の続きです。


ギャグあり涙ありやっぱりギャグありの完結編です。もし前回のお話を見ていない方はこちらをご覧ください。↓


http://ncode.syosetu.com/n5545cs/ ←ヤキモチ焼きと焼き餅焼き


それでは、勘違いをしたままの二人が一体どうなるのか。続きをご覧ください。

 突然だが、前回の簡単な回想をしたいと思う。


 えーと……俺がずっと片想いしていた清楚系黒長髪少女の幼馴染、海乃みのに好きな人がいたことが判明した。しかし、俺の無駄話による情報を聞いて失恋してしまい、その傷付いた心を癒すためにデート――もとい、何処かに遊びに行くことになった。


 そして現在、俺は三十分前行動という次元を越えて、三時間前行動として家から近くの駅前にやって来ていた。


「……何してんだ俺」


 いやでも仕方ない。そう、これは仕方ないことなんだ。あんなにショッキングなことがあったのに、二度寝なんてできるはずもない。海乃の方も失恋したけど、俺もさらっと失恋してしまったんだ。呑気に居眠りできる程、俺は潔い人間じゃない。


 海乃は失恋をしたから彼氏はいない……が、だからといってそれをチャンスとは思わない。失恋したばかりのところに告白なんてしたら、「弱味に漬け込むなんて最低!」とか言われて終わりだ。そしたら俺はもう二度と立ち直れない。


 今思うと、あいつはいつから他の男を好きになっていたんだろうか。毎日のように一緒にいたってのに、全然気付かなかった。自分の鈍さが憎らしくてたまらない。


 ……なんて、過去を思い返して自分の行いを後悔したってどうにもならない。俺が生きてるのは今なんだ。なら今、俺ができることをしなければいけないのが必定だ。


 そう……俺の真意を悟られないように、失恋してしまった海乃の心を癒すこと。それこそが今、俺が成すべき目標だ。


 ……だが、三時間前行動はやり過ぎだと思う。万の一にも遅刻とかして海乃に迷惑かけたくないという気持ちが大きすぎたとは言え、いくらなんでも遅刻を警戒し過ぎた。そのせいでこの時間が無駄でしゃーない。


 かと言って他の場所で暇を潰す気にもなれない。……しゃーない、ベンチにでも座って今日のデート――じゃない、遊びに行くためのプランでも考えていようか。


「……まぁ、プランも何も、俺は海乃が行きたいところとか、したいことに付き添うだけだよな……」


 癒すための手段がこれしかないなんて……なんて無力なんだ俺は……。これじゃ海乃と付き合うどころか、告白する資格すらありゃしないじゃねーか!


 もう嫌こんな自分! 好きな女の子一人すら救えないとか終わってんだろ男として! まだ成長期とは言え、成長するのは見た目と性欲だけじゃねーか! ロクな大人にならねぇぞ俺!


 自暴自棄なことばかりが頭に浮かんで、その度に溜め息が一つの幸せと共に消え入っていく。


 あいつは……海乃は今、何をしてるんだろうか……。




~※~




 突然だけど、前回のあらすじ。


 学校が休みだということを知っておきながら知らなかったと偽り、いつものようにみなとの部屋へとやって来た私。でも、その時の会話で湊に好きな女の子ができたことが判明して、私は顔も知らないその女の子の代わりとしてデートの予行演習に付き合うことになった。


「あぁぁぁ!! 早くしないと早くしないとぉ!!」


 そして現在、時刻は午前十時二十分。私は猛烈に慌てていた。


「これは狙いすぎだし……これは大胆だと言われちゃうし……これは肌が見えすぎで変態と思われちゃうだろうし……」


 湊に好きな女の子ができて、そのためにデートの予行演習に付き合うことになってしまって嬉しい――と素直に喜べるはずもないし、むしろモヤモヤしてる。でも断ることなんてできなかった。


 予行演習とは言え、本当のデートのように振る舞わないといけない。デートなんて一回もしたことないし、一体どうしたら良いのか右も左も分からない。


 とにかく、見た目だけでもキチンとしないと駄目だと思って、私服には気合いを入れようと張り切ったところ……こうして数十分経過しても全然決められないわけで、私はもう「あぁぁぁ!!」ていう感じになっちゃってるわけだ。


「お姉ちゃん、さっきからドタバタ煩いんだけど。とうとう乱心でもしちゃったの? 悪いこと言わないから犯罪犯す前に自首しよう?」


 一人騒ぎ立てていたせいで、隣の部屋の妹からクレームが入ってしまった。しょうがないでしょ! この選択によって私の見方が大きく変わるんだもん!


「ご、ごめんね海弧みこ? ちょっと服選びに時間が掛かっちゃってて……」


「服選び? 何? もしかして今からデート的な? 当然相手は湊兄みなとにぃだよね? ていうか、それ以外ありえないか。根性無しのお姉ちゃんにナンパとか天地が引っくり返ってもありえないもんね」


「あ、あはは……返す言葉もございません……」


 情けないなぁ私……妹に好き勝手言われて納得しちゃうんだから、姉の威厳も何もあったものじゃないよ……。


「で? 何でそんなに悩んでるわけ? 別に好きな服着ていけば良い話じゃん」


「だ、駄目だよ! 気合い入れすぎてお洒落していっても引かれるだろうし、かと言って気を抜いたらそれはそれで『お前の女子力はその程度だったんだな……』みたいに幻滅されるだろうし……」


「毎度のこと思うけど、お姉ちゃんの中の湊兄って性格悪すぎだよね。湊兄がそんな辛辣なこと言うわけないでしょ。むしろ、お姉ちゃんが何を着てっても湊兄は喜ぶと思うけど?」


「そんな都合良い展開があるわけないでしょ!? 酷いよ海弧! 私の心の動揺は落ち着かない一方だよ!」


「はぁ……面倒臭ぇ姉だな。いつまで気持ちを隠してるつもりなのさ? そうやってずっとタラタラしてるなら、いっそのこと私が湊兄を横取りしちゃうけど?」


「そ、それはその……」


 …………ん? アレ? そういえば、湊が好きになった女の子が誰なのか知らなかったけど……。


 毎日のように湊と一緒にいたから分かる。そもそも、湊に他の女の子と積極的に接するところを見たことがない。いるとすれば、いつも一緒にいた私と――海弧だけ。


 ま、まさか……湊が好きな女の子って……。


「ん? 何? 私の顔になんかついてる?」


 そっか……そうだったんだ……湊が好きになった女の子って海弧のことだったんだ……それなら納得がいっちゃうよ。


 だって、海弧も私と同じで湊と仲良くしてるし、二人だけで密かに話をしていたところを見たことだってあった。


 うぐぅ……そう考えると悔しい! 妹に負けるなんて! ていうか湊も湊だよ! 私はこんなにアレなことになってるのに、少しくらい気付いてくれたって良いじゃない!


 くっ……勝手な物言いだと分かってるけど、なんか腹が立ってきた……。


「何? 何なの一体? 人の顔覗いて来たと思いきや、今度はイライラし始めるし。疲れてるなら断っちゃえば?」


「そんなことしたら愛想尽かされて疎遠になっちゃうかもしれないでしょ!? 分かってない! 海弧は何も分かってない――ごめんなさい嘘です冗談です許してください!」


 空手で天下無双の海弧のアイアンクローは堪えるなぁ……。ちょっと熱くなりすぎちゃってたよね……反省。


「ったく、いつまでももたついてないでさっさと選んじゃいなよ。そしてとっとと告白して恋人になれ。見てるこっちの身を考えてよね」


「その台詞そのまま返――」


「あァ? 何だって?」


「……善処します」


 とりあえず、一目見てこれが良いかなって思ったやつを着ていこう。もうここまできたらヤケクソだよ。なるようになってやるんだから!


「あっ、ちなみに湊兄、さっき出掛けるところを見たよ。なんか急いでる様子だったけど、もしかしてもう待ち合わせ場所に行っちゃったんじゃない? どうせ駅前で会う予定なんでしょ?」


「えぇ!? それを早く言ってよ馬鹿!」


「……あ? 誰が馬鹿だコラ?」


「すいません! 急いで支度して行ってきます!」


 待ち合わせ時間は一時だったはずなのに……気が早すぎるよ湊。


 ……これが本当のデートだったら良かったのになぁ。




~※~




「熱ぃ……熱ぃよ……有給休暇っつー制度を知らねぇのか太陽よ……」


 待ち合わせ場所についてから結構な時間が経過しているが、何もせずにただ座っていると、暇という脅威だけでなく気温という脅威まで襲ってきやがる。


 天気が良いのは何よりだが、ここまで良くする必要はねーんだよ。只でさえ、今の心境は大雨予報が続いてるってのに、これは新手の嫌がらせなのか?


 これだけ待っているが、待ち合わせ時間はまだ二時間以上も先だ。でも帰る気にはならねぇし、何か暇を潰せる出来事でも起こらねぇもんか……。


「ハァ、ハァ、ハァ……み、湊~!」


「……んんっ!?」


 何処からともなく聞こえるはずのない声が聞こえて思わず立ち上がった。そして声がする方向を見ると、そこには海乃――いや、天女がいた。


 白のカットソーの上に薄水色のカーディガンを羽織り、膝辺りまでの長さのフリルの付いた青いスカートに、茶色のブーツを履いている。しかも、いつもと違って髪を結んでポニーテールになっている。


 ヤバい、こいつ本気の格好で来てくれちゃってる。俺のためではないとは言え、勝手に役得な気分味わえてるよコレ。


「くっ……可愛いな畜生め……」


「えっ!?」


「あっ……ち、違う違う誤解すんなよ! あのプードルを可愛いと言ったんだよ! 自惚れるなよ貴様!」


「あっ、そ、そう……そうだよね~……アハハッ……」


 馬鹿野郎ォォォ!! 癒すことが目的なのに、開口一番「自惚れるなよ!」とか何言ってんだ俺!? 馬鹿なの!? 学習能力を持たない無知な猿なの!?


 つ、つーか何でコイツがここにいるんだよ!? まだ待ち合わせ時間にゃ早すぎるだろ! 俺が言えたことじゃないけども!


「そ、それよりもどうした海乃? 待ち合わせ時間にゃまだ早いぞ? それとも他に都合でもできたとか?」


「いや……その……海弧がね? 湊が外に出ていくところを見たって言ってたから来てみたんだけど……湊こそ何してたの?」


「いや……特に家にいてもやることなかったから、もう先に待ってようと思ってだな……」


「にしては気が早すぎると思うけど……」


「あぁうん……やっぱそうッスよねぇ……」


 目を合わせれねぇ! いつもの数倍は可愛さ倍増してやがるし、一緒にいて居たたまれねぇ!


 てか、これ絶対引かれてるよな。「どんだけ急かしてんのよ、キモッ」とか思われてるよなきっと。生き急いだ罰だとでも言うのかこれは? 俺はただ慎重になっていただけだというのに……。


「悪い、迷惑かけたなら謝るわ……いや、いっそのこと罵倒してくれた方が楽だ……」


「い、いやいや! 私も特にやることなくて来たんだし、自分を責める必要はないよ湊!」


 優しくするんじゃねぇ! 余計に惚れちゃうだろーが! これ以上俺の心をバインドコントロールしないでくれ!


「……無理してるなら正直に言ってくれって」


「大丈夫、無理なんてしてないよ。時間が早めになっちゃったけど、良かったら今から遊びに行こっか?」


「わ、分かった……ぐすっ……」


 やはりその優しさは健在なのか海乃。お前はきっと良い嫁さんになるぞ。天使のようなウェディングドレス姿が目に浮かぶ――いや嘘だ。浮かんでるの涙だコレ。


「こほんっ……で、何処に行く? つーか何処に行きたい?」


「ん? 私は湊の行きたいところに付き添うよ」


「お馬鹿、何を言ってんだ。今日の行き先を決めるのは海乃に決まってんだろ」


「いやいや湊こそ何言ってるの? 今日は湊が主役なんだから、湊が決めないと」


 何故そこで頑なになるんだろうか。失恋した出来事を忘れさせるために、お前の鬱憤を晴らすために遊びに行くってのに、そこで俺を優先させてどうすんだ。


 全く……一体何を考えて物申してんだか。遠慮する場面じゃないことくらい分かるだろ海乃?




~※~




「いやいやいや、主役は海乃だろ? 俺はお前の行きたいところに行きたいから、それで良いだろ別に?」


「うーん……そこまで言うならそれで良いのかもしれないけど……」


 ……これってデートの予行演習なんだよね? なのに計画も立てずに女の子に行き場所を委ねるって……。


 いやでも、それもデートの仕方の一つなのかな? 最初は戸惑ったけど、別に私はそれでも構わないし、楽しめると思う。


 今の湊は遠慮したり気を遣ってる様子もないし、本人が良いならそれで良い……よね?


「うん、分かったよ湊。それじゃ早速行こっか。実は見たい映画とかあったんだよね私」


「んだよ、それならそうと早く言ってくれよ。上映時間とか知ってるのか?」


「えーと……今から歩いていっても時間に余裕はあるかな。向こうでウィンドウショッピングでもして時間潰そうよ」


「そうだな。んじゃまぁ、ぼちぼち行くか~」




――数十分後――




「…………」


 目的地の町に着いたまでは良かった。歩く途中でいつものように他愛もない話をして、湊も私も純粋に楽しんでた。


 でもここに着いてから私は気付いてしまった。周りの人達の存在のことを。


 よくよく見渡してみれば、私達の周りにはカップルだらけの巣窟だった。別に特別なイベント日というわけじゃないのに、どうしてこんなことに……。


 うぅ……何だか恥ずかしくなってきた。顔が赤くなってるような気がするなぁ……。


「な、何だか今日はカップルが多いね?」


「…………」


「み、湊?」


 どうしたんだろ……また湊から殺気を感じるような気がする。もしかして本物のカップルに嫉妬でもしてるのかな?


 で、でもでも! 今の私達だってそういう風に見られてるんだよね? そ、それなら湊もそういう気になってくれれば良いのに……。


 ……これって我が儘なのかなぁ?




~※~




「あっ、あれ可愛い~♪」


「あのクマさん? ふーん……なんだったら買ってあげるよ?」


「ホント!? エヘヘッ、ありがとマー君♪」


「ありがとマー君」じゃねーよこの野郎。俺としては「クタバレマー君」だ馬鹿野郎。


 何なんだ今日は? 何でこんなバカップル共が徘徊してやがるんだ? これはアレか? 失恋したばかりの海乃に対する嫌がらせか? んの野郎共が……蹴散らされてぇのか? あァゴラァ?


 傷口を更に掘り返すかのようにうじゃうじゃウジャウジャとウジ虫のように湧いて出てきやがってよぉ? 全員に盛れなく殺虫剤プレゼントフォー・ユーしてやろうか?


「チッ……胸糞悪ぃぜ。空気の一つも読めねぇのか……?」


「み、湊~? 顔が怖いよ~?」


「あっ……わ、悪い海乃」


 海乃は別に何ともないように見えるが、その裏では「付き合えていたら私もこうして笑ってたんだろうなぁ……」という感じな心境になって余計に傷付いてしまっているに違いない。


 くっ! 気の利かない男ですまねぇ海乃! でも今日だけは絶対に楽しませてやっからな!


「行くぞ海乃!」


「え?…………あっ…………」


 無意識に俺は海乃の手を取り、この目障りすぎる場所から離れようと小走り気味に進み出した。これ以上こんなところにいたら海乃に毒だ。


 ぐぅ……にしても、歩いても歩いても其処ら中がカップルで満ち溢れてやがる! 何処まで続いてんだよこのピンク一色の景色は!?


「おい海乃大丈夫か? 気分が悪いならすぐに言ってくれよ?」


「…………」


「ん? 海乃?」


 どうしたのか……さっきから口を閉ざしたままウンともスンとも言わなくなってしまっている。それに何だか顔が赤くなってるような気がするし――って、これってもしかして手を繋いで歩いちゃってる感じ?


 し、しまったぁ!! カップル達に目を取られていたせいで、いつの間にかとんでもないことをしてしまってんじゃねーか!


 で、でも海乃の手が小さくて柔らかくて気持ち良い――じゃねーよ俺!


「す、すまん海乃! ちょっと周りが見えなくなってたみたいで、今離すから――」


「あっ、ま、待って湊!」


 手汗等々の理由も含めてすぐに手を離そうとしたが、その前に海乃から「待て!」を受けてしまった。犬ではないが、待てと言われたら待つ他ないよな。


「そ、その! 人込みが凄いからさ! もしそれに巻き込まれて離れちゃったら事だし、こうして手を繋いでたら離れないよね? だ、だからしばらくこうしてた方が良いと思うんだ! も、勿論、湊が嫌なら離すけど……」


 モジモジした素振りで上目遣いを使いながら、そんな可愛らしいことを提案してきた。


 俺が嫌だと? フッ、何を馬鹿なことを言い出すんだこの小娘は。


 むしろ最大級のご褒美だろうが!! 何処に嫌な要素があるか!?


「そ、そうだな。それじゃしばらくこのままで……でも俺の手が気持ち悪くなったりしたらすぐに離せよ? 今日無駄に熱いから手汗とか凄くなってくるだろうしな」


「大丈夫大丈夫! それは私も同じだし! 湊こそ、私の手が気持ち悪くなったりしたら離しても良いからね?」


「いやそれはないだろ。海乃の手いつも綺麗だろ」


「そ……そそそそうかな!? あ、ああありが、ありがとう湊!?」


「…………ハッ!?」


 またもやしまったぁ!! ついついポロッと本音が漏れてしまった! でもしゃーねーじゃん! 謙虚な海乃が可愛過ぎてどうにかなりそうなんだもの!


 でもそうかぁ……絶対引かれてると思ったのに、そうじゃなかったのかぁ……も、もしかして脈がほんの少しだけあったりとか? いやいやいや自惚れてんじゃねぇよ俺! んな奇跡が起こってたまるかってんだ!


 ちょいと舞い上がり過ぎてんな俺。落ち着け、落ち着くんだ俺。今の俺は煩悩を断ち切りし賢者の末裔まつえいだ。何があろうと動じたりなどせぬわ。


 ギュッ


「んぶっ……」


 さ、更に強く握って!? 駄目だこんなの堪えられない! いっそのこと抱き締めてやりたい衝動が沸き起こっちまう! 抑えろ! 全力で抑えるんだ俺ぇぇぇ!!




~※~




 に、握っちゃった! 思わず強く握っちゃった! やだ! なんか湊が妙な反応しちゃってる!


「湊の手って握られてると安心するなぁ……」なんて惚けていたら、いつの間にか無意識にこんなことを……あぁぁ! 私の馬鹿! いくらなんでも調子に乗りすぎだよ!


 ……で、でも。こんな機会、二度と無いだろうし……。だったら今のうちにやりたいことをやっておいた方が後悔しないよね。


 それに、妙な反応してるとは言え、湊も別に嫌がってるわけじゃないように見えるし……も、もしかして喜んでくれてたり――するわけないよねぇ!? 所詮は私の手なんだし!? 妄想で夢見るのは程々にしようね私!?


「あっ……み、見えて来たね映画館……」


「そ、そうだな……ど、どうする? さっき計画してた通り、何処か近場のアクセサリー店にでも行ってみるか?」


「そ、そうだね! そうしよっか!」


 も、もう駄目! 他のことで気を紛らわさないといつまで経っても動悸が収まらない! ここは湊の助け船を借りて可愛いアクセサリーでも見て落ち着こう!


 バクンバクンと波打つ鼓動の音を聞きながら、私は湊に引っ張られるように手を引かれてアクセサリー店へと入っていく。


「……わぁ」


 そして中に入った瞬間、カップルだらけだった景色が一変した。


 色んな髪飾りや手首に巻くパワーストーンは勿論のこと、他にも雑貨物として色んな物が置いてある。この町には友達と何回も来たことがあったけど、こんなお店があったなんて知らなかった。灯台もと暗しって言えば良いのかな?


「おぉ……凄いなここ。こんな場所があったとか知らんかったわ」


「湊もそうなんだ。実は私も今日初めて知ったよ」


 湊も初めてだったんだ……と、ということは、お互いここに来るのが初めてというお揃いの……う、嬉しい! 細やかなプレゼントありがとう神様っ!


「とりあえず一通り見てみようよ。買いたいものが見付かるかもしれないし」


「むっ……そうか! なら見てみっか!」


「な、何だか張り切ってるね?」


「へっ!? べ、べべべ別にそんなことないぞ!? ハッ、ハハハハハッ!」


 良くわからないけど、楽しんでくれてるみたいだから良いよね! うんうん! この店に寄って良かった!




~※~




 来たぜ! ついにこの時がやって来たんだぜ! 俺が今まで貯めに貯めていた金を使うこの時が!


 海乃は可愛いものが好きだと知っているからな。偶然にもこんな都合の良い店に入れたんだし、海乃が欲しそうな素振りをしてたらこっそり買ってやろう。


 ……あわよくばお揃いのマグカップとか買っちゃったりして。


「いや馬鹿かっ!!」


「えぇ!?」


「あっ、いや何でもない気にするな。俺の都合だ」


「は、はぁ……?」


 何がお揃いだ! 身の程を知れクズが! んなことしたら狙ってると思われて軽蔑されんだろーが! 自ら滅びの道を歩もうとしてどーすんだよ!


 落ち着けって何度も言ってんだろ俺よ。焦ることはない、この時間を有意義に使えるように肩の荷を下ろすんだ。そうすりゃ自然と海乃とのショッピングを楽しめんだろ。


 ……まぁ、今この時点で超楽しいんだけどな!


「あっ、これ可愛いなぁ……」


「どれだ!? そして何円だ!?」


「え? こ、これだけど……」


 そう言って海乃が指を差したのは、マスコット絵の犬の上に猫が被さっているストラップだった。いかにも可愛い物好きの海乃が選びそうな一品だ。


「よし、買ってくるわ」


「えぇ!? いいっていいって買わなくても!」


「でも可愛いと思ったんだろ?」


「そりゃそうだけど……でも本当にいいから! そんなことしてたらキリがないし! その気持ちだけ受け取っておくから! ね?」


「そ、そッスか……」


「うん。でもありがとね湊。その気持ちだけでもその……凄く嬉しいし……それにね?」


 くるりと身を翻して俺の方に身を向けて来ると、俺から視線を逸らしながら、


「み……湊とこうして色んな物を一緒に見ていられるだけでも……嬉しいから……」


 という、とんでも発言を小さな声で呟いた。


 そのせいで俺の頭ん中は、沸騰したヤカンの如く煙が沸き上がった。


 ははっ……俺今なら死んでも良いや……。


 あっ……何かお花畑が見えてきた。いくつか摘んで海乃にプレゼントしよう……。


「……アレ? 湊? ちょっと大丈夫湊!? 目が! 目が白目剥いてるよ!? それに頭から湯気が! み、湊~!?」




~※~




 楽しい時間はあっという間に過ぎていくってことは知ってたけど、本当にそうなっちゃうから残念に思ってしまう。


 色々ドタバタしてたところがあって世話しなかったけど、映画を見たり、ゲームセンターではっちゃけたり、ファミレスで甘いものを食べたり、何もかもが楽しくて楽しくて……本当に幸せな一時だった。


 空は既に夕焼け空が広がっていて、周りの人込みも少なくなってる。そういえば今日は平日なんだし、人が少なくてもおかしくないんだった。


 そして、私達も帰路について着実に我が家へと近付いていってる。それは私にとって、きっと最初で最後のデートの終わりがやって来ているってこと。


「……あっという間だったね」


「……そうだな」


 話題も尽きて湊も私もすっかり口数が少なくなっていた。そりゃあれだけ話をしてたら話すことも無くなっちゃうよね……。


 ……本当に終わっちゃう。何もできずに、想いの一つも告げられずに、湊と最初で最後のデートが。


「…………湊」


「ん? どした?」


「その……良かったら近くの公園に寄っていかない?」


 気付けば私はそんなことを湊に提案していた。もしかしなくとも、この二人きりの時間をまだ終わらせたくなかったから。


「公園て……もう数分後に家に着くけど?」


「……お願い湊」


 これが最後……だからこんな我が儘を言うことができた。いつもなら「何言ってるの私!?」みたいに思うんだろうけど、不思議と今はそんな気分にはならなかった。


「あ~……海乃がそうしたいってんなら良いぞ。全然俺は付き合うよ」


「そっか……ありがとう湊」


 湊は笑ってそう言ってくれた。何度も言ってるような気がするけれど、やっぱり湊は優しいなぁ……本当に……。


 湊は……きっと湊は近々、海弧に想いを伝える。だからこそ、私も吹っ切れなくちゃいけない。例えそれがどんなに辛いことだとしても。


 終わりにしないと……ずっと昔から抱いていたこの想いを断ち切らないと……湊の幸せのためにも、決心しないといけない。


「おぉ、一人もいないな。って、夜だから当たり前か」


「あっ……」


 さっきまでは夕方だったのに、こんな短時間の間に空は真っ暗になり、月明かりと数多の星だけが私達を照らしていた。こんな時に限って夜空がとても綺麗で……ズキッと胸が痛んだ。


「とりあえず座ろうぜ。歩きっぱなしで疲れてるだろ?」


「う、うん……」


 誰もいない公園のベンチを見つけると、湊は座る前にハンカチを取り出して私の座るところに敷いてくれた。その然り気無い優しさをまた目の当たりにして、デートの時とは違って素直に喜べず、また胸がズキッと痛んだ。


 それから少し距離を離れて座ると、湊は溜まっていた疲労感を吐き出すように息を吐いて夜空を見上げた。


「あぁ……今日は満月か……月見餅食いたくなってきた」


「……ふふっ」


 餅、というキーワードが出てきて、私は思わずくすりと笑ってしまった。


「な、なんだよ。笑うことないじゃんかよ」


「ごめんごめん。おかしくてつい笑っちゃった」


「い、いつものことだろーが。もう日常茶飯事と言っても良いだろうに、何を今更笑うことがあるってんだ?」


「別に深い意味はないよ。ただ、やっぱり湊は餅が大好きなんだな~って思っただけ」


「フッ……本当に何を今更なことを言ってんだ。餅以上に俺が好きなものなんて……なんて……」


「……湊?」


 また湊の様子がおかしくなった。でも今の湊はいつものような面白おかしい雰囲気は無くて、何処か悲しい目をしているように見えた。


「あ……い、いや何でもない! そ、それよりも海乃! 今日は楽しかったか!?」


「え? あ……うん……楽しかったよ。湊は?」


「お、俺? 俺は楽しかったに決まってんだろ。今年一番……いや、この世に誕生して一番楽しかった日だったと言っても過言じゃーないな!」


「それはいくらなんでも大袈裟じゃないかな?」


「いやいやそんなことねーよ。海乃にとっては特別に思える日じゃ無かったのかもしれないけど、俺にとっては本当に特別だと思える日だったよ」


「…………」



 ――特別に思える日じゃなかった?



「いや~、にしてもあのファミレスのパフェは美味しかったな~? 俺って果物全般駄目だけど、ああいうチョコレートだけで染まったやつは当たりなんだよな」



 ――本当に湊は私がそう思ってるって思ってるの?



「後はアレだな。あの映画のオチだな。培ってきたもの全てを台無しにしやがったあのオチは最悪だったな。俺的にワースト 1の恋愛映画だったわ~」



 ――そんな……そんなわけ……



「でも一番の収穫としてあのアクセサリー店は盲点だったよな。実は俺もあそこでいくつか買ったものがあってだな、何なら今から見せて――」




~※~




「――――み……の……?」


 海乃が――海乃が涙を流していた。


「そんなわけ……ない……」


 大粒の涙が止めどなく溢れ出し、海乃の綺麗な瞳が涙で埋め尽くされていた。


「そんなわけ……そんなわけないよ!!」


 すると海乃が聞いたこともない大声を上げて立ち上がり、俺の胸を乱暴に掴んで来た。


「特別に思える日じゃなかった!? 違う!! 全然違うよ!! 本当に楽しかった!! このままずっとこの時が続いて欲しいって!! いっそこのまま時間が止まって欲しいって思うくらい楽しかった!!」


「み、海乃? お前どうし――」


「でも!! でもそんなの私の勝手な願望だって分かってる!! 今日が湊と二人きりで遊べる最後の時だっていうことも分かってた!! だから私は目一杯楽しんでた!! 一生の思い出になるってくらい楽しんでた!!」


 最後……? 海乃は何を言ってんだ……?


「でもやっぱり駄目だった!! 最後の最後で楽しかった出来事が全部嘘のように悲しく感じるようになって……これで全部終わりだって分かっちゃったから……それが辛くて……悲しくて……諦めきれなくて……私……わた……しぃ……」


「ちょ、ちょっと待てって海乃! お前さっきから何を言ってんだ!?」


 全部終わり? 辛い? 悲しい? 諦めきれない? 一体何がどうなってんのかさっぱり分からねぇ。


「もう隠さないでよ!! 湊が海弧のことが好きだってことくらい分かってるよ!!」


「…………はぃ!?」


 はぃ!? 俺が海弧のことが好きだぁ!? どうしてそんな発想が出て来るんだ!? わけが分からない!


「み、湊は海弧のことが好きで……でも告白する勇気がなくて……だからそのためにデートの予行演習のために私を呼んで……だから……だから私は自分の気持ちを圧し殺して我慢して……でも我慢できなくて……うわぁぁぁぁん…………」


「ちょ! おまっ! な、泣くなって! 何か色々誤解してるみたいだが、訂正する前に少し落ち着け!」


 それから海乃はしばらく幼子のように泣き続けた。何が何だか分からないが、悲しくて泣いてることだけは確かだから、俺は拒むことなく海乃の身体をそっと抱き締めて、泣き止んで大人しくなるまで背中を何度も優しく叩いてやった。


 そして大体十分かそこらくらい時間が経過して、ようやく海乃は泣き止んで大人しくなった。


 泣きすぎたせいで目元か腫れてしまっていて、ティッシュを取り出して残りの涙を拭き取ってやった。スゲェな俺、何故か今だけいくらでも積極的になれる気がしてならない。


「……落ち着いたか?」


「ぐすっ……うん」


「そっか……よしよし」


 すっかり子供のようになってしまっている海乃の頭を撫でてやると、べったりと甘えるように俺の肩に身を預けて来た。本来なら悶え喜んでいるところだが、不思議と今は冷静でいられた。


「さてと……それじゃ、海乃が落ち着いたところで話を戻すぞ? 順を追って聞いていくから答えてくれな?」


「…………(こくり)」


 まるで振り子人形のように頷いた。その仕草がまた可愛くて少し笑いそうになったが、流石に笑う状況じゃないのでなんとか堪えた。


「えーと……まずはだな。俺と遊べるのが最後ってどういうことだ? ま、まさか近々引っ越しするとか?」


「…………(ふるふる)」


 どうやらそういうわけではないらしい。だとすると、やはり一番気になっているアレが原因か?


「ふむ……だったらこういうことか? 俺が海乃の妹である海弧のことが好きだから、もう二人きりで遊べなくなるんじゃないかと思った……と。そんで、今日のデートは海弧とのデートを成功させるための練習デートだった……と」


「…………(こくり)」


 やっぱ正解か。なんつー馬鹿げた勘違いしてんだこのお間抜けさんは。


「ったく、お前ってやつは……。誤解だから訂正しておくが、俺は別に海弧のことは好きじゃねーよ。友達とか義理の妹としてなら好ましい奴だが、異性として見ろと言われたら微塵も欲情しねーよ」


「…………ホント?」


 ようやく口を開いたか。キョトンとした顔しちゃってまぁ……。


「こんな時に嘘なんて付かねぇっての。やれやれ、どう見たら俺が海弧に惚れてると見えるんだか……人を見る目無いぞ海乃」


「ご……ごめん……」


「いや別に謝る必要もないけどさ……。その……なんていうか……」


 海乃が勝手に誤解していたとは言え、もっと早くに俺が気付いてやればこんなに辛い思いをさせることもなかっただろう。そう思うと、申し訳無い気持ちで一杯になる。


 それ以前に、好きな女の子を泣かせるなんて男として失格だ。


「その……謝るのは俺の方だ。海乃の勘違いに最初から気付いていればこんなことにはならなかったんだし……ごめんな?」


「そんな……湊は何も悪くないよ。私が勝手に誤解してたのがいけなかったんだし……」


「それでもだ。それでも謝らせてくれ。泣かせるような真似して悪かった……」


 海乃に向かって頭を下げる。今の俺にはそれしか謝罪する方法が思い付かなかったから。


「……なら、一つ聞いても良いかな?」


「あ、あぁ? 俺に答えられることなら答えるけど……」


 誤解が解けたんだし、今更何を聞くことがあるんだろうか?


「湊は海弧のことが好きじゃないって言ってたけど……なら、他に好きな人っているの?」


「そ……れは……」


 その問いは、俺の未来を大きく動かすことになる選択だった。


 ……とは言え、別に迷ったりはしない。今まではビビって言うことができなかったが、ここで逃げたらそれこそ俺は一生後悔することになる。


 それに、俺はもう海乃に隠し事をしたくない。それは今回の出来事でよく分かった。


 最悪の未来が待ち受けてるかもしれないけど……伝えるんだ。包み隠さず、ずっと海乃に抱いていたこの想いを。




~※~




「…………分かった。正直に話す。だからよく聞いてくれ」


「……うん」


 湊の好きな相手が海弧じゃないって分かった――けど、やっぱり怖い。


 でも私は聞かないといけない。ここまで言って、そして聞いてしまった以上、もう後に引くことなんてできない。


 私は目を背けることなく、湊のことを見つめる。湊が好きな人のことを聞くために。


「俺が好きな人はだな……そいつは毎朝飽きることなく俺を起こしに来てくれてな? 簡単に起きないと分かっている上で、色んな悪戯をしやがるんだよ。最近は俺の宝物である餅焼き道具に手を出しやがって、思わず反射的に身体が動いちまったくらいだ」


「…………え?」


「それと、そいつは女子力がスゲー高くてな? 面倒だと思うことなく平日に毎度弁当を作ってくれたり、誕生日には手作りのケーキを作ってくれたりもしたな。もったいなくて冷蔵庫に保存してたら親に食われて、あの時はかなり泣き叫んでたわ」


「…………うそっ」


「後はそうだな……女の子らしく可愛い物が好きなんだよな。でも俺としては可愛い物好きのそいつ自体が可愛くてしゃーないと思ってんだよな。清楚な雰囲気を持ち合わせた黒髪ロングで垂れ目とか、もうドストライクっつー話だよ。しかも今日なんてその髪をポニテにしてくる+見たこともない可愛い私服の組合わせだぜ? 一目見て発狂寸前だったわ俺」


 そんな……まさか……それって……。


「ここまで言えば、流石に鈍チンのお前でも分かったろ? つまりはそーゆーことだ」


 そんなことって……本当に……?


「俺が惚れてるのは海乃、他でもないお前だよ」


「……う、嘘だよ」


「いや嘘じゃねーっての。物心ついた時からずっと片想いしてたっての」


「そんな……信じられないよ……」


 湊が……湊が私のことを好き? しかも物心ついた頃からなんて……そんな夢みたいなこと信じられるわけがない。


「信じられないって……ならどうすりゃ良いんだよ? 海乃から見たら冷静に見えるかもしれないけど、今の俺って結構限界に近いからな? 本当なら恥ずかしすぎて穴に入りたいくらいだし」


「でも……だ、だって! そんな素振り見たことなかったし!」


「そりゃそうだ、見せないようにしてたんだからな。俺の心の脆さを嘗めるなよ海乃? もし好意を悟られて退かれたりなんかしたらと思って、日々もどかしいと思いつつも不安になりながらお前と接してたんだよ」


「そんな! 私が湊に退くわけないよ! なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」


「い、いやしょうがないじゃん……関係が壊れると思って恐れてたんだからよ……」


「壊れるわけないでしょ!? どれだけ長い付き合いだと思ってるの!? 信じられないよ! 湊のバーカ!根性無し! 鈍感! 阿呆! 間抜け! 餅オタク!」


「いやひでぇなお前!? そこまで言わなくても良いじゃん!? 何!? 今日の俺の所業に対する八つ当たり!?」


「うるさい! バーカバーカ!」


 馬鹿だよ。湊は本当に馬鹿。私が湊のことを嫌いになる? 湊に退いて関係が壊れる?


 そんなこと……万一にも有り得ないのに……。


「バーカ……ぐすっ……バーカバーカ……ぐすっ……馬鹿……馬鹿馬鹿……」


「お、おい湊……そこまでにしてくれないと俺の心が持たなっ!?」


 湊の頭を叩く勢いで、湊の身体に抱き着いた。


 ようやく……ようやく言えるんだ……本当に長かったなぁ……。


「……湊」


「な、なんだ?」


「……私もね? 湊と同じなんだよ?」


「……それってーと……つまり……」


「うん……私も……私も物心ついた時から湊のことが好きだったよ? ずっとずっと、湊のお嫁さんになりたいって思うくらいに大好きだった。勿論、今も心の底から大好きだよ……」




~※~




 ……これはアレか? 俺に一時だけの幸せをお裾分けという肩書きの夢か?


 海乃が? 俺と同じく、物心ついた時から好きだった? しかもお嫁さんになりたいと思ってたくらいにだと?


 うん、夢だなこれは。うんうん、もう良いや。もう死んでも良い気分は死ぬ程味わったからもう良いよ。


「……海乃、一発だけ俺の頬をぶっ叩いてくれ」


「え……な、なんで?」


「いいからほら、一思いにやってくれ」


「だからなんで…………うん、分かったよ」


 海乃の了承を得ると、俺は海乃から離れて立ち上がると、目を瞑ってぶっ叩かれるのを待つ。


「えっと……動かない……でね?」


「当たり前だ。それじゃ意味がないからな」


 あぁ……良い夢だったなぁ……途中で色々とハプニングはあったけど、一瞬でも海乃と両想いになれたのはこれ以上にない幸福の時だった。


 さぁ! 夢の終了時刻は来た! 思いきりぶっ叩かれて、目覚めた瞬間に泣き叫ぼうじゃな――


 ――――チュッ


「…………」


 頬に傷跡が残るくらいの一撃――ではない。かといって、脳天がかち割れてしまうような一撃でもない。


 口元に柔らかな感触。それだけで事は終えられているようだ。


 なんだよなんだよ海乃の奴? 俺は思いきりぶっ叩けと言ったのに、それだとまるで俺にキスしてるだけのようじゃないか。



 ――――――――え゛っ?



 俺は瞑っていた目を見開く。するとその目の前には、俺に口付けを交わす海乃の顔があった。


 頭の中が真っ白になる一方、俺の顔は真っ赤に染まる。これは夢でもなんでもない――現実だ。


 スッと海乃から静かに離れ、そして俺は今までで一番綺麗な海乃の笑顔を見た。


「好きだよ湊……大好き……」


「…………なっ――」


 大好きだと? そんなの……それよりも俺は……。


「お馬鹿っ!! 俺の方が更に大好きに決まってんだろぉ!!」


「アハハッ……そっか……そっかぁ……」


 目元が腫れているにも関わらず、また海乃はポロポロと涙を流して泣いてしまう。でもそれは悲しくて泣いているのではなく、嬉し涙だということはハッキリと分かった。


 そうだったんだな海乃。俺達は……俺達の想いは最初からずっと繋がっていたんだな……。


 俺は――いや、俺達は自分の気が済むまでお互いの身体を抱き締め合い、しばらくそのままの態勢で立ち続けていた。




~※~




「はいカット~! はいはい、お疲れ様でした~」


「「えぇ!?」」


 思わず湊と声がハモってしまった。何故なら、何処からともなく私の妹の声が聞こえてきたから。


「いやはや、一時はどうなるかと思ったけど良かったねお姉ちゃん。もどかしくて二人共ぶっ飛ばしたいと思うことが何度もあったけど、やっぱり本音をぶつけ合うって良いことだよね~、うんうん」


「海弧……一体いつから……?」


「ん? お姉ちゃんが何度も転びながら湊兄のところに向かった辺りからだけど?」


「向かった辺りからって! つまりは最初からずっとってことだよね!?」


「そうとも言うね。でも良いじゃん別に、減るものでもないし~?」


「減るよ! 少なくとも私の中の何かが減るよ!」


 しかも、その手に持ってるビデオカメラは何!? 撮ってたの!? もしかして今日一日一部始終丸々撮影してたっていうの!?


「お、おい海弧。お前もしかして今までの俺達の関係性を知ってたりするのか?」


「は? 当たり前じゃん。お姉ちゃんも湊兄も顔に出る人なんだし。それなのにお互い相手の気持ちに気付かないとか、最早鈍感とかいうレベルじゃない気がするけど? そもそも湊兄、毎朝お姉ちゃんが起こしに行ってる時点でもう気付くところでしょ? 最近いないよ? そんな少女漫画みたいな恥ずかしい行動取る女の子なんて」


「恥ずかしい行動なんて言わないでよ! 私の楽しみの一つだったんだから!……でも海弧の言うことにも一理あるかな……」


「えぇ!? な、なんでだよ! 鈍感なのはお前も同じだろ海乃!」


 あっ、全部解決したせいで開き直れるから、段々湊に対してイライラしてきた。この際だから不満も全部打ち明けよっと。


「私、自分の気持ちが伝わるように毎回アプローチ掛けてたのに、なのに湊って全く気付いてくれてなかったよね~? それに時折学校で他の女の子とお喋りに興じて、最終的に女の子達に取り囲まれて浮かれてた時とかもあったよね~?」


「い、いやそれはその……アプローチの方はともかくとして、俺も人の子なんだし、多くの女の子に好かれるというのは男としての夢というかなんというか……」


「ふーん? へぇー? そーなんだー? じゃあ別に私と付き合えなくても良いってことだよねー?」


「い、いやいやいや!! それは無いって!! 絶対にないって!! 俺には海乃しか考えられないんだって!! いやマジで!! 俺を信じてI Believe!!」


「ぷっ……そんなに必死にならなくても……」


 うん、これ楽しいかも。これから気に食わないことがあったらこうしてからかってやろうかな~? いつもからかわれていたんだし、その仕返しをするくらい別に良いよね?


「うわ~、お姉ちゃん性格悪っ。これってもうアレだよね。最初は気分が満たされるだけイチャイチャして、結婚後は夫を馬車馬のように扱き使う鬼畜嫁になるの確定だよね。湊兄には働かせて、自分は家で横になりながらテレビを盃に煎餅バリバリ食ってるみたいな? ひゃ~、最近の女ってクソ野郎しかいないんだね~?」


「人聞きの悪いこと言わないでよ! そこまで私は魔性の女じゃないもん! 湊限定でちゃんと夫に尽くすタイプだもん!」


「ほぅ……結婚することは否定しないっと……」


「え? あっ……そそそそれはその……」


 嵌められた! しかも湊限定でとか凄く恥ずかしいことまで言っちゃったよ! うぅぅ……恥ずかし過ぎて湊の顔が見られない……。




~※~




「うぐっ……そういうのは卑怯だろ海乃……」


「浮かれてる場合じゃないよ湊兄? 湊兄は湊兄で問題あるんだからさ~? もしこのままお姉ちゃんと付き合ったら、湊兄絶対尻に敷かれることになるよ? 良いのそれで?」


「あァ? んなの良いに決まってんだろーが。俺が今の今まで何のために金を貯めてきたと思ってんだ。俺の通帳が牛耳られようが、馬車馬のように扱き使われようが関係ねぇ。それでも俺は海乃に尽くし続けるぞ」


 今の言葉に嘘偽りはない。ありえないが、もし仮に海乃から「死ねコラ」と言われたら、俺は迷わず切腹できる。だってそれだけ海乃が好きなんですもの。


「ふーん、あっそ。じゃあもういいよそれで。勝手にやれば?」


「いや急に投げやりだな!? もっと他に言うことはないのかよ!?」


「知らないよ。私は早く家に帰って編集作業しないといけないんだから。ちなみに、私が登場した辺りからのこの会話は外伝扱いするからそこんとこ宜しく」


「は? 外伝? 何言ってんのお前?」


「湊兄こそ何言ってんの? 私がなんで自分の時間を割いてまで二人のデートを撮影してたと思ってるのさ?」


「…………え?」


 なんだろう……今日は人生で一番~~みたいなことが多い日だな。さっきまでは海乃と恋人同士になれたことに浮かれてたけど、今はもう熱が冷めて嫌な汗しか出てこない。この心の動揺は何? 焦り? 焦りなのかこれは?


 海乃は海乃で俺と同じように片頬を引きつらせて汗掻いてるし、もしかしてもしかしなくともこいつは……。


「こほんっ……この動画はノンフィクションとして私が素晴らしい編集を施し、近いうちに我等ファミリーを全員湊兄の家に集めて上映会するんで。きっとお母さんもお父さんもおばさんもおじさんも最後には泣いて歓喜の声を上げるだろうね~」


「にょっ!? み、海弧!? それだけは!! その拷問だけは勘弁してぇ!!」


「なら一生私の奴隷になることを誓え。それと湊兄を私の彼氏として献上したまえ」


「うぅっ!? 最早避けられぬ道だと言うのぉ!?」


「うん♪」


「うっわ~……良い笑顔だなぁコイツ……」


 どれだけ抗議したところで意味は成さないんだろうな……。ならばその修羅の道を歩んでやろうじゃーねぇか。大丈夫、きっと海乃となら乗り越えられるさ! …………多分。


「それじゃ最後に湊兄。お姉ちゃんにプロポーズしてよ」


「あァ!? 今度は何言ってんだお前!? それは気が早いというかなんというか……」


「はいはいそういうの良いから。どうせ二人は結婚するの確定なんだし、何なら撮影中の今のうちに言った方が思い出に残るでしょ」


「そうかもしれないけどな!? こういうのはそっとしておいてくれよ!? 俺はともかくとして、海乃はまだそんなこと思ってるとは限らないだろうし……」


「って言ってますが? どうなんだいお姉様?」


「え? 私は……その……」


 ……海乃は満更でもないご様子。マジか、そんなに俺のこと好きになってくれてるわけ? こんな幸せなことは他にないぞ……。


「返事はこのニヤケ顔が物語ってるよね。ほら湊兄。ちゃんとお姉ちゃんを幸せにするって誓って。もしまた泣かせたりしたら殺すからね?」


「殺……わ、分かった。俺も男だ! やってやろうじゃーねぇか!」




~※~




「スタンバイオッケー。それじゃ、どうぞ湊兄~」


「よ、よし……」


 一度抱き締め合った状態から離れて、私と湊は今一度身を向き合う。そして湊がこほんと一つ咳を立てると、恥ずかし死してもおかしくない一斉一代のプロポーズの幕が開く。


「えっと……その……なんだ。俺はこれからも海乃の事を愛し続けると誓うし、どんな困難が立ちはだかろうともお前を必ず守ると誓うよ。だ、だから……この先もずっと俺のそびゃに――」


「「……………………」」


 噛んだ。しかも最後の決め台詞ってところで。


「……………………こ――」


「ぶっ……ア、アハハハハハッ!!」


 だ、駄目っ! これはツボに入ってるっ! お腹がっ!お腹が痛いっ!


「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!! み、湊兄!! それはっ!! それはヤバい!! そのクオリティは磨きがかかってるよ!! ギャグセンっか!! アヒャ! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」


 海弧がお腹を抱えて地面に倒れ込んで爆笑する。あそこまで笑う海弧はぶっ……久し振りに……ぶっ……あぁ駄目! 私も足に力が入らなくなってきた!


「アハハハハハッ!! お腹痛いお腹痛い!! 笑いすぎて死んじゃうよぉ!! アハハハハハッ!!」


「殺せぇぇぇ!! 誰か俺を殺してくれぇぇぇぇぇ!!!」


 私と海弧が笑い上げ、湊が全身真っ赤になって泣き叫ぶ。


 馬鹿みたいに騒がしいけど――私達はきっと心の底から喜び、笑っていた。


 ありがとう湊……これからもずっと……ずっと一緒にいてね……。




 ――私は貴方を愛しています――

というわけで、いかがでしたでしょうか? 納得のいく展開として受け入れてもらえたでしょうか?


自分で言うのもなんですが、いつも書いていたようなくだらない話とは違い、今回は笑いと涙をバランス良く取れたような作品……つまりは良作品に仕上がったな~と思っております次第です。


にしても王道恋愛はやっぱり良いものですね。妬や嫉みを抱く人もいるのかもしれませんが、少なくとも自分は見ていて「あぁほっこりする……」みたいな気分になりますね。皆さんはどう思うでしょうか?


さて、無事ハッピーエンドを迎えてくれた海乃と湊ですが……これ相当気に入ったので余談も書きたいと思っています。


でも恐らくその話に泣き要素はなく、笑いのオンパレードになると思いますので、このまま感動の余韻を残したいと思っている方々は読まない方がよろしいかと……。


それでは長くなりましたが、次回のお馬鹿短編七作目まで御機嫌よう!

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