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居候猫の父の気がかり  作者: 小高まあな
第三幕 猫には首輪を。
8/34

3−3

 胸元で揺れる猫を、ぴんっと軽く弾く。

 ふふふっと、笑みがこぼれた。

 ソファーに横になりながら、マオは存分にペンダントを楽しんでいた。

 もうすぐ日付が変わるころ。お風呂に入るからと外していたそれを、つけ直したところだった。

 やっぱり、これ、可愛いなー。

「……お前、寝るならベッドいけよ」

 マオの足元の方、床に座った隆二がつまらなさそうに声をかけてくる。

「わかってるよー」

「あとちゃんと、髪の毛乾かせよ」

「わかってるってばぁー」

 今、ペンダントを愛でるので忙しいんだから、放っておいて欲しい。

 隆二は、マオを一瞥すると、どうだか、とでも言いたげに肩を竦めた。

 まったく、隆二は本当、ちっともマオの気持ちをわかってくれない。すっごく嬉しいからこうしているのに。嬉しいっていう気持ち、ちゃんと伝わっているんだろうか。

 飄々と本を読んでいる隆二を見ていると不安になる。

 傍においていてくれることも、面倒をみてくれていることも、本当に嬉しいと思っているし、感謝しているし、こんなに大好きなのに隆二にはいまひとつ、伝わっていないんじゃないかなーと思うときがある。

 だってほら、ひとでなしだし。

 それに、マオも言葉で全部を伝えられるほど、賢くない。

 溜息まじりに起き上がると、タオルで濡れた髪を拭く。

「……ドライヤー使えよ。せっかく買ったんだから」

 やっぱり呆れたように言われる。

 本当、隆二は注文が多い。

「めんどうなんだもん」

 なんだか素直になれなくてそう言って唇を尖らせると、

「……やってやるから、もってこい」

 心底面倒くさそうだったが、思ってもないことを言われた。

「え、本当!?」

「嫌なら自分でやれ」

 言って隆二の視線がまた本に戻る。

「やじゃない!」

 慌ててそう言うと、立ち上がって洗面所にドライヤーをとりにいく。

 戻ってくると、隆二は読みかけの本を適当に床において、ソファーに腰掛けた。

「そこ」

「はーい」

 指差された隆二の足元、床に座る。

「……あ、これかスイッチ」

 背後からちょっぴり不安な声が聞こえるけれども、気にしない。もしかしたら、隆二がやると酷いことになるかもしれないけれども、気にしない。

 大事なのは結果じゃないのだ。隆二が髪を乾かしてくれる、と言い出したことなのだ。

 ぶぉぉぉっと、ドライヤーから出た温風が髪を揺らす。

 思っていたよりも手慣れた手つきだった。そっと触れる手と風が嬉しくて心地よくて、目を細める。

 機械の類いにはめっぽう弱いが、決して隆二は不器用じゃないのだ。機械さえなければ、なんでもそつなくこなしてしまう。

 料理だって、すっかり上手になったし。

「隆二はー」

 ドライヤーの音に負けないように声をはりあげる。

「なんでもできてすごいねー!」

 素直な感嘆の言葉に、

「お前がなんにもできなさすぎなんだよ」

 ちょっと笑いながら言われた。

 それはまあ、そうかもしれない。字も、練習しているけれども難しいし。なんにもできない。

 ちょっと落ち込んでしまうと、

「ばーか」

 くしゃくしゃっと髪の毛をかきまわされた。

「ちょっとぉー」

 振り返ると、隆二が笑っていた。楽しそうに。

 それになんだか嬉しくなる。最近の隆二は優しいし、前よりもいっぱい笑ってくれる。多分、本人は無自覚だから言わないけど。言ったら恥ずかしがって、もう笑ってくれないかもしれないし、また意地悪されるかもしれないから。

 ドライヤーを止めて、

「いいんだよ、ゆっくりで」

 隆二が優しく言った。

「零歳児なんだから」

 からかうような言い方だったけど、やっぱりいつもよりちょっと声が優しい。

「……もう、一年経つよ」

 発生してから。

 小声でそう訂正すると、

「あれ、そうだっけ」

 時間の感覚に乏しい隆二は軽く首を傾げた。

 隆二のところにきてからだって、一年経った。

「まあ、対して変わらないよな」

「隆二から見たらそうだろうね」

「だからまあ、ゆっくりでいいんだよ」

 ぽんぽんっと頭を軽く叩かれた。

「ん」

 それに素直に頷く。

 それを見て隆二は満足したのか、またドライヤーのスイッチをいれた。

「それに、ほら、あれだろ」

「んー?」

「ケータイは、お前の方が使いこなしてるだろ」

「それは、ねー?」

 だって、機械は隆二が不得意過ぎるから。

「それに」

 そこで隆二は、躊躇うようにちょっと間をおいてから、

「一緒に学んでいこうって言っただろ」

 なんだか早口で言った。

 それに思わず振り返りそうになるのを、

「前向いてろ」

 ぐっと頭を押さえつけられて、妨害される。

 多分、今、隆二はちょっと照れている。

 それに思い至ると、ふふっと笑みがこぼれた。

 隆二が約束をちゃんと覚えていてくれたことが嬉しい。すぐに色々忘れちゃう人だから。

「はい、終わり」

「ありがとー」

 振り返ると、

「どういたしまして」

 いつもどおりの、ちょっとつまらなさそうな顔で隆二が答えた。

「ほら、そろそろ寝ろ」

「はーい」

 実体化している時に嫌だな、と思うのは、ちゃんと夜寝るように言われることだ。幽霊のときだったら、夜中どんなに起きていても何も言われないのに。

 でもやっぱり、幽霊のときよりも眠くなる。実体化していると動き回るからしかたない。

「寝る時それ、外して寝ろよ」

 首元を指差される。

「これ?」

 ペンダントをつまむと、頷かれた。

「お前、寝相悪いから寝ている間に首しまるかも」

 そっけなく言われる。

 バカにされて一瞬むっとしたけれども、よくよく考えてみれば心配されている気がしてきた。だから怒るのを一度ぐっと堪えて、

「わかったー」

 小さく頷くにとどめた。

「それじゃあ、おやすみなさい」

 立ち上がる。

「うん、おやすみ」

 軽く片手を振った隆二は、また本の世界に戻っていた。

 隣の部屋のベッドに潜り込む。すっかりマオ専用となったスペースだ。

 ペンダントを外すと、ちょっと迷ってからタンスの上に置いた。

 何かお洒落な箱かなにかにいれておきたいな。幽霊に戻っている時に、万が一どっかにいってしまったら困るし。とりあえず、明日何か箱がないか隆二に訊いてみよう。

 思いながら目を閉じる。

 うつらうつらしながら、思う。

 何かお返しがしたいな、と。

 実体化したなら、なにかお礼の品を買いに行くこともできるじゃないか。言葉や態度だけじゃなくて、物をプレゼントできる。そうしたら、マオの気持ち、ちょっとはわかってくれるかもしれない。あの駄目駄目隆二でも。

 今月はもう、明後日には元に戻ってしまうから難しいけど、来月になったら隆二がいない隙をついて、買い物に行こう。一人ででかけるなとか言われているけど……。まあ、いいや。怒っている隆二も笑顔になるぐらいの、なにか素敵なものを探そう。

 自分の想像にふふっと笑みが溢れる。

 喜んでくれるもの、あるといいな。

 そんなことを思いながら、意識は落ちていった。

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