3−2
「ただいま」
スーパーでの買い物を終えて、家に戻ると、
「おかえりなさーい」
ぱたぱたとマオが玄関まで出て来た。
「走らない」
「走ってない!」
うそつけ、走っていただろうが今。
テレビはニュースを流している。ああ、飽きたんだな、さては。
「夜ご飯なにー?」
スーパーの袋を覗き込んでくる。
「んー、シチュー。っていうか」
野菜達と一緒にいれていた、ペンダントの袋を渡す。
「これやる」
「え? なになに?」
小さな袋を受け取ったマオが、驚いたような顔をする。
「あけていい?」
「どーぞ」
びりびりと、酷く乱暴に袋をあけたマオが、
「わー」
出て来たペンダントを目の前にかざして、きらきらと顔を輝かせた。
「え、なに、どうしたの? どういう風のふきだまり?」
「強引に売りつけられた。あと、吹き回しな」
また優しいから気味が悪い、とか言われないように言い訳する。浮かれたマオは、そんなこと聞いちゃいなかったが。
「えー、わー、嬉しい! 猫、可愛い! 緑お揃い!」
えへへ、っとだらしなく頬を緩ませる。
思っていた以上に喜んでくれたので、こちらも小さく唇を緩ませた。
「ね、つけて! つけて!」
はいっと渡される。自分でつけろよ、とは思ったが、ここまで喜ぶのならば、多少サービスしてもいいかもしれない。
「後ろ向いて、髪じゃま」
後ろ向いたマオが、髪の毛をひとまとめにする。ペンダントをそっととめた。
「はい」
「ありがとー! 大事にするね!」
こちらを向いて、マオがまた、さらに笑う。首元の猫を指で弾く。
かわいいねーなんてペンダントに向かって話かけていたが、
「そうだ!」
ソファーに置いてあった自分のケータイをとってくる。
「写真撮って!」
そしてそれを隆二に渡した。
途端に、渋い顔になったのが自分でわかった。撮ってって、お前。
「もー、待って」
それを見て、マオが呆れたような顔をしながら、ケータイを操作する。
「はい、これで大丈夫。あたしに向けて、そのカメラのマークそっと触ればいいから」
ご丁寧にカメラを起動させてくれた。
しぶしぶ、それを持ってマオに向ける。
浮かれた顔をしたマオとペンダントが画面にはいるようにして、言われたとおりカメラのマークに触れた。
かしゃっと音がする。
「撮れた?」
横からひょいっとケータイを奪いとられた。
「あ、うん、撮れてる撮れてる。ほら」
見せられた画面には、確かに浮かれたマオの写真があった。
よかった、取り直しを要求されなくて。
「そうだ」
隆二のズボンのポケットからひょいっと、隆二のケータイを抜き取った。
今度は何を企んでいる。
「マオ」
呆れて名前を呼ぶと、マオは手慣れた様子で隆二のと自分のケータイを操作しながら、
「これ、隆二のケータイの待ち受けにしてあげる!」
とんでもない発言をした。
「ちょっ」
慌てて取り返そうとすると、それよりもはやく、マオはひょいっとソファーに飛び乗った。
「跳ねない!」
「もー、あとちょっとなのー!」
ソファーのうえに立ち上がり、隆二からケータイを庇うように背中を向ける。
「ちょっとじゃなくて、返せ」
近づいて手を伸ばすと、マオはそれを避けるように身をよじった。ソファーの端っこでそんなことをするから、バランスを崩して倒れそうになる。片足がソファーから落ちる。
「ひゃっ」
「マオっ!」
それほど高くないとはいえ、足を捻るぐらいはしかねない。慌てて手を伸ばし、その体を支えた。
「わ、びっくりしたー」
無事着地したマオが、驚いたような顔をする。
びっくりしたのはこちらの方だ。頼むから、むやみやたらに怪我するようなことをしないで欲しい。なんで家の中でまで、こんなに肝を冷やさなきゃいけないんだ。
「マオ! お前な」
「助けてくれて、ありがとー」
小言の一つ二つ言ってやろうと口を開いたが、笑顔でそうお礼を言われて言葉につまる。わかっているのか、わかってないのか。
マオはそんな隆二のことは気にせず、ケータイを操作し、
「あ、はい、できたよ」
隆二にケータイを返した。
受け取ってみると、確かに待ち受け画面がさっきの浮かれたマオの写真になっていた。
「勝手になにすんだよ!」
直せないだろうがっ!
「それが嫌なら隆二が、自分でがんばって直せばいいんだよー」
どうせ無理でしょう? と言いたげに勝ち誇って笑われる。実際無理なのだが。
しばらくケータイを睨みつけていたが、
「……まあ、いいか」
誰に見せるものでもないし。
そう自分を納得させると、諦めてケータイをテーブルの上に置いた。
「……怒った?」
ここにきて、急にマオがそう尋ねてくる。恐る恐る、隆二の顔色を伺うようにして。不安になるぐらいなら、最初からこういうことするなよ。
「呆れてるだけ」
溜息まじりにそう言うと、片手でその頭をぞんざいに撫でた。それにマオが、安心したようにちょっとだけ笑う。
「あと、あんまり飛び跳ねたりしないように。危ないし、下の人に迷惑になるから」
「……危ないし、心配?」
なんでそこでちょっと嬉しそうな顔をするんだ。
「下の人の迷惑になるから」
後半の理由を強く推すと、
「……はぁーい」
ちょっと頬をふくらませる。
「ほら、夕飯作るから」
ちょっとどいてて、と言おうとすると、
「手伝う!」
元気よく言われた。
手伝う、ね。台所って刃物も火もあって危ないんだがなー、とは思いつつ、
「じゃあ、とりあえず買って来たものしまっといて」
無難なところを頼む。
「はーい」
マオは持っていたケータイをテーブルの上に置くと、代わりにスーパーの袋を手にとった。
マオのケータイには、猫のぬいぐるみがついている。ストラップにしてはでかすぎだろ、とは思うが本人は気にしていないらしい。裏返しておかれたケータイ。そこには、この前とったプリクラが貼られていた。最初の、一番うまくとれたやつ。
それを見て少しだけ微笑む。
まあ、マオが楽しそうだし、いいか。
「りゅーじー!」
「はいはい」
台所で手招きしているマオの方へと向かった。