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居候猫の父の気がかり  作者: 小高まあな
第二幕 愛猫フォトコンテスト結果発表
4/34

2−1

『きゃーっ!』

 ソファーでうたた寝していた隆二は、居候猫の悲鳴で目をさました。

「マオっ!?」

 慌てて体を起こし、声の方を見る。

 マオが口元を両手でおさえ、

『ひゃーっ!』

 また声をあげた。視線はテレビに釘付けだ。

 なんとなく状況が理解できて、立ち上がりかけた体を、またソファーにおろす。

 これはあれだ、悲鳴じゃなかった、黄色い歓声ってやつだ。

 幸いだったのは、今のマオが幽霊なことだ。これが実体化している時だったら、近所迷惑だったことだろう。

『採用されたっ!』

 テレビ画面に写っているのは、半分透けた状態で浮かれてピースサインしている、この幽霊の姿だった。

 見覚えのある写真。隆二がケータイを手にしたころ、マオに言われてとった写真。

 そういえば、例の心霊写真は、あの後エミリに頼んでテレビ番組に送ったのだった。それがどうやら、採用されたらしい。

『なんで、うちにはビデオないのっ! ケータイケータイっ!』

 マオは画面を見たまま、片手を伸ばし、テレビ脇の棚に置いてある自分のケータイに手を伸ばし、

『ああっ、あたし、今、幽霊の方だったっ!』

 空を切った手を恨めしく見る。

『隆二! とって!』

「諦めろ」

 もうカメラの起動の仕方なんて覚えていない。

『えー、もうっ!』

 言っている間に、マオの写真は消えて、別の話になった。

『あーあ、記念に写真とっときたかったのになぁー』

 ぷぅっと膨れる。

 写真がテレビに映っているのを写真にとりたい、とは一体どういうことなのか。隆二にはその感覚がよくわからない。

 むすっと膨れたまま、ごろんっと畳の上に倒れ込む。よっぽど残念だったらしい。

「……でもまあ、よかったな。採用されて」

 仕方なく、フォローの言葉をかけてみる。

『うーん』

 返事は煮え切らない。

「採用されると一万円だったか? 今ならそれ、自分でも使えるじゃないか。服でもなんでも、好きなものを買えばいい」

『……違うの』

 マオが顔だけこちらに向ける。むすっと、への字の唇。

「違う?」

『あのね、採用はされたんだけど、あたしが採用されたのは、お巫山戯心霊写真コーナーで、ちょっと違うの。格が』

「……格が?」

『ちょっと変わった、怖くない心霊写真が集まってるコーナーなの』

 まあ、幽霊がピースサインしていたら、そうなるわな。

『それだとね、記念品のボールペンだけで、賞金でないの』

 むすっと膨れている。

「あー、なるほど」

 採用されたことは嬉しい。テレビに映っていた自分を見ることは嬉しい。だけれども、目的の一つである賞金は手に入らない。それは悔しい。

 そういうことだろう。

『あーあ、なんか微妙っ!』

 呟いて、ごろりと寝返りをうつ。うつぶせになってしまったから、顔が見えない。

 さてはてどうしたものか。まあ、しばらく放っておけば、勝手に機嫌直すだろうけれども。

 ちょっと考えてから、

「マオ」

 名前を呼んでみる。

 僅かに顔を動かして、片目だけでこちらを見てくる。

「じゃあ、今度、写真撮ろう。実体化しているときに、一緒に」

 なにが、じゃあ、なんだか自分でもわからないが、悪くない提案だと思った。せっかくちゃんと写真にうつるようになったのだ。写真の一枚や二枚ぐらい、残しておいてもいいだろう。

『本当っ!?』

 がばっとマオが体を起こし、ぱぁぁっと明るい笑顔になる。

「ああ」

 単純な彼女に呆れて笑いながら頷くと、

『やったぁ!』

 マオが両手を叩いて喜んだ。

『嬉しい、ありがと!』 

 そのまま、ひょいっと跳ねるようにして、ソファーに座る隆二の隣にくる。

「ん」

 軽く頷いて、その頭を軽く撫でた。

『えへへ、早く、ご飯の日来ないかなー!』

 そうだなーなんて相槌をうちながら、またマオの一挙一足に肝を冷やす期間がくるのかと思うと、手放しでは喜べなかった。

 覚悟はまだまだ決まらない。

 突然、部屋にコミカルなメロディーが流れる。

『あ、ケータイ』

 テレビの前に置いた、マオのケータイが鳴っていた。奏でているのは、疑心暗鬼ミチコのテーマソングだ。ケータイを手に入れてそうそうに、マオが設定したのがこれだ。だからどんだけ好きなんだよ。

 このケータイも、隆二のと同じく研究所からの支給品だった。違うのは、

『りゅーじ、確認して』

「やだよ。お前の壊しそうで怖いから」

 指をさすマオに、苦い顔を返す。

 隆二とマオとの決定的な差。それは、ご老人向け機種と、スマートフォンの差だった。

『えー』

「無理無理。なんでそれ、ボタンがないのに動くのか、本当わからん」

 自他ともに認める機械音痴の隆二には、そんな未知の物体を触る勇気がない。

『えー、じゃあ、ご飯の日まで確認できないのぉ?』

 不満そうに唇を尖らせる。

「マオにメール送ってくるなんて、どうせ嬢ちゃんだろう。聞けばいいじゃないか」

 言いながら、ダイニングテーブルに上に放っておいたケータイをとってくる。まあ、聞けばいいじゃないか、ってその聞くのが大変なわけだが。

 未だになれない手つきで、メール作成画面を起動しようとしていると、

「うわっ」

 手の中でケータイが震えた。急に震えるなよ、驚くじゃないか。

 驚いて放り投げそうになったそれを、再びキャッチして、画面を確認する。

「あ、嬢ちゃんからだ」

『なにー?』

 マオが画面を覗き込んでくる。

『えっと、マオさんにメールしましたが、今は確認できませんね。すみません。えっと……』

「転送」

『てんそーするので、マオさんによろしくお伝えください』

 そこまで読んで、マオが隆二の顔を見て、嬉しそうに笑う。

『やさしーね、エミリさん。隆二に送ってくれて』

 それからまた、画面を見る。

『オカルトクエスト内の心霊写真探偵のコーナー、見ました』

「……嬢ちゃんも、そういう番組見るんだな」

 っていうか、そういうタイトルだったのか、あの番組。

『マオさんのあの写真、でていましたね。びっくりしました。メインの部分ではなかったのが少し残念ですが。送るのをお手伝いした身としては、嬉しかったです。咄嗟に画面を写真にとったので……』

「添付」

『てんぷ、しておきますね』

 更にスクロールすると、確かになにか添付ファイルがついているようだった。

「……どうするの、これ」

『そこクリックしてー、そう』

「あ、開いた」

 どうにか画面に呼び出した写真には、テレビに映る、居候猫の間抜けな心霊写真があった。

『きゃーっ!!』

「……耳元で叫ぶなよ、うるさいな」

 またあがった黄色い歓声に、右耳を押さえる。別に鼓膜を通して聞こえているわけではないのだが、気分として。

『もー、エミリさん、さっすがー! すてき! 大好き! 隆二とは違うなぁ!』

 嬉しそうに笑いながら、手を叩く。

「……よかったな」

 あまりのはしゃぎように呆れながら声をかけると、大きく頷かれた。

『りゅーじ、お礼のメール!』

「……俺がやるのか?」

『だって、あたし今メール打てないもん!』

「……だよなあ」

 しぶしぶ、返信メッセージを作成する。

「……マオがとっても喜んでいた、ありがとう。今度ちゃんと本人から返事させる。で、いいか?」

『……もっとこの感動を伝えて欲しいんだけど、隆二だから仕方ないね』

 一瞬、顔をしかめたものの、素直にマオが頷いた。マオの感動とやらを伝えるためのメールなんて、一日あっても完成するとは思えない。

 なんとかメールを打ち終えて、送信。

 やはり慣れない。疲れる。

 溜息をつきながら、ケータイをソファーに置いた。

『ありがと!』

 幾分、落ち着いたマオが、ぺこりと頭をさげる。

「どーいたしまして」

 苦笑しながら返事を返した。

『あ、写真もらったけど、二人の写真も撮ろうね!』

「はいはい」

 投げやりに返事をする。

 まあ、写真をとること自体に、反対すべき点がないし。

 と思っていたら、なんだかじっと見つめられる。

「……何」

 なんだか射抜かれそうな視線に、居心地の悪さを感じる。

『……隆二さ』

「うん?」

『何か最近、優しい』

「……は?」

 優しい?

『気味悪いんだけど。今だって、前だったら、写真手に入ったからもういいだろめんどくさい、とか言うところじゃない? っていうか、そもそも、一緒に写真撮ろうなんていう、ナイスな心遣いなんて出来なかった!』

「……一度、お前の中の神山隆二像を改める必要があるな」

 どれだけひとでなしだと思っているのか。

「別に、優しいならいいだろ」

 呆れて笑いながら言うと、

『何か、隠し事してない?』

 言葉で射抜かれた。

 一瞬、挙動がおかしくなりそうなのを、必死に耐える。

「はぁ?」

 普段どおりを意識して、呆れたように言葉を返す。

「何を根拠に」

『女の勘!』

 また、面倒なものを根拠にしたな。

 しかし、確かに以前よりもマオの要望を叶えようとしているのは事実だ。あのとき、どうして無視したのだろう、と後悔したくなくって。

 それは、確かに、不自然だったかもしれない。

『何か、疾しいことがあるんでしょうっ!』

 腰に手をあてて、挑むように言われる。浮気がバレたらこんな感じなんだろうか。

「例えば?」

 動揺を押し隠して、平静を装う。

『わかんないけど!』

 さっきと同じテンションで言われる。イマイチ迫力が足りない。

「なんだそれ」

 呆れたように笑ってみせる。

「そりゃあ、多少変わるだろ。マオが実体化するようになったら、生活様式が変わるんだからさ」

『だけどなんか怪しい!』

「あーそう、そんなに言うならわかった」

 わざとらしく、足を組み直して、告げる。

「もう、お前の言うことは何一つきかない」

 言った瞬間、マオの顔が泣きそうにくしゃりと歪んだ。

 そういう顔をされると、多少は胸が痛むのでやめて欲しい。

「写真もとらない」

『や!』

 短く叫んで、飛んでくると、隆二の顔をのぞき込むように床に座った。

『写真撮りたい!』

「優しいから気味が悪いんだろ」

『気味が悪くてもいいから、写真撮りたい!』

 気味が悪いは否定する気ないのかよ。

「隠し事してるから嫌なんじゃないか?」

『うう、してるような気がするけど、してないっていうことでいいから!』

 そこも妥協し切らないのかよ。

「ふーん?」

 ちらりと視線を向けたマオが、思ったよりも真剣な顔で、少し笑いそうになる。そんなに大事なことなのか、写真が。本当、何事にだって真っすぐに向き合っているな。

『ごめんなさいー。優しいのはいいことでした!』

「……まあ、わかったよ」

 ぽんぽんっと、その頭を軽く叩く。

 すると、途端にマオの顔が華やいだ。

『写真、とってくれる?』

「ああ」

『ありがと!』

 えへへ、っと笑う。

 その額を軽く指で弾いた。

「なんにも隠し事とかしてないから、気にするな」

『はーい』

 隠し事の件はもういいのか、マオが楽しそうに片手をあげて返事をした。

 よかった、うまくごまかせた。

 結局のところ、覚悟がまだ決まっていないから、マオに覚悟の内容を話すことができない。

 きっと、実体化にともなう弊害を聞いたら、マオはショックを受ける。それを一緒に受け止めてやるだけの覚悟が、まだ自分にはできていない。

 今はまだ、はしゃいでいるマオを見ていたい。

 だから、今後は多少、優しさに気をつけよう。

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