9−5
事務的な話を終えて、エミリを駅まで見送った。
帰り道、のんびりと手を繋いで帰る。マオの左手と繋いだ隆二の右手には、あのブレスレットが巻かれていた。
「ところでさ」
隆二は歩きながら、隣のマオに話かける。
「んー?」
「お前、なんであそこに住みたいって言ったわけ?」
「え、今?」
驚いたようにマオが目を見開く。まあ、タイミング逃して、訊くのが遅くなってしまったことは否めないが。
マオは、隆二らしいね、と小さく笑うと、
「隆二が住んでいたところに住んでみたかったんだよー」
と、なんでもないように続けた。
「この前来たときはすぐ帰っちゃったし。じっくり見てみたかったの。隆二が住んでいたところ。隆二が見てたものとかも」
そこまで言ってから、ちょっと困ったような顔をして、
「もしかして、嫌だった?」
こちらの顔色を伺ってくる。
「……や、別に?」
嫌ではないのだ。ただ、なんとなく微妙なだけで。現在と過去が交差する感じが、うまく言えないけれども、不思議な気分になるだけで。
「嫌ではないよ」
「そっか」
よかった、とマオが笑う。
さっきからよく笑っているな、とその顔を見て思う。楽しそうに笑っているのならば、まあ引っ越しも悪くなかった。
角を曲がり、自宅が見えてくる。
門のところで、一度マオが立ち止まった。つられて一緒に立ち止まる。
マオは家全体を見回すと、
「ねぇ、隆二、ここは、あたしたちの家よね?」
隆二の顔を見て首を傾げた。
「ん? ああ」
なに当たり前のこと訊いているんだか。
「ふふーン! これでも居候なんて言わせないんだからねっ!」
するとマオは、何故だかやたらと勝ち誇った声でそう言った。
「は?」
予想外の展開にあっけにとられる。
「隆二の家に居たら居候だけど、隆二とあたしの家なら同居人でしょう?」
そう言って楽しそうに笑うと、隆二の手から鍵を奪いとって、さっさと玄関の鍵をあける。
居候? ああ、なんだ、そんなこと気にしていたのか。
そう言えば、確かにいつまでも居候猫だと言っていたけれども、それは便宜上そう呼んでいただけで、隆二の中ではとっくの昔に居候から同居人ぐらいには格上げされていたのに。
言ってくれればよかったのに。そんなに気にしているのならば、言ってくれればよかったのに。
そう思いながら、同居猫の後ろ姿を見ていると、
「あ、あとさ」
玄関を入ってすぐのところでマオが振り返った。
「ん?」
「あたし、決めたから」
「何を?」
「覚悟を」
言ってマオは、悠然と微笑む。
予想だにしない言葉に、思わず息を呑んだ。覚悟を、決めた? 何の?
「もしも死んでも、また幽霊になるから。絶対になるから。そう決めたの。元々幽霊なんだもの、またなるのなんて、簡単だよね、きっと。未練があればなるっていうし、未練たらたらだし? 猫に九生あり、って君子で言ってたしね!」
なんだか悪戯っぽく笑って、歌うように続ける。
「隆二が泣いて喚いたって、一人になんかしないから」
くすくすと笑うと、あっけにとられる隆二を残し、くるっとターンして家の中に入って行く。
幽霊になる? 何を言っているんだ、こいつは。そんなこと、出来ると思っているのだろうか。
でもそうか。幽霊になったら、また元に戻るだけなのか。それがもしも、可能ならば、それもありなのかもしれない。
相変わらず想定の斜め上をいく。想定外の存在だ。想定外の存在だから、もしかしたら本当に幽霊になって、またまとわりついてくるのかもしれない。それならば、それでいいかもしれない。
見ていて飽きない、と茜に言った。あれはやっぱりそのとおりだ。一緒にいて飽きない、退屈しない。いささか振り回されてはいるけれども。
この同居人が何を考えているのか、まだまだわからないことだらけだ。
まあ、ゆっくり知っていけばいいさ。時間はまだまだあるのだから。
とりあえず今は。
「さって、テレビ見ようっと!」
マオが、既に運び込まれていた赤いソファーにぽんっと飛び乗る。今までと同じように。
「マオ」
そこに声をかけた。
「ん?」
「ただいま」
言ってみる。ここは二人の家なのだから。
マオは驚いたように目を見開き、
「おかえりなさい、隆二」
ぱっと花が咲くように、笑った。




