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居候猫の父の気がかり  作者: 小高まあな
第九幕 迷い仔猫の同居人
33/34

9−4

 一通り家の中を見たあと、居間に向かう。

 家具や食器類は予め運び込まれているので、コーヒーぐらいならば直ぐに飲むことができた。

 隆二が人数分のコーヒーを、運び込まれたダイニングテーブルの上に置いた。

 エミリはそれを受け取ると、自分の向かいでなにやら楽しそうに話す、隆二とマオを見る。

 そろそろ、あの話をしよう。

 きっと、隆二はなんらかのことを察しているだろうけれども。

「……あの」

 二人の会話が途切れたところを見計らって声をかける。

「お話が、あるんですけど」

「エミリさん、どうしたの?」

 一つ深呼吸してから、

「……わたし、研究所をやめることにしました」

「ええ!?」

 エミリの言葉に、マオは驚いたように声をあげたが、隆二は少し眉を動かしただけだった。やはりそれなりに察していたか。

「え、あれ、もしかして、あたしのせい? あたしのこと助けたから?」

 慌てたようにマオが言うが、

「いえ、自分で決めたことです」

 それはしっかり否定した。

 確かに直接のきっかけは、マオ達の側についたことだ。だけれども、マオ達の側につくことを選んだのは自分自身だ。研究所とはかりにかけて、マオ達を選んだ。

「正直、自分の人生において研究所よりも大きな存在ができるとは思っていませんでした」

 それぐらい、研究所の存在はエミリにとって大きいものだったから。

「でもだったら、辞めてもわたしはきっと平気だな、と思ったんです」

 研究所を辞めたら何もなくなってしまうと、昔は思っていた。今は違う。何もないかもしれないけれども、それは何かを掴めるということなのだと、知っている。

 辞める前に最後の我が侭だ、と今回の引っ越しのことなど全てをねじ込んだ。あれが自分の最後の仕事だ。最後にこの二人の役に立てたのならば、言うことはない。

「……おっちゃんは?」

「父は好きにしろと言っていましたから」

「ふーん、ならいいか」

 隆二は興味なさそうな顔をして、呟いた。

「……だから今日、ちょっと地味な格好なんだな」

 そのまま呟かれた言葉に苦笑する。見ていないようで、この人は意外とよく見ている。

「ええ、まあ。あれはなんとなく、制服みたいなものだったので」

 真っ赤な格好は研究所の人間として働くときの、制服のようなものだった。私服ではあるものの。戦闘服と言い換えてもいい。あれを着ると身が引き締まる気がしていた。

 今となっては、もうあれを着ることもないのだろう。そう思う。

「え、でも、辞めてどうするの?」

「イギリスに行きます」

 マオの言葉に小さく微笑み返す。

「わたし、高校も行ってませんし、どうしようかと思っていたんですけど、祖父の友人がこちらで勉強しないか、と言ってくれたんです。数年、向こうで勉強しようと思っています。自分がなにをやりたいか、を」

 それから小さく息を吸い込み、一番大切なことを告げた。

「ですから、しばらくお会い出来ません」

 エミリの言葉を聞き終わると、マオが横の隆二に訊いた。いつもわからないことを訊くのと同じ口調で。とても軽く。

「イギリスって遠いの?」

「遠いだろ。海越えるし」

「へー、いいな。あたしも行きたい!」

「パスポートないだろお前」

「実体化してない時にいけばいいじゃん」

「俺が無理。あんな鉄のかたまりが空飛ぶ何てありえない、絶対乗ったら落ちる」

「隆二おじいちゃんだもんねー」

 そうやって、ぽんぽんといつもとおりの会話をしていく。それなりに意を決しての発言だったのにいつもの会話を。

 そんな二人の会話に圧倒されて、エミリはぽかんっと間抜けな顔をした。

 そんなエミリのことは気にせず、

「まあ、帰って来たらまた遊びにきてね」

「どうせ俺たち暇してるから。いつでもいいからさ」

 二人は微笑んだ。

 それになんだか、きゅっと心臓が痛くなる。視界が歪む。

「……エミリさん?」

 マオの心配そうな声に慌てて深呼吸をすると、微笑んだ。

「ありがとうございます」

 もう二度と、会わないぐらいの心づもりだった。そちらの方が、彼らの負担にならないと思ったのだ。

 だけれども、来ていいと言ってくれるのならば、自分はまた彼らに会いたい。そして、彼らが社交辞令を言うなんて、そんなことが出来る人じゃないことをエミリはよく知っている。本心から、来ていいと思ってくれている。

 それは、とても、嬉しい。

「絶対にまた来ます」

 力強く言い切った。


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