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その準備の連絡は意外とはやく、一週間後には、いつでも引っ越せますよ、などと言われた。それならば、マオが実体化しているうちに引っ越してしまおう、と連絡を受けた二日後には、新天地に向かっていた。
どうせ荷物なんて、たいしてないし、面倒な手続は研究所任せだし。
電車を乗り継ぎ、目的地につく。切符の購入も乗り継ぎの案内も、全部エミリに頼んだが。
人の少ない駅で降り立つと、ちらほらと視線が向けられた。
「やっぱり目立つのかな」
向けられる視線に、マオは右手を隆二にくっつけて隠そうとする。必然的に腕を組んだような形になって逆に目立つような気もした。
研究班の寄越した義手をつけているから、ぱっと見はよくわからない。それでも、右手のことは気になるらしい。こればっかりは、慣れてもらうしかないな、と思っている。
「そんなことありません。うちの研究所はバカばかりですが、その腕は優秀ですから。わたしたちが可愛いのに神山さんがむっつりしてるからですよ」
そういって微笑むエミリ。お前の服が真っ赤だから目立っているんだよ、と思うのはどうやら隆二だけらしい。
とはいえ、赤は赤だが、エミリの服はいつもと違っていた。
今までのエミリは、いつも同じような、赤いジャケットに、かろうじてオレンジ色っぽいスカート。赤いブーツ、赤いベレー帽と全身赤コーデだった。
今日は白いブラウスに赤いカーディガン、赤いチェックのスカートで、靴は黒のパンプスだ。帽子も被っていない。
赤は赤だが、いつもと違う。控えめだ。
その理由を考えながらエミリを見ていると、
「なにか?」
視線に気づいたエミリに、不思議そうな顔をされた。
「いや、別に?」
「そうですか」
駅から先は隆二を先頭に歩いて行く。
ところどころ、見慣れた景色がある。自然に、歩く速度がはやくなっていく。
「隆二、はやい」
マオの抗議の声に、慌てて歩く速度を落とした。
でも、もうすぐそこだ。
その角を曲がれば……。
角を曲がって、その場所を見た時、一瞬息を呑んだ。
そこは昔と何もかわっていなかった。
近代化にのりおくれたようにぽつんと家が立っていた。寂しげに。
もうずっと来ていなかった場所。一条茜と過ごした場所。そして、これから住む場所。
「……ただいま」
崩れかけた門扉を撫でながら小さく呟いた。
感傷に浸る隆二の横を、すすっとマオが通り抜ける。
「へー、ここに住んでたんだ」
言いながらマオが家に向かう。
「マオさん、鍵あけますね」
それをエミリが慌てたように追う。
まさかまた、ここに住むようになるとは思わなかった。未だ一条の持ち物だったらしいが、持て余していてすぐに購入できたらしい。一条稔が親戚筋だったことも関係しているらしい。ありがたくもない話だが。
「隆二ぃ、はやくぅー」
家の方からはしゃいだマオの声がする。それに苦笑しながら返事をした。
「今行くー」
部屋の中は、一通り掃除と修繕がしてあるようだった。
ゆっくりと辺りを見回し、茜との日々を思い出そうと、
「お風呂が変!」
「ああ、五右衛門風呂だから」
「あ、知ってる! テレビで見た! 釜ゆでにされるのね」
「ああ、まあ……」
「ねぇねぇ、あれはー!」
思い出そうとしたけれども、出来なかった。はしゃいだマオの声が色々と話かけてくる。
それに答えながら、まあいいか、とも思った。今後一緒に住むのはマオだ。茜じゃない。茜のことを今、無理に思い出さなくても。
大事なのは、今とこれからだから。




