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居候猫の父の気がかり  作者: 小高まあな
第九幕 迷い仔猫の同居人
30/34

9−1

 一条の件はエミリに丸投げし、自宅に戻ったところで全てが元通りというわけにはいかなかった。

 研究班を締め上げてどうにかしろと脅しをかけたが、マオの右手は元には戻らないらしい。痛みはないから大丈夫、とマオは言っていたが、大丈夫なわけあるまい。

 見られるのが嫌なようで、あれ以来、隆二の右隣に居るようになった。すぐに隠すように動かすから、隆二はあまりそのことに触れないことにした。

 隆二に見られるのは嫌なようだが、隆二の傍から離れるのも極端に嫌がるようになった。今までも隆二についてまわっていたが、最近は本当にべったりだ。テレビをつけていても、それが四苦八苦久美子でも、テレビより隆二を優先する。コーヒーをいれるためにソファーから立ち上がるときでさえ、怯えたような顔をする。すぐそこなのに。ソファーからでも姿が見えるのに。

 寝ているときにはうなされているし、突然起きて泣き出すこともある。夜は怖くて眠れないと言い、元々幽霊のときは不規則だった睡眠時間が、めっきり昼間に集中するようになった。

 一晩追い回されて、自分の身の上を急に明らかにされて、斬られて、消されかけて。あれだけの目に遭ったのだから、一人になるのを恐れるのも、眠れないのも仕方が無いことだと思う。

 そして、何もできない自分は、ふがいない。出来るだけマオが安心できるように努めることしかできない。

 特に問題だと思うのが、ことあるごとにマオが呟く、ごめんなさいという言葉だ。思えばあのときから、ずっとごめんなさいと言っていた。

 約束を破って一人で出かけたから、こんなことになった。心霊写真を撮りたいと駄々をこねて、一条にバレることになった。隆二に心配をかけた。だから、ごめんなさい。そういうことらしい。

 確かに約束は破られたけれども、その約束の理由を説明しなかったのは隆二だ。説明していればマオだって、出かけたりしなかっただろう。だから、非は隆二にだってある。

 それ以外のことにかんして、マオに原因がある部分はない。心霊写真のことだって、出かけたことだって、誰がこんなことになると思えただろう。

 マオは悪くないから謝らなくていい。そう何度も言っているのに、今だって隣で眠っているマオは、寝言でごめんなさいと呟いている。

 まったく、どうしたものかね。

 上手い解決方法が欠片も思いつかない、自分のひとでなしさに呆れ返り、溜息をつく。

 眠っているマオの頭をそっと撫でる。歪められていた顔が、少しだけ和らいだように見えた。

 心の傷は時間が治してくれるかもしれない。今は待っていればいいのかもしれない。

 だけれども、待っていてくれないことだってある。

 ぴんぽーんっと、チャイムが鳴った。マオを起こさないようにそっと立ち上がると、玄関に向かう。

「こんにちは」

 ぺこりと頭を下げたのは、勿論赤い彼女だった。

「来てもらって悪いな、エミリ」

「いえ。マオさんは?」

「寝てる」

「そうですか」

 なんとなく小声で会話しながら、部屋の中に入る。二人分のコーヒーをいれると、ダイニングテーブルに向かいあった。

 エミリがソファーで眠るマオに視線を移す。

「……やはり、嫌がりますか?」

「ああ」

 今もっとも困っていて、問題視していることは、マオが食事をとりたがらないことだ。あれから半月経って、食事の日が来ても嫌がった。

「実体化するのが怖いっていうのは、わかるからなぁ」

 先月まではあんなに楽しみにしていたのに。実体化しているときは、普通の人間としてしか生活できないこと、つまり肉体の死が生じることを知ってしまった今、実体化したくないらしい。

 だからといって、このままでいいわけがない。このままじゃ、エネルギー不足で消えてしまうだけだ。

「食事と実体化が切り離せないところが問題ですよね」

「強引に与えようともしたんだけど、人に物喰わせるのと違って、本人に食べる意思がないとどうしようもないみたいだな」

「……そうですか」

「マオ本人も、このままじゃただ消えることになるのはわかっているみたいなんだけどな。エネルギーが不足してきているのは本人が一番わかっているだろうし」

 だけれども、どうしても勇気がでないのだと言う。こればっかりは、気長に待つ訳にもいかない。もたもたしていると本当にマオが消えてしまう。

「でしたら、これがマオさんに勇気を与えるきっかけになればいいんですけど」

 言いながら、エミリが鞄からクリアファイルを出してきた。

「お話ししていた件、研究所に飲ませることに成功しました」

「本当に!?」

 思わず声が大きくなる。慌ててマオの方を見るが、僅かに顔をしかめたものの、目は醒まさなかった。

 クリアファイルの中の書類を手に取る。ゆっくりと、それに目を通していく。

「……本当だ」

 今回のことの責任をとれ、と押し付けた要望書。無理難題をふっかけている自覚はあったので、こちらの条件が全て通るとは思っていなかった。それらが多少条件はついているものの、全て通っている。

「……大変だったんじゃないのか?」

 澄ました顔でコーヒーを飲むエミリを見る。

「半分は父のおかげです」

「……ああ」

 では、残り半分は?

 尋ねようとしたとき、

『りゅうじっ』

 マオの怯えたような声がして、慌てて立ち上がった。

 目を覚まして、ソファーで上体を起こしたマオの前に膝をつく。

「おはよう」

 軽く頭を撫でながらそう言うと、マオは小さく頷いた。

『あ、エミリさん』

 腰を浮かしかけたエミリに気づき、そう呟く。

「お邪魔しています」

 エミリはいつものように応えた。

「……お腹、空いてないか?」

 尋ねるとマオは戸惑ったように沈黙した。嘘がつけないマオのことだから、やはり空いているのだろう。

「話があるんだ、いいか?」

 マオは小さく首を傾げたが、嫌がったりはしなかった。

「席、外しましょうか?」

 エミリがそう声をかけてくる。

 別にいてもらっても構わないが、そう言いかけて、これから自分が口走ることを考えたら、

「あー、悪い」

 苦々しくそう呟くしか出来なかった。エミリに聞かれて困る話ではないのだが、エミリに聞かれたら恥ずかしいことを言うような気がする。

 エミリは一度小さく笑ってから、

「外に居ます。終わったら呼んでください」

 躊躇い無く外に出て行った。

『……隆二?』

 小さな声で尋ねてくるマオに、安心させるように微笑みかける。それから告げた。

「引っ越そう」

 突然の申し出に、マオがきょとんとした顔をする。最近怯えたような顔ばかり見ていたから、こんな顔でも表情が動くと安心する。

「行き先はマオが決めていい。どこでもいいよ、俺は」

『……え、なんで?』

「今回知り合いを増やし過ぎたから」

『……ごめんなさい』

 ああ、もう。だからなんで謝るかな、こいつは。

 一瞬、苛立ちが胸中に湧き起こり、慌てて深呼吸してそれを押し込めた。

「マオのせいじゃなくって。っていうか、そもそもコンビニの人に正体はバレてたんだけどさ」

 菊だけだったならば放っておいた。なんか、オカルトマニアだったし、実害がなさそうで。だけれども、緊急事態だったとはいえマオの写真をばらまいたし、柚香とも葉平ともしっかり面識が出来てしまった。さすがに、これは問題だと思う。

『……あ、柚香さんに、あたし連絡してない。急に消えたままだ』

「ああ、それはやっといたから大丈夫」

 まあ、一週間経ってからだけど。世話になったり心配をかけたりした人へ、無事だった報告をすることなんて、すっかり頭から抜けていた。仕方ない、ひとでなしなんだから、と自己弁護。

「とりあえず大丈夫だったって、連絡してある。……だけどさ、やっぱりこれ、あんまりいい状態じゃないと思うんだ」

 今はまだいい。だけれども、時が流れればいずれ不審に思われるだろう。容貌に変化がないことも、マオが半月ごとにしか姿を現さないことも、どこで不審に思われるかわからない。

 自分一人だったら、多少不審に思われても構わなかった。でも、今はマオがいる。不安の種は減らしておきたい。

「だから引っ越そう。どこでもいいけど、そうだな、どこか田舎でのんびり暮らせたら一番いいな」

 正直、今回頑張り過ぎて怠惰な生活が恋しい。

『……引っ越しって、でも平気なの? 急にそんな……』

「これ」

 クリアファイルから書類をだして、マオに見えるように床に並べる。

「今回のことの迷惑料ってことで、研究所にふっかけた」

 一条のことを隠蔽して、マオのことを見捨てようとしたことを、ちくりちくりとやりながら、マオになにかあったらここを壊滅させるぞ、と躊躇いなく脅した。一条を生かしてそちらに引渡したことも感謝しろよ、と半殺しにしておきながら偉そうに告げた。

 久しぶりにU〇七八であることを、存分に使った。死神のいない今、トラウマもなにもない研究所など何も恐れることがない。どさくさに紛れて、一条の持ち出したエクスカリバーも破壊したし。電話越しとはいえ、相手方の怯えるさまはなかなかに痛快だった。

「引っ越しも条件のひとつ」

 引っ越し費用は向こう持ち。新しい家も用意しろ。我ながらむちゃくちゃな要望だが、エミリと和広の協力があってねじ込めた。

「あとまあ、当面の生活費なんかももぎ取ったし。あー、定期検査無しには出来なかった。回数は減ったけど。ごめんな」

『……それは、うん。……行かなきゃいけないのは、わかってるから』

 語尾が震える言葉に、ぽんぽんっと頭を撫でる。

「まあ、俺も一緒に行くし」

『ん、ごめんなさい……』

「謝らなくていいから」

 だから何故謝る。

「一条のことは」

 その名を口にすると、びくっとマオの体が震えた。しかし、避けて通れない話題だ。

「あいつらに全部任せた。ただ、二度と俺たちに近づかせないことを誓わせた。居場所も教えるなって」

 次にその姿を見かけることがあったら、研究所もろともただじゃおかないぞ、と言っておいた。まあ、その前に、一条がまた隆二達の前に姿を現せるほど、元気になるかも疑問だが。身体的な意味で。というのは、マオには言わないでおく。

「だから一条のことは大丈夫」

 それからエミリに調べてもらったところ、一条稔は、あの一条と、茜の一条と親戚関係にあるらしいこともわかったが、まあそれは蛇足。一条花音が茜と親戚関係にある、それになんともいえない感慨を抱いたが、それはマオとは関係ないことだ。一条花音とマオは、何にも関係がないことだ。

 マオがこくりと小さく頷いた。

『ごめんなさい』

「謝らなくていいから。それから、あと、そうそう義手」

 この話をするのは嫌がるだろう。だけれども、言わないと先には進めない。

「右手」

 告げると、マオは身をよじるようにして右手を隠そうとした。

「元には戻らないけど、義手作るように頼んだから。実体化している時は勿論、霊体になってからも使えるもの。不便はあるだろうけれども、見た目は気にしなくていいはずだから」

『……本当?』

「ああ」

 マオが少し安心したように笑った。のも、束の間。

『ごめんなさい』

 また謝った。

 ぷちっとどこかで何かが切れる音が聞こえた気がした。

 あ、駄目だ。我慢の限界だ。半月我慢してきたのに、ここで限界だ。

 マオの頬を包むように、両手を伸ばす。

『……隆二?』

 不思議そうなマオ。

 寧ろ優しく微笑みかけると、

『ひゃぁっ、ちょっ』

 その頬をぐっと引っ張った。

『りゅーじっ』

「お前は本当に一体なんだってそうやっていちいち人の神経を逆撫でして俺を一体なんだと思ってるんだ」

 そこまで一息に言ってから手を離す。そのまま、また頬を包むように手を置いた。

「ひとでなしだぞ」

『……ええ?』

「お前はあれだけ普段人のことを、やれひとでなしだの、唐変木だの言っておいて、それでも気を使えというのか、この俺に」

 自分でも、なに駄目なこと自信満々に言っているんだろうなあ、という気はするが。

『え? ごめんなさ』

「だからそれ」

 また謝ろうとしたマオを遮る。

「今後、この話題について謝罪禁止。だって別にマオは悪くないだろ。悪くないのに謝罪されるほど不愉快なことはないだろう」

 マオの目が大きく見開かれる。驚いたように。

 さてはお前、自分が二言目には謝罪していたことにも気づいてなかったな。

「大変だったのも辛かったのも怖かったのもわかるよ。だから、無理に笑え、とは言わない。だけど、せめて謝るのはやめろよ」

 ああ、やっぱりエミリに席を外しておいてもらって正解だったな。そう思いながら、続きを口にする。

「俺はずっと、この一年、お前の無駄な明るさに救われてたんだよ」

 最初はただ振り回されて、面倒だなと思っていた。今だって、たまに面倒だなと思うけれども、面倒だなと思うこともひっくるめて楽しいと思っている。マオとの生活を。

 マオを拾ってすぐは、久しぶりの誰かと一緒の生活も悪くないものだな、と思っていた。今は、マオと一緒の生活じゃなければ意味がないと思っている。誰かじゃなくて、マオとの。

「調子が狂うんだよ、マオがそんなだと」

 マオの存在は、すっかり隆二の生活に組み込まれているのだから。

「無理に笑えとは言わない。時間がかかってもいい。それぐらいちゃんと待つ。俺だって、たまにはそういう努力をする。だけど、謝るのだけはやめてくれ。頼むから」

 怯えさせたくて、泣かせたくて、謝罪させたくて、傍に置いているわけではないのだ。

 マオは目を見開いたまま隆二の顔を見つめていたが、やがて、

『うん』

 頷いた。それから言葉を探すように少し沈黙して、

『……ありがとう』

 まだどこかぎこちなくだが、そう言って微笑んだ。

 それに安堵すると、ぽんぽんっと頭を撫でる。

「……マオ」

 左手をそっと繋ぐ。

「……食事、しよう。そろそろ、本当に」

 その途端、マオの顔がまたくしゃりと歪んだ。

「大丈夫。あんなこと、そうそうないから。今度はちゃんと、俺が傍にいるから。危ない目には遭わせないから」

 マオが今までよりも少し気を使って、隆二がちゃんと見ておけば、きっと平気なはずだから。

「それでもまだ、やっぱり、怖い?」

『……怖いよ』

 泣きそうな顔でマオが答える。

『だって、約束破っちゃうかもしれない』

「……ん?」

 それは想定と違う返答だった。約束?

『ずっとあたしが、傍にいるって言ったのに。一緒にいるって言ったのに、それを破っちゃうかもしれないの、すっごく怖い。隆二がまた、一人になっちゃう……』

 泣きそうな顔で、それでもはっきりとマオはそう言った。

 約束って、ああ、そうか。

「……お前は、本当にっ」

 繋いだ手をひっぱって、頭を抱き寄せる。

『わっ。……隆二?』

「怖いって、それかよ」

 声が掠れた。

「他にも色々あるだろうが。最初にでるのが、それかよ」

『……隆二、大丈夫?』

 腕の中のマオが心配そうに呟く。立場が逆転した。

 だって、そうだろ?

「なんで俺の心配なんだよ、お前」

『……なんでって』

 どうしてそんなことを訊くのかわからない、とでも言いたげな不思議そうな口調で、

『だって、約束したから』

 当たり前のようにそう続ける。

『一人じゃないから大丈夫だよ、って言ったの、あたしだもの。絶対に一人にしない、って言ったの、あたしだもの。だって』

 マオの左手がそっと背中にまわされる。

『泣いていたじゃない、あのとき、隆二』

「……京介の?」

『そう。あたしね、びっくりしたの。隆二は泣いたりしないって勝手に思ってたから』

「あー、うん」

 出来れば泣いていたことは忘れて欲しいんだが……。

『隆二が泣いているの見るの、なんだかとっても悲しいから。だから、もう二度と、隆二を泣かせないって決めたの。今また、泣かせたけど……』

「……泣いてない」

『うそ』

 ぎゅっとマオの額が胸に押し付けられる。

『声で、わかるよ』

 そっと囁かれた言葉に、ぐっと言葉につまる。まあ確かに、今少し泣きそうだったけれども、それは、

「……世の中にはうれし泣きっていう言葉があってだな」

『……うれし泣き?』

「……そのうち学んでくれ」

 心配してくれていたことが嬉しかったのだと、どうして自分の口から言えよう。

「ともかく」

 気を取り直して咳払い。

「俺のことでそんなに気に病まなくていいから」

 肩を押して体を離す。マオの眉間に寄った皺を指先でぐぐっと押した。

『ちょっ』

「大丈夫だから、俺は」

 抗議の声を無視して、指でぐいぐい押したまま続ける。

「マオが実体化してから、少しずつだけど、ちゃんと覚悟をしてきたから」

『……覚悟?』

「一人になること」

 微笑んでみせると、マオはまた泣きそうな顔をした。眉間から手を離し、マオの頬に手を移すとぐいっと唇を笑みの形にした。

『ちょっと』

「泣かれたら嫌なのは俺もなんだよ」

 早口でそう言うと、手を離す。

 マオはなんだか驚いたような顔をして、それから小さく頷いた。

 長い時間をかけて覚悟してきたのだと、茜が言っていた。それならば、きっと。

「一緒にいる時間は、いつかくる別れのための準備期間なんだ」

 それがいつのことかはわからない。でも、別れが避けられないのであるならば、せめて悔いなくその日まで過ごしたい。今は、そう思う。

「だから、その、残された俺のことは気にしなくていい」

『……でも』

「代わりに、今のことを気にしてくれ」

『……今?』

 そう、と一つ頷く。

「別れの時に悔いたりしないように。悲しいのは避けられないとしても、悔いがないように」

 ここまでの別れはずっと悔いばかりのこった。茜のことも、京介のことも。今度は、それを避けたい。

「出来るだけ楽しく、笑って過ごせたらいいな、と俺は思うわけだ」

 なんだかとっても恥ずかしいことを口にした気がしてきたので、

「あとだらだらしたいよな」

 照れ隠しにそう続ける。いや、本心だけど。

『……ん』

 マオが小さく頷いた。

「……だからマオ、食事をとろう」

 ここまで言っても、今ひとつ押しが足りないらしい。困惑の表情を浮かべる。

「お前さ、わかってるだろ。食事とらないと消えるんだぞ」

 さすがに苛立ってきた。人にここまで恥ずかしいこと言わせて、何を躊躇っているんだ。

『……そうだけど』

 マオの左手が、自身の右肩にそっと触れる。

「今のことを考えろ」

 その左手ごと、肩に触れる。

「悲しませたくないなど言ってもな、俺は」

 なんだかもう色々面倒になって、睨みつけた。マオが怯えたような顔をする。もう知るか。ひとでなしなのにここまでよく頑張った方だと自分でも思う。怯えようが結構。優しい言葉なんてこれ以上かけられるか。むず痒くて仕方ない。

「今、マオに消えられたら、悲しいし、困るんだよ! いつまでも甘えないでくれよ、困るんだよ、ひとでなしなんだから!」

 マオの目が大きく見開かれる。

 それを容赦なく見つめ返した。というか、睨み返した。

 マオはしばらく黙っていたが、ふいに唇を重ねてきた。咄嗟のことに目を閉じるのが遅れた。

 触れていた部分に熱があらわれる。

「いただきますぐらい言えよ」

 唇を離したマオにそう毒づいた。

 マオは一瞬、不満そうに唇を尖らせたあと、

「ごちそうさまでした」

 肉声をふるわせて、そう答えた。

 実体化した彼女の右手はやっぱりなくて、白い肩が痛々しかった。

「……痛みは?」

「平気」

 マオは少し微笑み頷いた。それから、

「……ねえ、隆二」

「ん?」

「さっきの、引っ越しの話。あたし、住みたい場所があるの」

 提示された場所はとっても意外な場所だった。


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