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居候猫の父の気がかり  作者: 小高まあな
第一幕 居候猫の現状
3/34

1−3

 硝子の向こうでは、なにやら機械で数値の測定が始まっている。

 検査の結果は、一応毎回もらっている。

 それにしても、と手元の資料を捲った。前回までの検査結果がファイリングされている。

「どうしたもんかねー」

 少し苦々しく呟くと、

「……すみません」

 隣のエミリが呟いた。

「嬢ちゃんが謝ることじゃない」

 すぐに謝るのは殊によると彼女の悪い癖かもしれない。そう思いながら、苦笑を返した。

 資料に書かれている、実体化したマオについての調査結果。

 マオは気づいていないようだから、気づかせないようにしている。

 実体化した、ということは肉体という器に縛られることになるのだ。つまり、死というものが近くなる。肉体の死、が生じる。

 実体化したマオは、ほぼ普通の人間と一緒だ。怪我をすることもあるし、場合によっては死ぬことだってある。

 それを、マオは気づいていない。

 隆二だって、最初はそこまで頭が働いていなかった。

 最初に実体化したあの時、幽霊の時と同じようにぽんぽん身軽に動き回って、バカみたいにテーブルにぶつけて出来たアザが、霊体になっても残っているのを見るまでは。

 それに気づいたとき、ぞっとした。

 見えてしまった。また一人になる未来が。絶対に隆二を一人にしない、と言ったマオがいなくなる未来が見えてしまった。

 彼女のその言葉をなんの抵抗もなく受け入れて、信じていたのは彼女が幽霊だからだ。幽霊は死なない。ずっと一緒にいられる。そう思っていたからだ。

 その前提が消えた。

 そのことに気づいた時の気持ちは、あのときと一緒だった。はじめて、茜の発作を見たときと一緒。

 また、足首を掴まれた。恐怖に。

 以降、隆二は実体化したマオの生活に制限をかけた。

 一人では出かけないこと。火や包丁などは使わないこと。むやみやたらに跳ね回らないこと。

「だってお前、バカだから」

 いつもみたいにからかう口調で言ったら、マオはむくれた。真意から目をそらすことが出来た。それに安堵した。

 彼女が気づいていないのならば、無理に言いたくなかった。せっかく実体化できて、食事をとって、衣服を着替えて。そう言ったことを楽しんでいるマオの気持ちに、水をさしたくなかったのだ。

 幸いなことがあるとすれば、老化というものがないこと、だ。

 最初は、それも不安に思っていた。

 実体化している半月の間、老化がはじまるのではないかと。そうだとすれば、常人と同じペースではないものの、いつか老いて隆二の前から消えてしまうのではないかと、不安に思っていた。

 けれども、研究所の説明によれば、確かに実体化している二週間は、成長も老化もある。けれどもそれは、霊体に戻った時にリセットされる。だから、老化による身体への影響は考える必要はない。

 それは、不幸中の幸いだった。

 もっとも、霊体に戻った時にリセットされるのは、自然の流れでの成長、老化だけであり、怪我などは残ることになってしまうが。

 実際、最初のときについたアザは、霊体に戻っている間消えなかった。ただ、次に実体化したときには、人体の治癒力が働き、消えたが。

 気をつけるべきことは、実体化している時の怪我や病気だ。それは自然の治癒能力の範囲で治していくしかない。やっかいな部分があるとすれば、霊体に戻っている間はその治癒能力が働かないことだ。大きな怪我をしたまま治らずに霊体に戻ったとき、どういう影響がでるのか。それについては、実際になってみないとわからない。なら、わかりたくなかった。

 それでも、やはり、これは不幸中の幸いだ。

 どうしたもんかね、とは思うけど、最悪よりはだいぶいい。受け入れられる。

 あの時、あのGナンバーの事件の時、あのままなす術もなく、マオが消えてしまうことに比べたら、百倍マシだ。

 ちゃんと考えた。最善ではなくても最悪でもない。

 それに今回は、責任の一端は自分にあるのだ。恨んだりはしない。

 それでももし、最悪の事態になったら、また一人になってしまったら、そのときはあいつのところにいこう。

 そう決めている。

 あいつなら二つ返事で引き受けてくれる。自分が京介にやったよりも容易く。それには少し感謝している。

 大丈夫、今すぐではない。

 マオが消えてしまうのは、今すぐではない。

 今すぐにはさせない。

 覚悟は長い時間をかけてしていくものだと、彼女が言っていた。今すぐでないのならば、ちゃんと覚悟を決めていこう。

 その時に向けて。

 硝子の向こうでは、全ての検査が終わったらしい。マオが浮かれた顔でこちらに向かってくる。

「ちゃんと考えているよ」

 それを見ながら、小さく、あいつへ言い訳した。

「りゅーじ!」

 扉をあけて、こちらにきたマオに片手をあげる。

「エミリさん、こんにちは!」

「こんにちは。おつかれさまです」

 先ほどまでの話の気配は微塵も見せず、エミリも微笑む。

「おつかれ」

 あげた片手で、マオの頭を軽く撫でると、嬉しそうに微笑んだ。

 こういうところは、霊体の時と変わらない。

「帰り、お買い物行こう?」

「……一昨日も行ったよな?」

 弾んだマオの声に、呆れて笑いながらも、帰るために立ち上がった。

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