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居候猫の父の気がかり  作者: 小高まあな
第八幕 居候猫の素性
29/34

8−2

 一晩ぶりに見るマオの顔は、涙でぐちゃぐちゃになっていた。こんな風に泣かせてしまったことが心苦しい。

「……ごめん」

 隆二が右肩にそっと触れると、ぴくっとマオの肩が震えた。

 間に合わなかったことが、悔しい。

 マオが泣き顔のまま、ふるふると顔を横にふった。それでもまた、泣きそうになる。

 それを見ているのが耐えられなくって、マオの頭をそっと抱き寄せようとしたとき、

『隆二っ、後ろっ!』

 隆二の肩越しに何かを見たマオが悲鳴をあげた。慌てて視線を動かした隆二の目に映ったのは、エクスカリバーを片手に立ち上がる一条の姿だった。

 咄嗟に、マオの頭を抱え込む。守るように。これ以上、傷つけさせないために。

『りゅーじっ』

 そんなことよりも、迎撃した方がいいと気づいた時には、一条はもう真後ろまで来ていて、

『隆二っ!』

 マオの悲鳴をかき消すように、ばんっと大きな音がした。銃声。

「っ!」

 振り返ると、一条が、右手を押さえて呻いていた。

 からんっと持っていたエクスカリバーが落下し、隆二は慌ててそれを奪い取った。

 視線を音の方に向けると、真っ青な顔をしたエミリが、まだ硝煙のでる銃を片手に立っていた。

「それ以上、動かないでください」

 斬りつけるように一条に言いながら、銃を構えたままゆっくりと近づいてくる。

「両手をあげて!」

 エミリの声に、一条はしばらく悩むようなそぶりを見せたが、血の出る右手を押さえながら手をあげた。

「助かった。ありがとう、エミリ」

 マオを背後に庇うようにしながらも礼を言う。

「いえ、遅くなってすみません」

 一条から目を離さずにエミリが答えた。

「……どうしてここが」

 一条が苦々しい口調で言った。

「ここは花音との思い出の場所なのに。よく家族できた、思い出の……」

「知るかそんなこと」

 吐きすてるように隆二は答えた。だからなんだ。この場所がわかった理由なんて、ただ一つだ。

「人間の若者の情報網はすげーんだよ」

 菊や葉平といったなんでもない人間の若者のおかげだ。隆二が、一晩走り回ってもわからなかった手がかりをみつけてくれた。

 その情報を元に、エミリが車の行き先を探しだしてくれたのだ。だから厳密には、研究所の力もちょっと入っているが。

 郊外の古びた教会。その場所を聞いた瞬間、走りだしていた。

 入り口には、鍵がかかっていた。合鍵をエミリが手に入れてくると言っていたが、それを待っている余裕はなく、手っ取り早く天井のガラスをぶち破って入った。それだけのことだ。

 完全には間に合わなかったけれども、最悪は避けることができてよかった。

「一条稔。エクスカリバーをはじめとした道具を許可無く持ち出したことは重罪ですよ」

 エミリは銃口を向けたまま一条に近づくと、鞄から取り出した手錠を片手にかけた。一条は大人しくされるがままになっていたが、

「……進藤の娘。実験体に肩入れするお前も似たようなものだろう」

 負け惜しみのように呟いた。

「研究所から見たらそうかもしれませんね」

 吐き出された言葉をエミリは受け流した。

「でも、わたしからすれば全然違います。そのことをわたしは知っていますので」

 言いながら手錠の片方を長椅子に繋ぐ。手慣れた様子で身体検査をし、他に武器を持っていないことを確認すると、ようやく銃口を外し、隆二達の元に駆け寄った。

「マオさん、大丈夫ですか!」

 隆二の影に隠れているマオに声をかける。

『エミリさん……』

 泣きそうな顔をしたマオがエミリを見た。

 そうすると、隠れていた右腕も見えた。

「……それ」

 エミリが小さく呟くと、マオは慌てたように隆二の背中に隠れた。腕を隠すように。

『……ごめんなさいっ』

「マオ」

 涙声の謝罪に、隆二がその頭をそっと撫でる。

 それを見て、

「一条っ!」

 一声吠えると、エミリは再び銃口を一条に向けた。かっと激情に駆られたように。

 それを、

「エミリ」

 隆二は、名前を呼ぶことで止めた。

「だけど、神山さんっ」

 たしなめるように名前を呼ばれて、エミリが顔だけで振り返る。

「だって、こいつはっ」

 振り返ったエミリは怒ってもいたが、泣きそうな顔でもあった。

「あんたはその引き金を引くべきじゃない」

 まだ戻れるんだから。

「でもっ」

「やるなら俺がやる」

 その言葉に、エミリが小さく息を呑んだ。

 ゆっくりと立ち上がると、

「マオを頼む」

 エミリの肩をマオの方に押し、そっと前に出た。

『りゅーじっ』

 マオの声を背中に受けながら、ゆっくりと一条の前に立つ。

「U〇七八」

 隆二の視線を受けて、一条が呟いた。

「神山隆二だよ」

 今更実験体ナンバーで呼ばれることに、何か特別な感慨を抱くわけでもないが、そう訂正する。

「うちの居候猫が世話になったな」

「……わたしの娘だ」

「違う」

 座り込んだその胸倉を掴む。椅子に繋がった右手がひっぱられたのか、一条がうめき声をあげた。

 その耳元に顔を近づけると、低い声で小さく、一言告げた。一条だけに聞こえるように。

「俺のだ」

 そのまま返事は待たず、腹に一発拳をぶちこんだ。

 ぐっと呻いて、一条の体が崩れる。手を離すと、ぼたりと床に体が落ちた。

 手加減してやったのに。

 咳き込みながら、恨みがましい目でこちらを見てくる。

 たったこれだけのことで、そんな被害者面しやがって。自分がしたこと、わかってんのか?

 ドス黒い感情が足元から立ち上ってきた。呻いている一条を見下ろす。

 だってまだ、息の根がある。

 止めてしまえ。不愉快だから。

 倒れた体に、更に足を叩き込んだ。一発、二発、三発。

『りゅーじっ』

 怯えたようなマオの声がする。

 それで我に返った。

 久しぶりに黒い感情に支配されて動くところだった。

 足元の一条にまだ息があることを確認すると、一つ溜息をつく。

 本当はここで嬲り殺してもおつりがくるぐらい、この男が不愉快だが、そうするわけにもいくまい。エミリの立場もあるし、このまま殺してしまったら諸々のことが闇に葬られることになる。ここで一条を生かすことは、研究所に対して、一つ貸しぐらいになるはずだ。

 必死に自分に言い聞かせる。そうでもないと、本当に殺しかねない。

「エミリ」

「はい」

 背を向けたまま声をかけると、意外にもしっかりした声でエミリは返事をした。

「あと、頼んでいいか」

「はい。それがわたしの仕事ですので」

 深呼吸して、強張った顔を繕ってから振り返る。

 泣き顔のマオの肩を支えて、青い顔で、それでもしっかりとエミリが立っていた。

「ありがとう」

「いいえ」

 二人のところに近づくと、入れ替わるかのようにエミリが立ち上がった。一条の方に向かって行く。

「マオ」

 名前を呼ぶと、マオがすがるように左手を伸ばして来た。その手を掴み、そっと頭を撫でる。

「ごめんな」

 怖がらせて。

『ごめんなさいっ』

 何故だか謝るマオに、小さく微笑んでみせる。

「帰ろう。一緒に」

 その言葉に、マオは小さく頷いた。

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