6−4
ぜぇぜぇと、自分の呼吸が乱れているのがわかる。それでも足を止めることはできない。
ビルとビルの間の細い隙間。そこに目をつけると、マオはするりと身を滑り込ませた。
ぎりぎりなんとか入り込めた。胸がないとか悩んだりもしたけれども、今は感謝だ。
横歩きで奥に進み、ビルの影にしゃがみこむ。
男が走って行くのが見えた。
ふーっと一息つく。
駅ビルから出た後、途中までは順調に帰れていたのに、安心しきったところであの男はまた現れた。
「花音!」
なんて叫びながら追いかけてくる。
本当、いい加減にして欲しい。きっと、なんか変な人なのだ。
今、何時ぐらいだろう。辺りはすっかり暗い。あちらこちらのお店のシャッターも閉まっている。
隆二、心配しているだろうな。
胸元に手を伸ばし、ペンダントに触れる。
そうすると、少しだけ安心できた。
明日の午前九時には実体化がとける。
それならばいっそ、ここに隠れて実体化がとけるまで待っていようか。幽霊に戻ってしまえば、あの男に追いかけ回されることもないだろう。明日の午前九時まで、何時間あるんだか知らないけれども。
ゆっくり奥に進むと、少し広いスペースがあった。ビルとビルに囲まれた場所。
そこまで行こうと、横歩きを継続していると、
「いったっ」
置いてあった木の板、その破片で右腕を引っ掻いた。
「ああもう」
血が出て来た。痛い。
痛いのには慣れていない。ずっと感じたことがない感情だったから。幽霊のときは、痛いとか熱いとか寒いとかそんなこと、関係なかった。痛いのは、実体化しているときだけだ。
そこまで考えて、嫌なことを思いついた。
「あたし、酷い怪我したら、どうなっちゃうんだろう」
今の今まで考えたことがなかった。人間と同じように、身の危険が生じるんだろうか。ああ、だから、だから隆二はあんなにも気を使ってくれていたのか。全然気がつかなかった。だから、一人で出かけるなと言っていたのか。こんなことになるから。
視界がぼやける。
ビルの影に座り込む。膝を抱える。
実体化がとけるまでここにいよう。あとどれぐらいの時間があるのかわからないし、それまで隆二に心配をかけることになってしまうけれども、ヘタに動き回ってあの男に見つかるよりもずっといい。
一人にしないと誓った。約束した。
だから、帰らなくちゃ。なんとしてでも、彼のところに。
一人じゃないから大丈夫だと、約束したのは自分なのだから。だから、帰らなくっちゃ。絶対に。




