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居候猫の父の気がかり  作者: 小高まあな
第六幕 The cat is in the cream pot.
18/34

6−2

 駅のファッションビル、そこの女子トイレにマオはかけこんだ。変な顔をする周りの人は気にせず、洗面台に手をつき、あがった呼吸を整える。走り過ぎて喉が痛い。

 顔をあげると、鏡の中の自分は泣きそうな顔をしていた。髪の毛も乱れている。

 一体、なんだっていうの。

 柚香と話していて、ブレスレットが買えたのが、あまりにも嬉しかったからお礼に飲み物をご馳走することにした。一階のレジに並んでいたら、後ろから肩を掴まれた。そのままぐいっと、力任せの後ろに引っ張られる。

「いたっ」

 振り返ると、見たこともない中年の男性がいて、マオを見ると驚いたような顔をした。それから次に、泣きそうな顔になり、

「ようやく見つけたっ、花音!」

 大きな声でそう言った。

 花音? 誰それ。

「ちが、あたしはっ、マオで」

 言いかけた言葉は無視され、右手を掴まれる。そのまま、男は黙ってマオの腕を掴んで店を出て行く。

「ちょっと、おじさんっ! 離してよっ」

「花音」

 男は呆れたような顔で振り返ると、

「お父さんに向かって、おじさんとはなんだ。いい加減、機嫌を直せ」

 なんてわけのわからないことを言う。

「マオだってばっ!」

 周りの客達は様子をうかがうようにマオ達を見ていたが、男が父親だと言ったことで、年頃の娘のプチ家出とでも思ったのか、視線を逸らした。

 男はまた前を向くと、ぐいぐい歩いて行く。ファーストフード店が遠くなる。

 一体誰と勘違いしているのか。

「おじさんっ! ちょっと、あたしはマオで! 花音なんて名前じゃないし! おじさんのことなんて知らないし! っていうか、父親なんていないしっ!」

 ぎゃんぎゃん叫んでも、男は無視をする。

 路上に停められた黒い車。男はポケットから鍵を出しながら、それに近づく。男の持ち物らしい。

 これは本格的にヤバいかもしれない。

 どきどきと心拍数がはやくなる。

 なんでもいいから逃げなくっちゃ。

 男が助手席のドアをあけ、

「乗りなさい」

 突き飛ばすようにマオを押し込む。

「いっ」

 悲鳴をあげたマオを気にせず、男はドアを閉める。そして自分は車の前をまわって、運転席側にまわった。

 逃げるなら、今だ。

 落ち着け落ち着け。ドラマの主人公みたいに、最高の瞬間を狙わなくっちゃ。

 男が運転席のドアに手をかける。がちゃり、とドアがあき、それと同時にマオもドアをあけた。転げ落ちるようにして車から飛び出すと、後ろをみないで走りだす。

「花音っ!」

 後ろから男の声がする。

 逃げなくっちゃ。どこか安全なところ。

 ぱっと目に入ったのが、駅ビルだった。息を切らしながら駆け込み、男が入れない女子トイレにまで逃げ込んだ。

 それが今だ。

 一体、なんだっていうのよ。

 思い返したら、怖くて体が震える。

 大きく息を吸って、呼吸と気持ちを整えた。

 それにしても、どうしよう。いつまでもここにはいられない。あの様子だとすぐには諦めなさそうだし、また出会ったら嫌だし。怒られるかもしれないけれど、隆二に迎えに来てもらおう。

 そう決めると、ずっと肩からかけたままだった小さなポシェットをあける。そこからケータイを取り出そうとして、

「あれ?」

 そこにケータイはなかった。そういえば、ファーストフード店のテーブルに置きっぱなしかもしれない。

「……もうっ」

 隆二に連絡が取れないなんて、どうしたらいいんだろう。

 鏡の中、泣きそうな自分と見つめ合う。考えなくっちゃ。

 家に帰れればあとは心配いらない。だけど、あの男がまだうろうろしていたら、ちゃんと帰れるだろうか。そんなに距離はないけれども。

 隆二は多分、あんまりにもマオが帰ってこなかったら探しに来てくれるはずだ。ぶつぶつ怒りながらも。いつも、そうだから。

 だから、うまくどこかで隆二と会えるのが一番いい。連絡とれない以上、運任せになるけど。

 隆二がいそうなところを通って、家まで帰る? 普段、お買い物で通る道を通って。

 マオが考えついたのは、そこまでだった。

 自分でも行き当たりばったりだなぁ、と思う。

 溜息。

 でもまあ、もしかしたら、あのおじさんの本当の娘を見つけて帰ったかもしれないし。楽観的な考え方は、ここでもむくむくと持ち上がる。そう考えたら、なんだか帰れる気がしてきた。

 手を洗って、髪の毛を整える。

 ひょいっと女子トイレの外を伺うが、あの男の姿はない。

 よしじゃあ、なるべく目立たないようにして、何かあったら悲鳴があげられるように人通りの多いところ通って、ついでに隆二がいそうなところ通って帰ろう。

 そう決めると、そろそろと女子トイレから脱出した。

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