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居候猫の父の気がかり  作者: 小高まあな
第四幕 少女の心は、今も猫の目
10/34

4−2

 その日は、朝からマオが目に見えてそわそわしていた。

 目の前をうろうろうろうろ行ったり来たりする居候猫を見ながら、隆二は一言。

「おすわり」

「犬じゃないよ!」

 すぐに怒ったような言葉が返って来た。

「とりあえず、座れ」

 ソファーの隣を軽く叩くと、大人しくマオは隣に座った。

「どうした」

 尋ねる。今日は、実体化がとける日だ。なにかやり残したことでもあるのだろうか。

 実体化は、食事をとった日の翌日から、十四日後の午前九時にとける。食事が何時であっても午前九時に。あと三十分ほどで、霊体に戻ることになる。

「んー」

 マオは片手にもったケータイと玄関のドアを何度か見比べながら、

「あのね、エミリさんがぁ」

「嬢ちゃん?」

 問い返したところで、ぴんぽーんっと玄関のチャイムがなった。

「きた!」

 ぴょんっと立ち上がると、マオが小走りで玄関に向かう。

「走らない! あと確認してからあける」

 注意を促すと、一応覗き穴から外を確認してから、ドアをあけていた。

「こんにちは。すみません、ぎりぎりでしたね」

「こんにちは! いらっしゃい」

 確かに入って来たのはエミリだった。

「どうした、嬢ちゃん」

 ソファーに座ったまま声をかける。

「エミリです。マオさんに用がありまして」

 そうしてエミリは、どうぞ、と片手に持っていた紙袋をマオに渡した。

「いい?」

「はい」

 マオがそれをあけて、中身を取り出す。

「わぁぁ」

 そうして嬉しそうに声をあげた。

 マオが取り出したのは、薄いピンクの箱だった。

「かわいい! 魔法っぽい!」

 プラスチック製のチープなつくり。蓋の部分には、金色で何か模様がついていた。よくみたら何かの花の形になっているようだ。ひまわり……?

 マオがそれを開ける。中はオルゴールになっていたようで、開けるとチープな音楽が途切れ切れ聞こえた。真ん中の部分は、蓋と同じような金色の模様に囲われ、ついでになんだか光っている。

「なにぶん、古いものなので、音質はあんまりよくないのですが」

 エミリが申し訳なさそうな顔をするが、箱に夢中なマオは聞いちゃいなかった。

「ここが、小物入れ?」

「はい」

 マオが指差したのは、赤いフェルトが敷いてあり、他の部分とは区切られた場所だった。

 マオは軽く頷き、つけていたペンダントを外すと、その部分にそっと置いた。

 ぱたん、と蓋を閉めると、

「うん」

 なんだか満足そうに大きく頷いた。

「お気に召しましたか?」

「とっても! ありがとう」

 満面の笑顔で嬉しそうに言うと、エミリも小さく微笑んだ。

「あー、悪い、説明してもらってもいいか」

 置いてきぼりになった隆二が声をかけると、

「もらったの!」

 嬉しそうにそのピンクの箱を胸に抱きながら、マオが言った。それは大体わかったんだが。

「わたしが説明しますから、マオさんはそろそろ準備なさった方がいいのでは」

 時計をちらりと見てエミリが言う

「あ、本当だ」

 あと九時まで、十分ほどしかない。

「それじゃあ、エミリさん」

「ええ」

 マオはぺこっと軽くエミリに頭をさげてから、大切そうに箱を抱いて、ベッドのある部屋に消えて行った。襖が閉まる。

 何度か実体化を経験して、元に戻るときのルールもできていた。

 霊体に戻る時には、いつものワンピースに着替えること。何を着ていても、霊体に戻ったときは、あのワンピース姿になる。ただ、その場合、元々着ていた洋服は、中身を失い床に落ちることになる。そうすると、隆二が片付けることになる。それが面倒なので、予め洋服を着替えておくことになった。

 それから、他の洋服や散らかしていた小物達もきちんと片付けておくこと。無くしたら困るものは、自分できちんとしまっておくこと。触れなくなってから隆二に片付けを頼んで、それで壊しただのなんだの言われては、隆二もたまったものじゃないからだ。

 今頃、部屋を片付けて、着替えているころだろう。

「えっと、それで?」

 とりあえず座れば? と片手でダイニングの椅子を勧めながら、エミリに尋ねる。

「昨日、マオさんからメールがありまして。神山さんにとっても素敵なペンダントをプレゼントされたのに」

 とっても素敵なペンダントを嫌に強調して言われて、むず痒くなる。わざわざそんなことメールしたのか。

「しまう場所がない。箱かなにかにいれておこうにも、いいものが家になかった。なにかないか、というものでした」

「それで、あれ?」

「はい」

 ピンクなプラスチック製の少しチープなオルゴール。

「おもちゃっぽかったけど」

「おもちゃなんですよ」

 そこでエミリが小さく微笑んだ。

「わたしが子どものころにやっていたアニメのおもちゃです。魔法のひまわりリーガルユカナっていうんですけれども。魔法の力で女の子が弁護士になる魔女っ子もので、大好きだったんです」

 途中ででてくるパワーアップアイテムで、なんて続ける。

「……嬢ちゃんも、そういうアニメ見たりしてたんだな」

 あとなんだ、その魔法の力で弁護士になるっていう微妙な設定は。

「エミリです。わたしも、普通の女の子ですから」

 普通の概念を一度問いただしたかったが、怒られるに決まっているのでやめておいた。

「それにでてくる魔法のオルゴールなんです。しまい込んであったんですけれども、マオさん、こういうのお好きだろうな、と思って」

「そりゃあ、大好きだろうな、ああいうの」

 疑心暗鬼ミチコと通じるなにかがある。

「でもいいのか、そんなものもらって。思い入れとかあるんだろう?」

「思い入れはありますが、今のわたしがおおっぴらに使うわけにもいきませんし。使っていただけるのならば、そちらのほうがいいです。それに、わたし、ああいうおもちゃは、まだまだたくさん持っているんですよ」

 一人娘で甘やかされていましたから、と続けた。

「ああ」

 苦笑する。

 彼女が小さい頃にも何度か会ったことがあるが、確かに見るたびに色々なものを買い与えられていた気がする。

「おっちゃん、元気?」

 なかなかに子煩悩な彼女の父親を思い出しながら問うと、

「ええ。おかげさまで。まったく何の問題もありません」

 しっかりと頷かれた。

「それはよかった」

 少し安心する。彼はまだ、いなくならない。

「しかし、物持ちいいねー」

「父が色々とっておいてくれたので」

 そんな会話をしていると、

『りゅーじ』

 ひょこんっと壁から顔が生えた。

「おかえり」

 片手をあげる。

『ただいま』

 霊体に戻ったマオが、するりと壁抜けをして、隆二の隣、ソファーに座った。

『エミリさん、オルゴール、ありがとう!』

「いいえ。気に入っていただけてよかったです」

『うん、大事にするね! 今度、エミリさんにもなにかお礼用意するね!』

「お気遣いなく」

 エミリは小さく微笑むと、

「それじゃあ、今日は失礼します」

 立ち上がった。

「ああ、悪い。忙しいのに」

 研究所からここまで距離がある。マオが霊体に戻る前に来ようと思ったら、結構早くから出て来たんじゃないだろうか。

「いえ」

 エミリは軽く首を横にふった。

『エミリさん、ありがとう』

「いいえ。それじゃあ、また」

「ああ、また」

『ばいばーい』

 エミリが軽く頭をさげて立ち去るのを、それをマオが大きく手を振って見送った。

 エミリを見送り、部屋のドアをしめる。

「よかったな、マオ」

『うん!』

 マオが大きく頷いた。

『隆二がくれたペンダントね、本当に気に入ったから、大事にしまっとくものが欲しかったの! エミリさんに相談してよかった! あのオルゴールもすっごく可愛いし、ぴったりだし、本当嬉しい!』

 見ているこっちまで思わず微笑んでしまいそうな笑顔でそう言う。

 そこまで気に入ってくれるならば、流れとはいえ買って良かったな。そう思った。

『隆二も、本当にありがとね!』

 それから、

『ところで、隆二! テレビつけて!』

 そのままのテンションで、なんの躊躇いもなく隆二をリモコン代わりに扱った。

「……はいはい」

 ほんの少し面倒だが、これから半月はマオの挙動にはらはらすることはない。そう思うと、リモコン代わりになることぐらいなんでもない。

 テレビをつけながら、安定の半月を思ってそっと息を吐いた。

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