4−2
その日は、朝からマオが目に見えてそわそわしていた。
目の前をうろうろうろうろ行ったり来たりする居候猫を見ながら、隆二は一言。
「おすわり」
「犬じゃないよ!」
すぐに怒ったような言葉が返って来た。
「とりあえず、座れ」
ソファーの隣を軽く叩くと、大人しくマオは隣に座った。
「どうした」
尋ねる。今日は、実体化がとける日だ。なにかやり残したことでもあるのだろうか。
実体化は、食事をとった日の翌日から、十四日後の午前九時にとける。食事が何時であっても午前九時に。あと三十分ほどで、霊体に戻ることになる。
「んー」
マオは片手にもったケータイと玄関のドアを何度か見比べながら、
「あのね、エミリさんがぁ」
「嬢ちゃん?」
問い返したところで、ぴんぽーんっと玄関のチャイムがなった。
「きた!」
ぴょんっと立ち上がると、マオが小走りで玄関に向かう。
「走らない! あと確認してからあける」
注意を促すと、一応覗き穴から外を確認してから、ドアをあけていた。
「こんにちは。すみません、ぎりぎりでしたね」
「こんにちは! いらっしゃい」
確かに入って来たのはエミリだった。
「どうした、嬢ちゃん」
ソファーに座ったまま声をかける。
「エミリです。マオさんに用がありまして」
そうしてエミリは、どうぞ、と片手に持っていた紙袋をマオに渡した。
「いい?」
「はい」
マオがそれをあけて、中身を取り出す。
「わぁぁ」
そうして嬉しそうに声をあげた。
マオが取り出したのは、薄いピンクの箱だった。
「かわいい! 魔法っぽい!」
プラスチック製のチープなつくり。蓋の部分には、金色で何か模様がついていた。よくみたら何かの花の形になっているようだ。ひまわり……?
マオがそれを開ける。中はオルゴールになっていたようで、開けるとチープな音楽が途切れ切れ聞こえた。真ん中の部分は、蓋と同じような金色の模様に囲われ、ついでになんだか光っている。
「なにぶん、古いものなので、音質はあんまりよくないのですが」
エミリが申し訳なさそうな顔をするが、箱に夢中なマオは聞いちゃいなかった。
「ここが、小物入れ?」
「はい」
マオが指差したのは、赤いフェルトが敷いてあり、他の部分とは区切られた場所だった。
マオは軽く頷き、つけていたペンダントを外すと、その部分にそっと置いた。
ぱたん、と蓋を閉めると、
「うん」
なんだか満足そうに大きく頷いた。
「お気に召しましたか?」
「とっても! ありがとう」
満面の笑顔で嬉しそうに言うと、エミリも小さく微笑んだ。
「あー、悪い、説明してもらってもいいか」
置いてきぼりになった隆二が声をかけると、
「もらったの!」
嬉しそうにそのピンクの箱を胸に抱きながら、マオが言った。それは大体わかったんだが。
「わたしが説明しますから、マオさんはそろそろ準備なさった方がいいのでは」
時計をちらりと見てエミリが言う
「あ、本当だ」
あと九時まで、十分ほどしかない。
「それじゃあ、エミリさん」
「ええ」
マオはぺこっと軽くエミリに頭をさげてから、大切そうに箱を抱いて、ベッドのある部屋に消えて行った。襖が閉まる。
何度か実体化を経験して、元に戻るときのルールもできていた。
霊体に戻る時には、いつものワンピースに着替えること。何を着ていても、霊体に戻ったときは、あのワンピース姿になる。ただ、その場合、元々着ていた洋服は、中身を失い床に落ちることになる。そうすると、隆二が片付けることになる。それが面倒なので、予め洋服を着替えておくことになった。
それから、他の洋服や散らかしていた小物達もきちんと片付けておくこと。無くしたら困るものは、自分できちんとしまっておくこと。触れなくなってから隆二に片付けを頼んで、それで壊しただのなんだの言われては、隆二もたまったものじゃないからだ。
今頃、部屋を片付けて、着替えているころだろう。
「えっと、それで?」
とりあえず座れば? と片手でダイニングの椅子を勧めながら、エミリに尋ねる。
「昨日、マオさんからメールがありまして。神山さんにとっても素敵なペンダントをプレゼントされたのに」
とっても素敵なペンダントを嫌に強調して言われて、むず痒くなる。わざわざそんなことメールしたのか。
「しまう場所がない。箱かなにかにいれておこうにも、いいものが家になかった。なにかないか、というものでした」
「それで、あれ?」
「はい」
ピンクなプラスチック製の少しチープなオルゴール。
「おもちゃっぽかったけど」
「おもちゃなんですよ」
そこでエミリが小さく微笑んだ。
「わたしが子どものころにやっていたアニメのおもちゃです。魔法のひまわりリーガルユカナっていうんですけれども。魔法の力で女の子が弁護士になる魔女っ子もので、大好きだったんです」
途中ででてくるパワーアップアイテムで、なんて続ける。
「……嬢ちゃんも、そういうアニメ見たりしてたんだな」
あとなんだ、その魔法の力で弁護士になるっていう微妙な設定は。
「エミリです。わたしも、普通の女の子ですから」
普通の概念を一度問いただしたかったが、怒られるに決まっているのでやめておいた。
「それにでてくる魔法のオルゴールなんです。しまい込んであったんですけれども、マオさん、こういうのお好きだろうな、と思って」
「そりゃあ、大好きだろうな、ああいうの」
疑心暗鬼ミチコと通じるなにかがある。
「でもいいのか、そんなものもらって。思い入れとかあるんだろう?」
「思い入れはありますが、今のわたしがおおっぴらに使うわけにもいきませんし。使っていただけるのならば、そちらのほうがいいです。それに、わたし、ああいうおもちゃは、まだまだたくさん持っているんですよ」
一人娘で甘やかされていましたから、と続けた。
「ああ」
苦笑する。
彼女が小さい頃にも何度か会ったことがあるが、確かに見るたびに色々なものを買い与えられていた気がする。
「おっちゃん、元気?」
なかなかに子煩悩な彼女の父親を思い出しながら問うと、
「ええ。おかげさまで。まったく何の問題もありません」
しっかりと頷かれた。
「それはよかった」
少し安心する。彼はまだ、いなくならない。
「しかし、物持ちいいねー」
「父が色々とっておいてくれたので」
そんな会話をしていると、
『りゅーじ』
ひょこんっと壁から顔が生えた。
「おかえり」
片手をあげる。
『ただいま』
霊体に戻ったマオが、するりと壁抜けをして、隆二の隣、ソファーに座った。
『エミリさん、オルゴール、ありがとう!』
「いいえ。気に入っていただけてよかったです」
『うん、大事にするね! 今度、エミリさんにもなにかお礼用意するね!』
「お気遣いなく」
エミリは小さく微笑むと、
「それじゃあ、今日は失礼します」
立ち上がった。
「ああ、悪い。忙しいのに」
研究所からここまで距離がある。マオが霊体に戻る前に来ようと思ったら、結構早くから出て来たんじゃないだろうか。
「いえ」
エミリは軽く首を横にふった。
『エミリさん、ありがとう』
「いいえ。それじゃあ、また」
「ああ、また」
『ばいばーい』
エミリが軽く頭をさげて立ち去るのを、それをマオが大きく手を振って見送った。
エミリを見送り、部屋のドアをしめる。
「よかったな、マオ」
『うん!』
マオが大きく頷いた。
『隆二がくれたペンダントね、本当に気に入ったから、大事にしまっとくものが欲しかったの! エミリさんに相談してよかった! あのオルゴールもすっごく可愛いし、ぴったりだし、本当嬉しい!』
見ているこっちまで思わず微笑んでしまいそうな笑顔でそう言う。
そこまで気に入ってくれるならば、流れとはいえ買って良かったな。そう思った。
『隆二も、本当にありがとね!』
それから、
『ところで、隆二! テレビつけて!』
そのままのテンションで、なんの躊躇いもなく隆二をリモコン代わりに扱った。
「……はいはい」
ほんの少し面倒だが、これから半月はマオの挙動にはらはらすることはない。そう思うと、リモコン代わりになることぐらいなんでもない。
テレビをつけながら、安定の半月を思ってそっと息を吐いた。




