05 第三の密室
そこは緑の部屋だった。
「地は草を芽生えさせ、それぞれの種を持つ草と、それぞれの種を持つ実をつける木を芽生えさせた。神はこれを見て、良しとされた。夕べがあり、朝があった。第三の日である」
それが闇の声、猟犬アランの三番目の序文だった。
そう、光、空。創世記の流れから順当に、今回は草木――自然を連想させる深緑の空間が「Let there be light.(光あれ)」の掛け声と共に、私の眼前に現れたのだ。
「聖なる緑の世界――か」
なにか黙示的な予感がするのは気のせいだろうか。
「緑」というのは、キリスト教、ユダヤ教と同じ絶対神を崇拝するイスラム教にとって、特別な意味合いを持つ崇高な色。生命のシンボルを示唆しているのである。
イスラムでは「最後の審判」の日に、絶対神アラーによって死後の行き先が天国か地獄であるかの審判が下される。そして天国には、麗しき女神と妖精ニンフが戯れる聖なる泉と、緑豊かな樹々が繁っている。神を信じ、正しい道を歩んだ信徒には、緑の楽園が約束される。
リビアのカダフィ大佐の著書「緑の書」。近代の自由民主主義的西洋思想を全否定し、独自の民族的社会主義を理論化したその表題にも、イスラムの民が帰るべき緑の楽園、聖地メッカへの郷愁の念が集約されているのだ。
「行き先は天国か――それとも地獄か」
樹々の森に迷い込んだ企業戦士。この部屋には一体、どんな恐るべき聖戦が待ち受けているというのだろうか――アランの不吉な捨て台詞が、私の脳裏で反芻する。
~今度の密室は少々手強いかと存じ上げます~
躊躇している場合ではない。私は気を取り直して、緑の部屋を見渡しはじめた。
「これまでの部屋と、さして変わりはなさそうだが」
私は前回、前々回と同様、先ずゴミ箱を漁り、丸められた紙切れに書かれたメッセージを広げた。
「なるほど、ヒントは◇◇――か。これまでの流れからして、一筋縄ではいかないのだろうが……」
疑念を抱きつつも、◇◇に近寄る私。そのまま◇◇を隈なく丹念に調べあげた。
すると――
「あっ」
なんと今回は◇◇が、ほんの少しだけ動いたのだ。
「や、やはり、答えは素直に◇◇にあるのだろうか。そう、例のあの部屋のトリックのように素直に……」
私は期待に胸を膨らませながら◇◇の◇◇を覗き込んだ。しかし、そこに待ち受けていたのは――
「ああっ!」
そこは樹海の流刑地だった。
(つづく)