09 第五の密室
「神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。神はそれらのものを祝福して言われた。産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。夕べがあり、朝があった。第五の日である」
猟犬アランが――この監禁劇の真犯人と疑わしき太陽神アポロンの使者が、慇懃とした口調で創世記の一説を読み上げる。
「フフフ、名探偵殿。いくら貴殿が忍耐強き賢者とはいえ、もういい加減ワンパターンなダイアル錠も辟易としていることでしょう。今度の鍵部屋は少々趣向を凝らしております。ご堪能して頂ければ幸いですが、お気に召されますかどうか――」
そして「Let there be light.(光あれ)」の掛け声と共に明かりが灯った。
そこは黄色い部屋だった。
この鍵部屋の特異性はアランの予告通りだった。
そう、今回の錠はダイアル式ではなく、一般的な鍵穴式だったのだ。
ようするにこの部屋は、これまでとは少々意味合いが違うというのだろうか。
前回は太陽を象徴する赤い部屋。そして今回は黄色。ひいては空と大地の支配を示す創世記の一節。ということは――。
おそらく、この部屋が象徴するものは、月。
アルテミスは月の女神。白馬がひく銀の馬車にのって夜空を駆け巡り、銀の弓を引き、銀の光の矢を放つ。そして彼女だけが海の潮の満ち引きを、銀の鎖で操ることができると言われている。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ」というフレイズが象徴するように、月の女神である彼女は、闇を照らす夜と生命の源である海の支配者でもあるのだ。
無機質だったこれまでの鍵部屋とは異なり、この黄色い部屋には生活感が溢れている。
壁にはアイドルグループのポスターが貼られ、棚には乙女チックなファンシーグッズや、少女趣味な書籍が、きちんと整頓して立ち並ぶ。おまけに床には据え置きタイプの最新式電話機も。乙女の夜には長電話は欠かせない。
「もしや、この部屋にはアルテミスの正体につながる重要なヒントが――?」
そう、もしかしたら――ここは普段アルテミス自身が過ごしている、神殿の中の彼女の自室なのかもしれない。
だとすれば女神は、今、何処へ幽閉されているというのだろうか?
そして女神の兄アポロンの策謀の真意とは?
何故、女神は私の命を救ったのか?
何故、妖精ニンフは猟犬アランを避けるのか?
そして最大の疑問は――何故、私は神と名乗る兄妹の愛憎劇に巻き込まれているのか?
もしや私という名の存在には、私自身も知り得ない、何か壮大な謎が隠されているというのであろうか?
両の掌で頬をピシャピシャと叩き、自分に喝を入れ直す。
創世記になぞらえば、おそらく残りの鍵部屋は三つ。ここからは後半戦の突入だ。
「よし、この月の女神の部屋で、部屋の鍵だけではなくこの事件の解決の鍵を見つけ出し、必ずや秘密のベールを暴いてやる」
(つづく)