才能なき者
「氷室〜、サッカーやらないか?人数足りないからさ」
「俺はいいや」
「なぁ、前から気になってたんだけどお前、付き合い悪いぜ?別に負けたって良いんだぜ?」
「負けていい試合なんてあるわけねぇだろ…俺が入れば俺の居るチームは必ず負ける。そして負けた後、みんなで俺が悪いって言うじゃねぇか」
「ちぇ、じゃあ一生そうやってろ」
俺の名前は氷室天性
俺には兄貴がいた。昔は兄貴とよくゲームをしていたものだ。
勝敗はいつも決まっていた。俺が負ける…
でも俺は、兄貴に勝てないのはしょうがないことだとわかっていた。
年上の人間に勝つのが難しいことくらいわかっていた。
だからこそ俺は兄貴に勝ちたくて、何度も懲りずに勝負していた。
しかし俺が15才になった時、どんなゲームも誰との勝負でも受けなくなった。
そう、俺が負けるからだ。負けず嫌いの俺はどうしても勝ちたかった。
一度くらいは勝ちたかった
俺はあらゆるジャンルのゲーム、スポーツをやったが兄貴には勝てなかった。
手を抜いたことは一度もない。逆に手を抜かれたぐらいだ。
兄貴に限らず友達、先輩、後輩…
いろいろな相手と勝負をした。
でも勝てなかった。
俺は生まれてから一度も勝ったことがない。
負けているうちに自分には才能が無いことを思い知らされた。
それに気が付いたのが15才になったときだ…
俺は将来の夢なんてない…昔はあったけど今はない…プロサッカー選手だとかメジャーリーガーだとか…
俺には才能なんて無い…
あるとしたら風邪を引かないことだろうか?
しょうもない才能だ…
俺が16才になったとき一人の女の子に出会った…
彼女の名前は佐藤春花
彼女は俺とは全くの正反対だった…
何をやらせても彼女の右にでる者はいなかった…
そんな彼女が俺に話し掛けてきた…
なぜ?と思いながら話を聞いていた。
話によると彼女は俺と勝負したいらしい。
彼女は俺以外の全校生徒と戦って勝ってきたらしい。だから俺と戦いたいらしい。
俺は当然勝負を断った。
その日からである。
彼女が俺についてくるようになったのは…
登下校の時もついてきたし、休み時間の時もついてきたし、休日の日は俺の家にわざわざ来て勝負してくださいって言ってきた。
学園では俺と彼女が付き合ってるんじゃないかと噂する者もいた。
俺と彼女は同じクラスだ。しかも席はとなりだ。うっとうしったらありゃしない。
しょうがない、勝負してやるか。と思い、彼女に話し掛けた。
「あの、春花さん。勝負、しても良いですよ。いや、してください」
なぜか、緊張してうまくしゃべれなかった。
「本当?じゃあ今から勝負しよ?今日の勝負は……」
彼女の話に割り込むようにクラスメイトがしゃべった。
「あ〜、こいつ何をやっても負けるからハンデでもつけたら?」
「え〜、氷室くんって弱いの?ちょっとがっかりだな。じゃあ氷室くんの得意なスポーツは?」
すると第三者であるはずのクラスメイトがしゃべり始めた。
「こいつ得意なスポーツなんてないぜ?っていうかやる気がないんだもん。俺等がさそっても負けるからとか言って逃げるんだからな」
「そうなんだ〜でもさ、勝つことがすべてじゃないよ?あたしだってがむしゃらに勝負してるわけじゃないし。勝負することが好きだから勝負してるんだよ?勝ち負けなんて関係ないじゃん。ね?」
「負けていい試合なんてない。勝つことがすべてだ。俺は勝ちたいんだ。どうしても勝ちたいんだよ…生まれてから一度も勝ったことがないから、一度くらいは勝ちたいんだよ。俺だって始めはどんな勝負でも受けたよ。でもどんなことをしても勝てなかった。だから…勝ちたい」
いつのまにか俺は泣いていた。
「泣くなよ氷室。お前が泣くなんてよっぽどの事なんだな。よし、じゃあ春花!一ヵ月待ってくれ!俺等が氷室を鍛え上げる!春花に勝てるようにな」
「いいよ!おもしろいじゃん!で、どれで勝負するの?」
「氷室!お前が生まれてから一度もやったことのないスポーツはあるか?」
「バスケはやってない。生まれてから一度も」
「じゃあ決まりだ!勝負はバスケ!一対一でルールは30分間のタイム制!同点の場合はフリースロー勝負でいいな?」
「了解したよ!じゃあ一ヵ月後楽しみに待ってるよ。あと、これだけは言っておくよ氷室くん!あなたは勝ち負けではなく勝負を楽しむ事!勝つことだけがすべてじゃないんだからね」
俺はさっそくバスケの練習に取り組んだ。無我夢中でバスケを楽しんだ。
一ヵ月後
「ではこれより氷室天性VS佐藤春花の試合を始めます!」
勝てなくたっていいんだ。負けたっていいんだ。
バスケを楽しめばいいんだ。
「試合開始」
俺は彼女相手に互角の勝負をしていた。
自分でもびっくりするくらい互角だ。
「うおおおお!すげぇ!あの春花と互角だぜ!氷室ってバスケの才能あったのか!」
「やるじゃない、氷室くん。でもあたしは負けないよ」
「手加減されたら俺は一生春花さんを恨むよ」
「安心して氷室くん。手加減はあたしの一番嫌いなことなの」
「なら安心だ」
やっぱり春花さんは強い。これが全校一位の実力。
でも俺は負けない!
練習中奇跡的に決めた超ロングシュート。
あれを決めれば抜かせる。
「残り一分」
点数は8対10で春花さんが勝ってる。ボールは俺が持っているが、ここで決められるか?スリーポイントシュートを…
「残り十秒」
いくしかない!
超ロングシュート!
「試合終了!氷室の勝ち!」
入った。勝てた。嬉しい。これが勝つということ。
いや、勝負というもの。
「あたしの負けだね。氷室くんうますぎだよ。天性の才能だね。でもまぁ、楽しかったよ」
「俺も楽しかったよ」
「生まれて初めて負けた。すごく悔しいよ」
「ははは、生まれてから一度も勝ったことがない俺と生まれてから一度も負けたことがない春花さん。なんかおかしいね」
「そうだね。じゃあまた今度勝負しようね。約束だよ」
「うん!約束するよ」
……ごめん…
…春花さん…
その約束…守れない…
勝負するという楽しさを教えてくれて、ありがとう…春花さん
氷室天性は試合後に原因不明の死を遂げた