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朱鳥の剣  作者: 望月あさら
■ 1 ■
3/22

1-1

「待ちなさいよぉっ!」

 濃紺の夜空に木霊する少女の咆哮。

 強烈に闇を引き裂く閃光。スパーク。

 その場に一瞬であったとしても、まばゆい夜明けをもたらした爆発は、もはや存在しない。

 ひどい刹那。

「いいかげんにしてったらっ」

 長い黒髪が爆風から落ち着きを取り戻すより早く、少女は目を走らせる。白ばんだ視界の向こうに気配。飛び上がる。

「おい、愛理(あいり)!?」

 背後から、聞きなれた少年の声。

 振り返りはしない。暇はない。

「逃がした!」

 憎々しいほどの星空。

 そのもとで少女が追うのは一つの背中。

 茶色のパンプスにグレイのタイトスカート、白いシャツ。

 どこにでもいるようなOL。

 それが、本当はどこにでもいるような存在ではないから――【なくなっている】から。

 地に足を付くと、すぐさま星に向かって、遥か跳躍する存在。

 少女と少年もあとを追う。

 梅雨間近の湿気た風が肌をたたく。

 ふと、振り返る頭上を飛ぶ彼女。

 双眸は妖しく艶を帯び、口元からのぞかれるのは煌く牙、身を覆うは、得体の知れぬ、狂気。

 その存在は、人と呼ぶにはいかようにも苦しい。

 だから。

「愛理、県道に出る!」

有喜(ゆうき)さんは!?」

「連絡取れた!」

「だったらいく!」

「愛理!」

(じゅん)は援護!」

「バカ! 無茶するんじゃねえ!」

 彼女が着地する先は幹線道路。

 夜の十一時だというのに行き交う車のライトは絶えることを知らない。

 そのライトに照らし出されることのない、歩道の上。

 ビルの陰に走りこむ姿。

「ちっ……!」

 少女も歩道を行けば、バランスを崩す間もなくビルの角を曲がる。

 途端、飛び込んでくるのは、双眸を貫く白い明かり。そして、

「! 『地の精霊』、『結界』!」

 反射的に突き出した両腕にかかる圧力を、必死になって空気の壁が防いでいた。

 かかるものもまた、炎の形をした【物質ならぬ】、もの。

「逃げ足の速い……!」

 圧力の余波を振り払ううちに彼女は再び駆ける。

 遅れまじと追おうとする少女を止めるのは、必死に彼女に付いてくる少年。

「おい、今度はゴミに着火したぞ!」

「任せた!」

「任せたってなあっ、何度俺に消火させる気だ!?」

「人手ないんだから、仕方ないでしょう!?」

 吐き捨てて少女は、人ではありえない跳躍力を見せる女性を追う。

 相手の着地地点を予測し、先回りをして待ち構える所存で、いつもぎりぎり間に合わない。

 今回も。

「『炎の精霊』!」

 少女の声に呼応して、突き出した手の平の先から飛び出していくのは火の玉。

 しかし、赤い塊が女性のもとに到達するより早く、体勢を整えた彼女もまた、火の玉を繰り出す。

 かっと一瞬、ぶつかりあう炎がより一層燃え広がる。

 長い黒髪を衝撃とともに生まれ出た風になびかせながら身構え、爆風をやり過ごす。

 と、飛び去っていく女性が視界に入る。その繰り返し。

 まともに勝負しろと怒鳴っても通じないことは分かっている。かといって、このまま時をかせがせても余計な混乱を招くだけであることも承知していた。

 もうすでに、一般人を数人巻き込み、そのたびに、自分の後ろにいた少年に保護を任せてきたのだから。

 そろそろ本当に決着をつけなければ、仲間からの顰蹙に耐えられる自信がない。

「足を、止められたら……」

 星の下を飛ぶ彼女を見てやる。

 あの足を止められたら。せめて同じ目の高さになれたなら。

 負ける気はしない。問題は、この高さだ。

「あっ……!」

 その時、頭上に突風が巻きおこる。

 空気の渦に自制を失った女性が、地上へと落下する。

 少女は落下地点へと足を向けた。

 ビルとビルの間の、細い路地。アスファルトに激突する直前、女性は体をひねり、両足で着地。

 彼女は間髪いれず再び跳躍を試みるが、それをまた、天からの圧力が防ぐ。女性は無残に地表に叩きつけられる。

 少女は空を振り仰いだ。

 そこには、宙に浮き、自分を見下ろす、眼鏡にパジャマ姿の少年――否、少女。

 パジャマ姿の彼女は、冷ややかな表情で淡々と言葉を降らせる。

「捕縛の必要はあるか?」

 少女は長い黒髪を揺らして首を横に振る。対峙する女性に目を向けると、口端を吊り上げ、笑って見せる。

「私は充分。それより潤を手伝って。一般の人を何人か巻き込んでしまったの」

 両眼は、闇の中、狂気を纏う女性を捕らえている。

 頭上で浮かぶ少女が、ふっと笑う音がする。

「相変わらずあいつは貧乏くじを引くのがうまいな」

「ありがとう、(かおる)

瞳子(とうこ)も来ている。いざとなったら力を借りろ」

「瞳子も?」

 パジャマ姿の少女の気配が薄れると共に、目の前の女性が体を起こす。

 彼女は少女の両眼を目の前にしてなお跳躍しようとするが、すかさず少女は炎を放ち、彼女の行く手を塞ぐ。

 途端、女性は地を蹴り、地面と水平に飛び出してきた。

 空高く飛ぶ跳躍力で水平に飛び出した彼女は、弾丸のごとく高速で少女に迫る。

 少女は身を翻し避けるのが精一杯だった。

 再び逃げようとする彼女を、少女はいくつもの炎で牽制し、空や幹線道路には逃げ込めないように仕向ける。

 逃げる彼女が最終的に追い込まれた先は木々に覆われた丘陵地。雑木林。

 人気(ひとけ)はない。そして林の中に入られたら厄介。ならば。

 勝負。

 少女は地に留まる。女性が飛び去っていこうとするのを追うではなく、屈みこむと地面に手をつけた。

 唱えるのは、自らの名。

「我が名はアイリ。我が名を刻印す『地の精霊』よ、我が声をきけ。その力を持って、宿敵の行く手をふさげ!」

 盛り上がる大地。

 地中から突き出る土柱。

 女性はぶつかる寸前、地にふみ留まる。

 その時を、少女は待っていた。

 女性の足に向かって飛び出す。彼女が態勢を整え振り返るより早く――が。

「!」

 炎が両眼を貫いた。

 少女自身が防御に入るより早く、『地の精霊』が彼女を守っていた。けれども、真正面からぶつかり合った反動はまぬがれられない。

 弾き飛ばされた身体は、地面に叩きつけられる。

 背中が痛い。目が、痛い。

 狂気を身にする彼女を見失ってしまうわけにはいかない。なのに――。

 しかし、そこに、もう一つの気配。

「『氷の精霊』!」

 眼をこじ開けた。

 白ばむ視界に縦長の氷塊が見えた。それが、女性の四方を取り囲んでいる。

 氷の檻の向こうから現れるのは、やはり少女。

「瞳子?」

「愛理ちゃん。今のうち!」

 女性が炎をまとい始める。

 そのようなことで溶かされてなるものか。

 氷を利用するのは、この自分だ。

「よろしく!」

「分かっているわ!」

 地を蹴った。駆けた。

 氷塊の手前。まだ溶けきってはいない。それが。

 一瞬にして水と化す、氷。

 その向こうには、凶器を身に宿し、炎をまとう女性。

 熱さ? 感じない。

 だから少女は、両手を彼女の背に当てる。

 そして、

「『浄化』!」

 女性の悶絶。

 薄らいでいく魔性の気。

 程なくして力という力を失う彼女。

 もはや、普通のOLにしかすぎない。けれどもそれが、あるべき、姿。

 長い黒髪の少女は、女性を地に横たえて安堵の息をつく。

 が、それも束の間。

 彼女の危機を救った少女が、寄るなり両手を捕まえたのだ。

「ちょっと! 何で『精霊』呼ばないの!? 私は愛理ちゃんが『炎の精霊』呼ぶだろうって思ったのに!」

「あ、うん。ありがとう。助かった」

「私の言っていることはそういうことじゃないでしょう!?」

「……余裕、なかったから……」

「だからってねえっ!?」

 その時、彼女の大声に導かれるようにして、天から人が降りてきた。

 少年と、少年のような少女。

 長い黒髪の少女は、目の前の叱責から逃げるように、「潤、薫」と、二人の名を呼んだ。

 けれどもその二人だとて、焼き爛れた両手を見逃しなどしない。

「愛理。またお前は何をやったんだ?」

 呆れ果てたという表情をみせるのは、パジャマ姿の少女。

 そしてもう一人、怒りをあらわに語尾を荒げる、少年。

「お前なあっ。今日ケガするの何度目だ? 俺の仕事無駄に増やすなよっ」

「無駄って何よ」

「要領が悪いということだ」

 少年につっかかっていったつもりが、パジャマ姿の彼女にクールに返され言葉に窮する。

 沈黙したその間に、少年は強引に彼女の両手を引き寄せ、自分の右手を爛れた皮膚に翳した。

 手と手の間に淡い光が生じ、傷は徐々に癒されていく。

 そして、夜の静寂に覆われたその場には、一台の白いセダンが横付けされた。

 四人の少年少女は、それぞれに顔をしかめ、その車の登場を見た。

 中から現れるのは、しかし、彼らの予想を裏切るもの。

 少なからず驚く彼らに向かって、暗闇の中でも充分に美しいと感じさせるその女性は、強く告げる。

「早く乗って。これ以上ややこしいことにならないうちに」

 そうして彼らは、その場を去る。

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