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朱鳥の剣  作者: 望月あさら
■ 3 ■
17/22

3-5

 ――『浄化』!


 

 彼女の声が聞こえた瞬間、眩いばかりの光は四散し、世界を埋め尽くした。

 爆発といっていいほどのエネルギーを発生させた無数の『魔』の煌めきに、瞳子は肩をすぼめて両目をぎゅっと瞑っていた。

 目蓋を上げたのは、体中を異様な気が覆っていると錯覚したからだ。

 薫をも守る『光の精霊』で張った『結界』はまだ破られておらず、肌にべっとりと『魔』が張り付いているということはありえなかったのだが、瞳子はそれほどのおぞましさを空気中から感じ取っていた。

 自分と、自分と背中合わせで立つ薫の周りで、『魔』は浮遊していた。

 二人を自分達の脅威となる存在と認識し、排除しようとして、様子をうかがっているようだった。

 濁った光を放ち宙に浮かぶ精神体は、まさに人魂のようで、「まだ怪談話の時期には早いのだがな」と、薫は呟いていた。

「ものすごい数が溢れてきているわ。これは、どういうこと? 愛理ちゃんは、『浄化』したんでしょう?」

 彼女の叫びを瞳子はしっかりと耳にしていた。だから、そこにいた『魔』は愛理の力によって『浄化』されてしかるべきだ。

 なのに、現状は違う。

 『穴』から『魔』は溢れ出し、力を削がれた様子もなく、こうして自分達に真っ向から向かってこようとしている。

 薫の『霧の精霊』による『結界』がなければ、また大変な惨事となっていたことだろう。

 愛理は、『浄化』ではない、他のことをなしてしまったというのか?

「あいつは間違いなく『浄化』したさ」

 薫は不意に、冷静に返してきた。

 気になって少し振り返ってみるが、雨の中垣間見えた彼女の横顔に異変は見られない。

「ただ、その『浄化』はいつもと違う『浄化』だがな。――愛理は、朱鳥の剣を、使っている」

「朱鳥――」

 伝説の剣。

 愛理が手にしたということは彼女の口からきいていた。が、はっきりとはまだ目にしていない。先程、愛理が手にするのをこの距離からうかがっただけだ。

 しかし、それがどうしたと?

「あの剣のこと全ては、まだ誰にもわかっちゃいない。歴代の保有者も、王宮も。言い伝えられていることだとて、本当にあの剣の真の力を物語っているのかどうか、あやしいところだ。ましてや、ついさっき初めて目にした愛理に、一体あの剣の何がわかるっていう?」

「……高を括っていたってこと……?」

「甘く見ていたということさ」

「…………」

「あの剣の持つ力は、リーツェや愛理や私たちが思っていたよりももっと凄かったということだよ。――愛理の『浄化』の力を倍増させて、とてつもないエネルギーを発生させ、『穴』を押し広げてしまうぐらいにね」

「押し広げるって――!?」

 そんなことがあるのだろうか。

 『穴』がどうやってできるかなど、言われている原因は推測の域を出ない。

 それほどまでに『穴』という存在も未知のものであるのだ。

 なのに、目の前で『穴』が押し広げられる? それを、自分の仲間がやってのける?

 俄かに信じろというほうが無理だった。

 無理、のはずだった。

 だが、信じようと信じまいと、目の前に据えられた現状は変えられるものではなかった。

 『魔』が溢れ返り、自分達を狙っているということも、この『魔』を全て『浄化』しなければならないということも、最早変えることのできない事実なのだ。

「まあ、反射的に愛理も『結界』を張り直し、『穴』を守っているらしいから、浮かんでいる『魔』どもにもきりはある。こいつらを『浄化』し尽くせば私たちの勝ちだ」

 現状、『霧』の『結界』の中は、『魔』の光で溢れ返り、それに落ちていく雨が反射して視界はすこぶる悪い。

 先程まで目にすることができていた愛理と潤の姿も、今はまったく確認できない。

 それでも、愛理が『結界』を張りなおしたと薫が言えたのは、その感知力をもってしてのことなのだろう。

 信じられる筋書きなのだ。

「だったら、やることは決まったわね」 

 胸元をまさぐりながら瞳子は言った。

 二人を取り囲む『魔』は、まだ動きを見せない。

「ああ。そうだ。援護を頼む」

 薫も背後で剣を手にした気配。

 瞳子は一つ頷く。

 精神を集中させ剣を具現化させると、深呼吸をして前を見据え、低く、声を出す。

「我が名はトウコ。我が名を刻印す『光の精霊』よ、我が声をきけ。その力をもって、目の前の宿敵の力を削げ!」

 刹那、瞳子を中心に生じたフラッシュのごとき光が辺りに四散した。

 と、同時に、薫は思い切り剣を横に一閃させる。

 剣に触れた『魔』はあっけなく『浄化』され、消えうせる。

 が、瞳子の生じさせた光が闇に吸い込まれると、周りを浮遊していただけの『魔』が一斉に二人に襲いかかってきた。

 今までに経験したことのない数と『結界』をもすり抜ける瘴気が迫ってきたことで、瞳子は息を飲み、バランスを崩し、濡れた地にひっくり返った。

「瞳子!?」

 驚いた薫の声に、反射的に大丈夫とこたえた。

 そうだ、びっくりしただけだ。

 なんてことはない。

 ……が、次々に『結界』にぶつかり、そのために力を失って地に落ちていく『魔』を目にしていたら、全身から汗が吹き出たようだった。

 雨にさらされているので、今更汗みずくになることを気にする必要はなかったが、それでもいっそう、制服が張り付いた気分だ。

「この状態じゃあ、剣を振るっただけで『浄化』はできるが……もつかな」

 独り言のような薫の言葉。

 「もつ」とは、体力、そして、気力。

 薫も得体の知れないおぞましさを感じとっているに違いない。でなければ、弱気とも取れるような台詞を彼女が吐くはずはなかった。

 瞳子は立ち上がった。

 試し、と、呼吸と整えて、『魔』の集合体めがけて剣を軽く一閃させる。

「!?」

 どんっ、と、瞳子は薫の背中に弾き飛ばされた。

 薫が堪えてくれたために倒れこむことはなかったが、それでも瞳子はあまりの衝撃に目を見開いて、体勢をすぐには立て直せなかった。

「おい、瞳子!」

 薫に叱咤され、自分だけの力で立ち上がる。

 虚ろになりかけた脳を働かせ、とりあえず、触れた『魔』は『浄化』できていること確認した。

 確かに、ここでこうしている『魔』のほとんどが、剣を触れさせるだけで『浄化』できてしまうほどの力しかもたないものたちだ。

 だが、かといってこれでは、自分たちの精神の方が持たない。

「……薫……」

「全く恐れ入るよな。あいつは一体何を感じ取ったと言うんだ? 私と瞳子ですらこれほどまでに『魔』の影響を受けてしまうというのに……」

「でも、薫。だったら、愛理ちゃんは……」

 薫は剣を持ち直したようだった。背後で舌打ちしたのが聞こえた。そして、沈黙したあと、彼女は告げる。

「『精霊』で弱らせてから『浄化』する。瞳子、お前は『精霊』の方に気を張っていろ。『浄化』は、私がする」

 瞳子も剣を地と水平にするかのように持ち直した。

 軽く目を閉じる。

 降り続いているはずの雨の音が、遠ざかっていくような気がした。

「我が名はトウコ。我が名を刻印す『光の精霊』よ、我が声を聞け。その力をもって、宿敵をうて!」

 フラッシュ、スパーク。

 薫は叫ぶ。

「『浄化』!」

 いくつかの『魔』が土に返り、生き残った『魔』は一斉に『結界』に襲いかかる。

 その衝撃を、歯を食いしばり目を固く閉じて瞳子は耐えた。

 『魔』の向こう見ずの突進が一段落すると、瞳子はまた、『精霊』を呼ぶ。

「『光の精霊』!」

 重なる、薫の声。

「『浄化』!」

 幾たびも繰り返し、『魔』は『浄化』されていく。

 だが、絶対数が多すぎるために、何度繰り返そうとも『魔』の数が劇的に減った形跡はなかった。

 『魔』は、どれだけでも次から次へと、二人を排除しようと襲いかかってきたのだ。

 そうして、幾ばくほど経た時か。

 先に違和感を感じ取ったのは、瞳子だった。

 あがった息を整えるために深呼吸をしようとした矢先、視界の隅に見慣れないものを見たような気がして視線を動かした。

 信じられず、目を疑った。

 土砂降りの雨の森の中。

「――薫」

 彼女の名を呼ぶ瞳子の声は震えていた。

 異変に気づいた薫も、すぐにそれに目がいった。

 それから暫くは、瞳子にも、薫にも、言葉は出てこなかった。

 二人は、ただその光景を見つめるだけだった。

 

 

 二人の視線の先にいたのは、一人の少年だった。

 就学前だと思われるほどに幼い、男の子。

 背を向けているために顔はうかがえない。が、知らないはずの、子。

 その子が、地に蹲る愛理の背後に立っていた。

 雨に濡れもせず、穴の前で蹲る愛理を見下ろしていた。

 二人から、潤の姿は見えない。

 いや、先程まで、視界のほとんどが『魔』の光に覆われ、何も見えなかった。

 なのに、愛理は見える。少年は、見える。

 理由はすぐにわかった。

 それは、少年自身が光を発しているからだ。

 その光が愛理を照らし出しているのだ。

 だから……けれど。

 どうして少年は突如としてそこに現れたのか。

 どうして少年は雨に濡れることがないのか。

 どうして少年の体は透けて見えるのか――。

 その理由は、わからない。



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